第62話 何処かで見た瞳

「はい、アンジェラ様。本日のお弁当です」


「ありがとう。アンリさん」


バスケットに入った今日のお弁当を受け取った。


「それにしても本日もおにぎりで良かったのですか?しかも量がかなりありますけど…」


「ええ。今日はお店に知り合いの人が来るの。その人と一緒に食事を取ろうかと思ってね。フフフ…おにぎりに厚焼き玉子、鶏の唐揚げ、青野菜のソテー…完璧よ。本当にありがとう」


笑顔でアンリさんにお礼を述べた。そう、これらのおかずは全て日本のお弁当の定番メニューだ。今日、デリクさんが来た時に一緒に食べようと思い、アンリさんに用意してもらったのだった。何故、あえて和風のお弁当にしたのか…それはこのお弁当を目にした時のデリクさんの反応を見たかったからだ。


「いえいえ…お礼なんてとんでもありません。何しろ今回ご用意した料理は全てアンジェラ様が考案した物ではありませんか」


「そんな…考案なんて大げさよ。ありがとう、早速貰っていくわね」


バスケットを抱え、アンリさんにお礼を述べると厨房を後にした―。




****



「今日も送ってくれてありがとう」


馬車から下りるとジムさんにお礼を述べた。


「いえ、これが私の仕事ですから。それで本日のお迎えは何時にされますか?」


「ええ、今日も17時にお願いね?」


「昨日も17時でしたが、大丈夫ですか?お疲れになりませんか?」


ジムさんが心配そうに尋ねてきた。


「いいえ、大丈夫よ。それにお店を開けるようになれば最低でも8時間は働かなくてはならないわけだし」


何しろ日本人だった頃は毎日午前9時から、それこそ21時近くまで働いていた位なのだから。尤も過労が原因で病気になって早死してしまったのだけれど。


「はぁ…言われてみれば確かにそうなりますね。でもあまり無理なさらないで下さいね」


「ええ、大丈夫よ」


私は笑顔で返事をした―。




****


 ジムさんが馬車で去っていくと、早速お店の鍵を開けて店内へと入った。


「まずはお店の掃除をしなくちゃね」


お店の奥にある納戸からはたきを持って来ると、早速窓を開けてパタパタと埃を払っていく。この世界の掃除道具には、『はたき』という掃除道具が存在しないので、これも私の手作りだ。カラフルな淡いピンク系の生地で作った『はたき』は見た目も可愛らしいので、そのまま壁にぶら下げておいてもインテリアとして見栄えがいい。


「これもいずれ売り物に出来るかもしれないわね…」


そして私は鼻歌を歌いながらお店の掃除を続けた。




カチコチカチコチ…


壁に掛けた時計の針の音だけが静かな店内に響いている。私は明るい日差しが差し込む店内で、パッチワークをしていた。この静かな空間での針仕事は至福の時だった。


もう私の大切な時間を奪おうとする邪魔なニコラスもパメラもいない。煩わしい相手から開放されたので、思う存分好きな物作りに専念する事が出来る。


「フフ…幸せだわ…」


その時―


コンコン


扉をノックする音が聞こえた。


顔を上げると、窓からこちらを覗いているデリクさんの姿があった。


「デリクさん!」


急いで席を立つと、扉を開けた。


「こんにちは、デリクさん」


「アンジェラさん、こんにちは」


デリクさんは笑みを浮かべて私を見た。


その瞳は…やはり何処かで見覚えがある気がした―。







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