第29話
「なっ……ジミル!!」
慌てて立ち上がる裁判長。
涙を流したジミルは、ユリア王妃に向かって言った。
「エイミー様、リンゼ、そして傍聴席の皆さん。僕は検察官として最も愚かな行為をしました。そうです、嘘の供述です! エイミー様は、国王と不仲ではありません、むしろ仲睦まじい親子でした。そんな心優しいエイミー様が、国王を殺害する筈がありません!」
ジルフィーヌも弟の騒ぎ声に近衛兵の拘束を振り払って、現れた。
そして、エイミーの前で土下座をして叫ぶ。
「姫様! お許しを! お許しください……っ! 私達は、王妃様に母を人質に取られて……愚かな行いを……!!」
ジミルとジルフィーヌの訴えに、全員がユリア王妃に注目する。
ユリア王妃は唇は震えているが、まだ平然と、
「こ、この姉弟は何を……! 私がその様な事を……」
「恐れ多くも、ユリア王妃」
リンゼはユリア王妃に声を掛けた。
「先ほど手に入れた証言なのですが……イギルの北にある離宮で、グレーテス家夫人が拘束されていたのを、たまたま通りかかった農夫が救出したそうです。あの北の離宮の所有者は……確か王妃様ですよね?」
「なっ、なんですって……!!」
そうなのだ。
リンゼは昨夜、急に態度を変えたジミルに異変を感じて、キューイに手紙を書いて、ジミルの身辺調査を依頼したのだ。キューイは直ぐにジミルの母親のグレーテス夫人が行方不明な事を突き留め、ユリアの息の掛った場所を探す様に指示された。そして、北の離宮で拘束されていたグレーテス夫人を見つけ、警備隊と共に夫人を救出したのだった。
ジミルが
「……キューイ……リンゼ……!」
「だから、ジミル。もう君たちは自由だよ」
その言葉に、裁判官とジルフィーヌは「おおっ……!」と感涙し、泣き崩れた。
ジミルも涙を流し、リンゼとキューイを見て「ありがとう……」と声にならない声を上げた。
ここまで真実が逆転すると、傍聴席に居た貴族たちは、ユリア王妃に対して、不信の声を上げる様になった。
「なんだ……結局は王妃の陰謀なのか?」
「では、もしかして、国王も……?」
「エイミー様は、無実……?」
流れが変わって来た。
リンゼは、それを空気で感じた。
ざわつく法廷。
そんな大混乱が生じた法廷に、宰相のエルレーンもやって来た。
そして、一部始終を裁判長に聞くと頷き、ユリア王妃の元へと歩み寄る。
「ユリア王妃、裁判はこれにて中断です。色々と不透明な事実が浮かび上がって来たからには、この法廷を続ける事は不可能ですから」
エルレーンはそう言うと、近くに居た近衛兵に命じた。
「ユリア王妃を拘束しなさい」
近衛兵達はユリア王妃を取り囲み、彼女の腕を掴もうとした時、
「触るな!!」
ユリアの怒号が響く。
今の今まで冷静を保っていたユリアの本性が、ついに現れたのだ。
「私を誰だと思っている!? 国王亡き今、イギル最高権威はこの私だぞ!?」
その言葉に、近衛兵は怯んだ。
「エルレーン、私を拘束だと!? ふざけるな! 何故、私が拘束されなければならないのだ! 私が国王を
「いいえ、お義母様、貴女ですよね……?」
エイミーは、喚くユリアに冷静に尋ねた。
「お父様を殺害した……いえ、貴女は殺害はしていませんが、お父様の部屋へ訪れた私の首を打ち、顎を打ったのは、貴女ですよね?」
「え、エイミー!? どこにそんな証拠が……!」
エイミーはリンゼが「それ」を持っているか、まだ分からなかった。
けれど、リンゼならば、あの時のエイミーが残したメッセージをちゃんと受け取ってくれた筈だ。
「リンゼ、証拠を見せて下さい!」
「はい、姫様」
リンゼは、ポケットから白い石を取り出した。
「……なんです、それは?」
「真珠です」
「それが、何の証拠なの!?」
「お母様、履いているヒールの飾り、お一つ取れていませんか?」
「えっ……!」
ユリアは、慌てて紅色のロングスカートをたくし上げて、確認する。
しかし、今日履いているのは黒のレースのヒールであり、真珠がついているヒールでは無かった。
「ち、違うわ!」
「では、今からお義母様がお持ちの靴を全て調べて下さい。きっと、真珠が一つ無い靴がありますから」
「な、なんですって……!」
「この真珠は、あの日、国王の部屋から見つかったものです」
リンゼが言う。
「私は首を打たれた時、その人物の足に縋りつきました。その時、無意識にその人の何かを
「見ての通り、姫様は質素な着こなしをする御方。宝石など一つも身に着けていません。……王妃も先ほど仰いましたよね、イギルは物資が貧しい国。宝石を身に着けられる人間も限られてきます。そして国王の部屋に気軽に入室が出来て、宝石を足にまでふんだんに着飾れる人物は更に限られてきます」
「そ、そんなの、その日に落ちた物じゃないかもしれないでしょう!? そ、そうよ。以前に私が落とした物かもしれない……」
「……お義母様はお父様の部屋に最後に入られたのは、いつですか? 病気が重くなってから、お父様の部屋へ訪れた事は一度も無かったと思います。それは近衛兵達や侍女が御存じでしょう」
「な、な……!」
わなわなと口を震わせるユリア王妃。
エイミーもまた、全身震えていた。
エイミーは正に今、変わる瞬間なのだ。
勇気が無い。怖い……。
自分が名乗り上げた所で、臣下達は、貴族達は、国民達は付いて来てくれるのだろうか?
しかし、その震える手をリンゼは強く包み込む様に握った。
「お願いします、姫様」
「!」
リンゼに背中を圧されて、エイミーは震える声で、持てる最大の音量で、叫んだ。
「王妃ユリア! 国王を殺害の手助けをした容疑で拘束します! 近衛兵! 王妃を連行しなさい!」
突然のエイミーの命令に、近衛兵達は驚き唖然とした。
……ああ、やっぱり私では、駄目なんだわ。
落胆したその瞬間――、
近衛兵全員はエイミーに深く頭を下げて、胸に手を当て力強く言ったのだ。
「……仰せのままに! エイミー王女!」
「エイミー王女、承知致しました!」
近衛兵達は、ユリア王妃を囲み、そして「離せ!」「お前たち、何故そんな小娘の言う事をっ!!」と喚く王妃を連行する。
「待って下さい!」
その連行されるユリア王妃を、リンゼが止めた。
「最後に、もう一つだけ、僕からの供述を聞いてください」
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