第31話「王位継承権」
それから大体30分後。
俺たちは一旦ヘンネ村へ戻り、シリンさんたち家族とイサナをこっちに連れてきた。
シリンさん達は村の人たちとゆっくり挨拶もしたかったろうに、それがおざなりになっちまったのは申し訳なかった。が、元から準備は整っていたから移動自体はスムーズだったな。
騎馬隊の休憩も充分、ってことで、俺たちが合流し次第、一行は進路を反転させ出発する手筈になっていた。
さっきも言ったが、シリンさん達4人には後続の馬車へ乗り込んでもらい、イサナと俺はなんと王子殿下と同乗だ。
因みにそれを指示された瞬間、シリンさんは凄く恐縮してたし、イサナの方はまとも息もできないレベルで硬直してた。
まあ、そうだよな。
シリンさん達に提供された方はまだ装飾も抑え気味だが、それでも庶民が乗るような馬車じゃないし。
王子殿下も乗る俺たちの方は、更に大きさも造りも内装も豪奢なものだ。
俺からすれば、こういう特別仕様の馬車を見ても「わあ、すげえ!」程度――例えば、テーマパークとかのちょっとリアルな乗り物に乗れる、くらいの感動しかない。
だが、イサナやシリンさんたちにとっては、きっと一生乗るのはおろか中を見ることもないような代物なんだろう。
元貴族のシリンさんはまだしも、特に
緊張と乗り物酔いでぶっ倒れたりしないといいけど。
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アルを先頭に車内へと乗り込めば、既に奥にいたルドヴィグが言ってくる。
「車中では無礼講で良い。形式ばったやりとりも不要だ。楽にしろ」
「では、お言葉に甘えます」
アルは淡々とそう返すが、とはいえ俺やイサナが容易に口だせるはずもない。ので、どちらにしろ大人しくしとこう。
順当に、ルドヴィグの向かい側にアルが座り、俺たちはなるべく座席の端っこ――最もドアに近い位置に腰を下ろした。
たぶん、こっちの方が下座だろうし。
イサナは俺の膝の上だ。元より緊張の為かまとも身動きできてないので、俺が抱えておくことにした。仮にも隣国の間者だし、「拘束してます」っていう名目も立つ。
ついでに本音も言っちゃえば、俺の腕をシートベルト代わりにしようってところだ。少なくとも、まともにイサナの思考回路が復帰するまではこのままにしとこう。
そんなこんな、俺が体勢を整えていれば、その間にルドヴィグが合図でもだしてたのか、馬車がおもむろに動き出していた。
分厚めのガラスがはまるのぞき窓から外を見れば、周囲を騎馬隊に囲まれながら移動しているのが確認できる。
パカパカと馬の蹄の音が響き、多少車輪や車体がきしむ音も聞こえ始めた中、ゆっくり腰を落ち着けたアルがルドヴィグへと尋ねた。
「……まず、確認させていただきたいのですが、殿下がこんなところにまでわざわざ出向かれたのは、何か理由がありますよね。都で何か?」
「さすがだな。よく察しがついている」
ルドヴィグはニヤリと笑い返した――が、次の瞬間その顔がしかめられた。
「……最近、グスターヴ派の動きが煩わしくてな」
これにはアルも目を見開いた。
ルドヴィグは続ける。
「もう一月以上前になるか、お前の代わりに兄上が向かった討伐任務があっただろう。あの時の勲功を兄上は執拗に振りかざしている。
要は、何かと身体の弱いアルバート兄上と差別化を図りたいのだろうが」
……へえ。アルバートってのは第1王子殿下、つまりは王太子、だよな。
「遂に、グスターヴ殿下が王太子の座を狙いだした、と?」
「ハハッ。仮にも王族にその問いを直截に投げるお前は本当に小気味良いな」
ズバリと指摘したアルに、ルドヴィグは場違いなほど明るい声で笑った。
「恐らくはそうなのだろう。……グスターヴが一体どんな筋道を算段しているのか、その見当はまだつかんがな」
……うわ、遂にこの人、第2王子殿下のことを呼び捨てにしたよ。今まで顔を歪めながらも“兄上”って一応言ってたのに。
対するアルはピクリとも動揺せず、探るような視線をルドヴィグに向けた。
「確信が得られていないだけで、その筋道に関してきっかけは既につかんでいるのでは?」
「まぁな」
え。
何気ない口調でルドヴィグが肯定する。
「少なくとも
……どうもあの時に
「……何者かが新たに陣営に加わった、しかもグスターヴ殿下が頼みにするほどの人物、となれば既に噂になっていそうなものですが」
「それが掴めん。あちらも情報を漏らさぬよう、慎重になっているようだしな」
「……」
忌々し気なルドヴィグの返答に、アルも深刻な顔して黙っちまった、が――。
……ホント、俺みたいなのがこの空間にいていいのかねぇ。
こんなオルシニア王家の内情を聞かされるなんて、俺は恐ろしくなってきちまうんだが。
許されるなら耳塞いで無関係を装いたい。
そんなことを俺が考えている一方、ルドヴィグが軽く息を吐いて言った。
「身内どうしで探り合うなぞ、馬鹿げている。無益だし、何しろ面倒だ。
俺もさっさと臣籍に降りて、こんな面倒事から離れたいものだな。本当に――」
そうして正面のアルを見やって言った。
「――
そう言って、ルドヴィグはニヤリとアルへ笑いかける。
「……」
対するアルは一瞬本気でイラついた、みたいだ。俺もビクリと視線をやっちまったが、まるで相手――ルドヴィグを射殺しかねない眼光だった、ような……?
「……国王陛下がそれをお許しになられない以上、その真意は明白では」
一応、淡々とアルは言ったが……。
何だったんだ、今の。
……なんか、2人の間で無言のやり取りがあった、ような。
実際、アルは顔顰めて不機嫌になってるし、というかむしろブリザード巻き起こってるし……?
ホント、なんの話だ?
ひとまず、現時点で俺にわかるのは、ルドヴィグが臣籍に降りて公爵になりたいと願い出ているのに、国王陛下がそれに「うん」と返してないってことだ。
えーっと?
つまり、あの国王は病弱な第1王子、短慮で野心的な第2王子ではなく、第3王子のルドヴィグに次期国王になってほしいと内心思っている。だからルドヴィグを王族から外したくはない、と……?
……うわあ。
一方、俺含めてメッチャ微妙な空気になってんのに、ルドヴィグ殿下は気づいているのかいないのか、至って普通に返してくる。
「だから嫌だというんだ。俺に王位を担う気はない。第一、アルバート兄上は才気にあふれた王太子だ。その点に不足はないだろう。それを……。まったく、父上もグスターヴも何を勘違いしていらっしゃるのか」
……彼もだいぶ本心ぶっちゃけてんな。
顔を顰めて「やれやれ」とでも言いたげに首を振っている。
これにはアルも呆れたように言った。
「そういった諸々に嫌気がさし、これ幸いと都を飛び出してきたわけですか」
「まあ、本音を言えばそうだ」
へえ、そうなのー (棒読み)。
……こっちとしてはホント、怖えよ。
俺はともかくとして、このあと口封じにイサナが殺されたりとかしないよな……。
内心、ガクブル()している俺をヨソに、アルは淡々と言葉を返しているし、ルドヴィグも至って軽い調子だ。
……ねえ、あんたらわかってる?
今、俺でもわかるスゴイ会話をしてんだけど。
やめろよ、そういう王家の内情、一般庶民の俺たちに聞かせるの。
まあ、俺的にはアルが巻き込まれる可能性もあるんで、こういう話を聞いとけるのは有意義ではあるけども……。
あぁあ! この窓のガラスがもう少し薄くて大きくて透明度が高ければなあ (ヤケクソ)!
外の田園風景見ながら、「私は話をきいてません」をやれたってのに……!
「――それで? 今度はこちらが訊こう」
そんなドロドロとした王位継承権争いの話もひとまず尽きたのか、ルドヴィグが改まって口を開く。
何かと思い、アルはもちろん、俺もルドヴィグへと視線を向けなおせば――。
「此度のイルドアでの件、初めから俺に話せ」
そんな言葉を、第3王子殿下は尊大な態度で言い放った。
第31話「王位継承権」
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