第173話 緊急だった日

「大きぃなった」という話でも登場したが


ウチのメンバーに、イシくんという身長153cmとコンパクトな30代の営業マンがいる


2年前の3月某日


前日から元気のなかったイシくんが、今朝はマスク越しにも顔が赤みを帯びているのが判った


「お前、熱があるんじゃないのか?」と尋ねると


「ですかね・・・」と怠(だる)そうに答える


「喉は痛いのか?咳は?」


「それは無いのですが、節々が痛いし、寒気がしてきました」


「お前・・・それ、保健所に連絡した方がいいかも」


「すみません・・・僕もそう思います」


そんな会話しているうちにも、イシくんはみるみる顔が赤くなってくる


これは尋常じゃない・・・


「ちょっと俺が電話入れてやるから、お前は応接で横になってろ。あと、熱も計っておけ」


俺の机の引き出しにあった体温計を渡す


「すみません・・・」


そう言いながらもイシくんは、明らかに急激に元気を失っていく


そしてノロノロと応接に向かって行った


俺はすぐ保健所の番号を調べ、イシくんの症状を伝える


「いまそちらの事務所には誰々が居られますか?」


人数を伝える


「出来るだけ、外来者との接触を避け、換気、あれば消毒をして事務所内に待機してください」


ちなみにイシくんの体温は39.6°にまで上昇し、顔はますます平手で引っ叩かれたように真っ赤になっている


そのことを伝えると、直ぐにでも指定病院へ向かってくださいと言われたので


車で今から連れていきます、と伝えて電話を切る


意識朦朧のイシくんに肩を貸しながら、何とか駐車場にまで辿り着く


「すぐ連れて行ってやるからな、頑張れよ!」


・・・その時点で俺は、完全に新型変異株に感染したのだと確信した


若い奴は軽症で済むと、どこかで信じきっていた


巷の希望的観測や噂というものが全くアテにならないと、初めてコロナに対して恐怖を覚えた


このままイシくんは死んでしまうのか・・・いや、今はそんな事を考えるんじゃない!!


色んな想いが浮かんでは消え、俺は半分、無意識で車を運転していた気がする


今思えばとても不安全な運転だった


そして朝9時半過ぎ


指定病院の夜間用裏口に車を着けると、中から完全防護の看護師が3名出てきた


イシくんをストレッチャーに乗せ、病院内に連れていく


「大丈夫っすよ・・・」


真っ赤な顔で息苦しそうに言うと、イシくんは消えていった


俺も消毒を施され、看護師の1人に案内されて院内の3階フロアに赴き、とある一室に通される


「こちらで暫くお待ち下さい」


ドアが閉まり、1人にされる


俺も検査を受けることになるだろうな・・・事務所に現在の状況を連絡した


・・・20分ほど経った


ガチャっと扉が開き、マスクを付け白衣を着た、ガッチリ体型の先生が入ってきた


「私、担当医の◯◯と申します。早速ですが、イシさんについてです」


「はい・・・」俺は固唾を飲む


「りんご病です」


「は?」


「りんご病です、完全な」


「りんご病って・・・子どもの病気じゃないんですか?」


「大人でも稀に罹りますね、はい」



もう忙しいし帰っていいですか・・・

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