第109話 転けた件

待ち合わせていた女性が「また転んだ〜」と苦笑いしながらやってきた


両の手袋の、親指の付け根あたり(母指球)に穴が空き、両膝を派手に擦りむいて血が滲んでいる


「もう嫌や〜これ見て〜」


ロエベの紺のトートに数カ所、虎にでも引っ掻かれたのかというほどの派手な傷が付いている


「買ったとこやのに〜」


彼女が転ぶのはこれが初めてではない

もう、しょっちゅう転んでいる


「足が上がってないんとちゃう?能の運び(摺り足)みたいに」


「上げてる上げてる。でも転ぶねん」


以前に一度、隣を歩いていた彼女が「あっ!」とも「えっ?」とも言わず視界から消えたので振り向くと


「危ない!」


叫びながら地に臥(ふ)している


いや遅くない?声・・・


扁平足なんじゃないか、体に対して足が小さすぎるんじゃないか、三半規管が弱いんじゃないか、目が悪いのじゃないか


どれも当て嵌まらないので自分では「老化」ということで納めているらしいが


サントリーの白州と同い年(1973)なので、まだ老ける歳でもない


で、彼女の店でまさに白州を1本空け、そのあと2件ほどバーをハシゴしたが


23時過ぎ、ほぼ記憶のないままホテルに戻る途中


あらあらあら〜と思っていたら次の瞬間、バッタ〜ン!と転けた


翌朝、起きようとして全身が痛いのに気付き、転けたことを思い出す


服やズボンを見るが特に破れてもおらず、スニーカーも、脱げた記憶はあるが綺麗だ


時計も割れてないし、スマホも財布も無事だ


浴室の全身鏡に自分を写してみる


これだけ痛いのに、左手の甲に血豆ができただけだ


AM9時、ホテルをチェックアウトしてJR三ノ宮駅(神戸)へと向かう


改札を通り、大阪側のホームに上がろうとして


う〜ん・・・


何だろうか、先程から心なしか注目されている気がする


俺の格好、おかしいか?


血が流れているわけでもないし、ブルーのダウンジャケットも、ジーンズも特におかしいところはない


靴も綺麗だしなぁ・・・


ホームに上がると丁度、大阪行きの新快速が入ってきたので駆け足で電車に向かう


電車から降り、ホームで乗り降りを確認している車掌が、駆けてくる俺を見て首を傾げたような気がする


電車に飛び乗る


最後尾なので、いくらかでも前の車両に移動するため車内を歩く


・・・が、俺の背後でガヤガヤというか「えっ?」「あらー」みたいな感嘆が聞こえるので


振り向くと皆が俺を見ている


座席に座っているお爺さんが「お兄さん、これ、これ」と通路を指差す


・・・あ!


バージンロードのフラワーシャワーか。


おびただしい羽毛の道が俺の背後にできている


えっ?!


ダウンの後ろを掴んで前に回してみる


ふわわわわ〜


グースが舞う舞う。


どうやら数カ所、縫い目がはじけ、ずっと撒き散らしていたようだ


ということはホテルからここまで道標ができていたのか・・・?


てかどうしよう、この撒き散らした羽毛・・・


車両の真ん中辺りでダウンの破れた部分を掴みながら立ち尽くしていると


これまた座っていたおばさんが、俺の心を読んだのか自分のカバンをゴソゴソしていたが


「これ使う?」


家で使うような大きさのコロコロを出してきた


何でそんなもの持ち歩いてるんすか?という疑問も湧いたが


「あっ、ありがとうございます、でも拾います」とお断りする


「じゃあ・・・これ。どうぞ」おばさんがビニール袋をくれる


「ありがとうございます!」と言ったはいいが


キャリーケースと破れたダウンを掴んだままだ


また思案していると今度は若いOLさんが


「あの、これで止まりませんか?」と安全ピンを2個、差し出してくれる


皆様なんて優しいの(´༎ຶོρ༎ຶོ`)


ダウンを脱ぎ、頂いたピンで破れた箇所を留めると、なんとか羽毛の舞は収まった


持っててあげるよと最初のお爺さんがキャリーケースとダウンを預かってくれたので


すみません、すみませんと言いながら通路の羽毛を回収していく


乗り込んだドアまでの羽毛をとりあえず回収し、顔を上げると


一部始終を見ていたのか、車掌が俺に一礼してくる


・・・というわけで皆様の御協力で羽毛ばらまき事件は解決し


皆様には良く良くお詫びとお礼を告げた後、ドア横に立ち、後は大阪に着くだけであったが


途中、尼崎駅から乗ってきた親子連れが怪訝そうに俺を見る


そらぁそうだろう


まるで小鳥たちを虐待したかのように大量の羽毛が詰まったビニール袋を握りしめてるのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る