第55話「少年」


 そして日が昇りきって数時間後。


 突然だが俺は、一向に解けない“謎”に対して、ひたすら頭を悩ませ続けていた。


 それというのも――。




 なんか、イサナの様子がいつもと違うんだ。




 後ろ頭を掻きつつ、俺は何度目かわからない溜息を吐く。……だが、それにしても思い当たる節がねえ……。


「……俺、何かやっちまったかな~」








 繰り返すが、自分の死んだ瞬間を俺が追体験し、ついでにディーからも興味深い話を聞けたのが昨夜、というか今朝のこと。


 俺にとってはあのディーからの新たな情報は、すごく興味深いモノだった。

 未だに謎は山積みだが、“俺たち”という存在がどうやって、そしてどうして、この世界に生じたのか。

 それを想像する足掛かりにはなるだろう。


 一方。


 俺が見ていた夢がディーに伝わっちまった、という思わぬアクシデントがあったが。

 あれの理屈としては、まず間違いなく魔力が何か影響したと考えていいだろう。


 ディー曰く、今朝夢を見ていた間の俺は「魔力の流れが不穏だった」らしいから、大方俺を構成する“何か”が暴走?しかけていたとか、きっとそんなところだ。


 バスディオ山の噴火からこっち、俺たちの魔力的な繋がりも強くなっちまってるし、恐らくはそこらへんが関係したのだと思われる。


 ま、いずれにしろこの話は妄想の域をでない。

 精々、再現性がとれるかどうか確かめるられたら御の字ってところだな。





 で、話は戻る。


 その今朝から、なんでか知らんがイサナの様子が変なんだ。

 しかも、俺に対する態度が特に。


 どうも嫌われたとかじゃないようだが、なんというか……。一歩引かれてる? って感じ。


 とにかく変に距離を置かれているような気がするんだよ。

 物理的にも心理的にも。


 何しろもう昼を過ぎた頃合いだが、今日は今までイサナと一度も視線が合ってない。


 別に殊更見つめあうような仲じゃないのは当然だが、ごく自然に会話すれば自然に合う、そんな程度には打ち解けてきていたつもりだ。


 なのに、本日はそれが一度もない。会話すら避けられている気もするし……。常におどおどされて返される。


 

 朝起きるのに時間がかかっていたから、最初は寝不足なだけかと思っていたんだが、それがどうにも違うよう。寝不足気味なのは確かだが、今まで観察を続けた結果、明らかに主原因はそれじゃない。


 何しろ、様子がいつもと違うと思って御者席に一緒に座ろうとしたら、すごく気まずげな顔をされたんだ。


 それでも心配なのは変わらなかったんで、午前中いっぱい隣に座って、昼食後も同じく様子を窺ってみた。すると、俺に対する態度だけがどうにも違う。


 因みに普段からイサナは、アルやハクとほとんど会話せず、俺、もしくはディーと大抵話してる。で、ディーへの態度はあまり変わらないんだ。


 俺からすればどうして突然、といった感じで戸惑いしかないんだが……。


 俺も精一杯、こんな態度をとられてしまう理由を考えてみたんだが、この時間までどうにもわからないままだ。


 なので。


 もう俺は、直接訊いてみることにした。これ以上なくストレートに。


「――なあ、イサナ。お前、今朝から様子がおかしいけど、なんかあったか? 俺、何かやっちまったかな?」


「!!」


 なんせ、十数歳思春期入りかけの少年相手に回りくどいことしたり、言ったりしたってあまり意味はない。


 ひたすら真摯に向き合うしかないなと、俺なりに考えた末だった。


 タイミングとしては午後一の休憩の時。


 いつものようにつかず離れず木陰に1人で座り込んだイサナのところへ、俺は近づいてって先の問いを言った。


 そうすれば案の定、イサナはビクリと身を震わせて、一瞬逃げようとしたらしい。……が、結局動き出せずに座り込む。


 それでも、俺と視線を合わせないのは相変わらずだ。


 一方の俺は、慎重に歩み寄りつつ彼の目の前に胡坐をかいて座る。


 こいつの性格上、この期に及んでこれ以上逃げはしないだろうし、根気強く待ってやれば何かしら言葉は返ってくると思うんだが。

 どうだろう。


 そうして待って数分後。




 ようやっと、イサナが口を開く。


「――き、昨日の夜、ショウ様がおっしゃっていた言葉が、頭から、離れなくて。それで……」





 あ? 昨夜……?

 俺、何言ったっけ……。


 ひとまずハクが合流して以降のことを振り返れば、王都にいるセリンやアランの様子に始まり、オルシニアの教育制度、それから、ルドヴィグの返信内容に移って……。


 確か、イリューシアの森にいるっていう魔物の話になったんだよな。で、俺が「そいつもお仲間だったりして」とか何気なく言っちまって。


 だけど、アルやディーやハクからは、「ほぼほぼそうだろう」的な返答をもらい、それで俺が――。


 そこまで振り返り、ようやっと該当箇所に思い当って俺は声をあげた。


「――あぁあ! あれか!」


 これに、再度イサナはビクつく。

 それへ「すまん」と謝りつつ、俺はなるべく静かに言った。


「……お前が気にしてんのは、昨日俺が言った――」


 そうして慎重に、その言葉を、俺は再度音にした。





「――“大量殺人犯した奴は俺と倫理観も合うわけないから遠慮したい”って、トコだな?」


「……」




 その俺の問いかけに、生憎、イサナからの返事はなかったが。

 しかし、唇を噛んで怯えたような表情から、やっぱ的を外しちゃいないとわかった。




 だが、そこまで分かったとはいえ。

 俺はなんとも言えず、言いよどむしかない。


「……」


 当然イサナも視線を落としてうつむいたままだ。



「……はあ、まったく」


「っ」


 アルからも昨日苦言をもらっちまったが、ホント俺は不用意な事言っちまうよな……。昔からの悪癖だ……。


 それでも、どうにかこうにか、俺は言う。


「……イサナ」


 その呼びかけに、彼は最大限怯えた様子を見せたが、俺は間髪入れずに言った。


「まず、謝らせてくれないか」


「……」


「……俺の言葉で、お前がどんなことを感じるか、それを考えずに、俺はあの言葉を言っちまった。だけど決して、お前に向けて言ったわけじゃないってことを、まずはわかっといてくれないか」


「……」


 相変わらずイサナから言葉はなかったが。それでも、コクリと頷きが返って、ひとまず俺はホッとする。


 とはいえ、問題の山は何も越えちゃいない。俺は、著しい緊張を感じつつ言った。


「で、イサナ。お前はそれで…………何を思った? ……昨日の俺の言葉を聞いて」


「……」


 再度の沈黙。

 だがやはり、俺はひたすら待った。


 きっとここで急かしちまうと、今後一切、イサナから本音は返ってこなくなるだろう。そんな予感が、俺にはあった。


 こいつの中ではたぶん今、いろんな言葉が渦を巻いて、形を与えられるのを待ち望んでいるはずなんだ。


 そうでなくとも何かと聡明なとこがこいつにはあるし。


 それを、下手にモノを知った俺なんかがこね回しちまうと、本人さえわからないうちに見当違いな方向で固まっちまう。


 あるいは、子供本人が自分の胸の内を探らなくなる。大人に任せれば答えが返ってくる、なんて勘違いしちまうからな。


 まあ、とにかく。


 そうしてひたすら待っていれば、漸うイサナの中でも言葉がまとまってきたらしく、またおずおずと彼は言った。


「……僕は今まで、知らなかったんです」


「………」


「……人を、殺すというのがどういうことなのか」


「…………そうか」


「それに、僕が従魔術で従えてきた従魔にも、僕はひどいことをしてきました」


「……そうだな」


 俺の淡々とした返しに、イサナは唇を湿らせながら更に言った。


「…………アルフレッド様に拾っていただいて、僕は前よりもずっと自由になれた」


「ああ。お前は一応、自由だよ」


「はい。それに勿論、ショウ様にも、感謝しています」


「そっか。――ひとまずそれは嬉しい」


 俺の返しに、イサナはちょっと笑ってくれたよう。


「……あなた方のおかげで――僕は命令に従って人を、殺さなくてもよくなって。従魔術で魔物を従えなくても、よくなって」


「……そうだな」


「…………それで。……僕は、怖くなったんです。僕が今までにやってきたことはいったいどれほどの――」




 そこまで、言って。


 またイサナはうつむいちまった。



 ……もしかするとこれは、泣いてるかもしれんな。

 何しろ、声もなくイサナの小さな身体は震えていた。



 それを間近で見ている俺は、ただひたすらやるせない。

 






 初めてこいつが殺人を犯したのは、一体何歳の時だったんだろうな。……そして、一体こいつは何人殺してきたんだろう。……きっと、犯した罪も、殺人だけじゃないんだろう、たぶん。


 その罪の重さも知らないままに。……この子は、どれほどの罪を負わされてんだろうな。




 アルに言わせれば、そんな境遇の人間は「掃いて捨てるほどいる」らしいけど。

 ……それに、俺の前世――地球でだって、世界を見渡せばきっとこういう子供はまだまだいたんだろう。


 それでも、実際こうして目の前でこんな子供が苦しんでいる様を見るのはつらいものがある。


 今でさえ、イサナは十歳を超えたかどうか。そんな子供がまともな感性で背負うには、あまりにも重すぎる十字架だろう。


 ……俺としては、こんなやり取りは、もう少し時間をかけてやるつもりだったんだがな……。つくづく、俺自身のの不用意さが、俺は恨めしい。





 恐らく、イサナの思考回路としては、「ショウ様に嫌われたくない」「けれどやってしまったことはなくせない」「じゃあ、僕は一体どうすれば――」「取り戻せないんじゃ、嫌われてしまう」――そんな、ところだろう。


 そうして、こいつは初めて自分の罪を自覚した、と。


 そこまで予測がついても俺は、震え続けるイサナの後頭部を、ただ無言で撫でてやることしかできなかった。


 ……ホント。


 俺の口は要らん言葉はポンポン出るのに、必要なとこでは重くなる。

 だから、前世では散々「何を考えてんのかわからない」とか言われんだよな、俺は。生まれ変わっても変化なしとか、これってもう、どうにもならねえんだろうなぁ……。


 そんなことで思考を逸らしつつ。

 それでも俺は、何か言ってやれないかと言葉を探す。

 

「――ひとまず」


 そうして、まだ迷いながらも俺は言った。


「お前は1つ、これで成長したんだ。……俺は、それを歓迎する」


「……」


「……そして、もう一度謝らせてくれ。ごめんな、イサナ。……俺の無神経な言葉で、お前を苦しませちまった」


「いえ、そんなッ」


「――ちなみに、こんなふうに苦しむことができるお前を、俺が嫌うことは絶対にない」


「っ」


「それだけは、どうか信じておいてくれ」


「っ……」


「…………これでも俺は、可能な限りお前の事を保護してやりたいと思っているんだ。……そうして、これから一緒に、いろんなことを学んで、一杯悩んで。

 ……そうして。一体、これからお前は何をすべきなのか。それを一緒に、考えていこう」


「……」


「ひとまず、今はそれで十分だと、俺は思ってる。……お前は、どう思う?」


 俺がそんなことを問いかけてやれば、イサナは随分と長い沈黙の後、ようやっと言った。



「………………ありがとう、ございます。……そして。……すみ、ませんっ」



 そう言って、再度うつむいちまった子供を見つつ、俺は思う。


 ……バカだなあ。

 俺に謝ってもしょうがねえだろ、イサナ。


 そんなことを。






 しっかし――。


 ああぁぁ。


 これ以上はヤバい。

 俺、いい年して泣く。泣いちまうぞ。


 いいのか? 大号泣だぞ?


 ただでさえ俺は子供に弱いんだ。なのに、こんな、こんな……!

 

 俺は、必死にそんな見苦しい事態にならないよう努めつつ――。

 




 しばらくイサナが落ち着くまで、相変わらず、その頭を撫でてやることしかできなかった。






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