幕間

第29話「手記」

視点:1人称 (シリン)

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親愛なる我が夫 アレクシスへ





 この転機に、久しぶりに貴方への想いをつづろうとペンをとりました。


 ここしばらくは余裕も無くて、こんなふうに貴方へ語りかけることも少なくなっていたわね。申し訳ないわ。


 でも、そんな生活もこれから変わっていくことになるの。

 ……既に貴方も知っているかしら。


 どこかで私たちを見守っていてくれるなら、もちろんそうでしょう。

 貴方は「風になって会いに行く」なんて、あの時言ってくれたけど。……まさか、嘘はついていないわね?


 私のことはいいけれど、子供たちの成長はあっという間だわ。

 見逃しても知りませんよ。


 アランもセリンも、本当にいい子に育ってくれた。

 不自由もある暮らしだったけれど、私たちは決して不幸じゃないわ。安心してね。


 それに、ハクもいる。


 あなたはハクを“大樹のような友”だと言っていたけれど、本当にそうね。

 彼はあなたの言葉通り、今まで私たちを何度も守ってくれた。私たちにとっては、ゆるぎない大樹のような存在。


 どれだけ感謝しても、したりないわ。


 けれども。

 本来の彼は、もっと自由なはずなの。

 そろそろ、私たちから解放するきっかけを作らなくちゃいけない。そうでしょう?


 ……だからね。

 私は1つ、決めたわ。


 アレク、私たち、オルシニアの都に行くことにしたの。

 全てはアルフレッド様の取り計らいよ。


 あの方のことはもうご存じ?

 私たちの恩人よ。少し不器用なところがあるけれど、決して悪い方ではない。

 

 その方の屋敷に、これからお世話になることにしたの。


 私としても、今まで住んでいた家にはもう戻れないと思っていたところだったけれど。そこに、アルフレッド様からご提案してくださったの。

 従者のショウ様が言うにはお屋敷の人手が足りないから、とも言われたけれど――。


 実際のところ、私の魔術に関する知識が求められているのでしょうね。

 特に、従魔術について。


 以前、私の過去についてご説明したら、アルフレッド様はとても深刻そうなお顔をされていたもの。


 この国でも、私の知識は有用なようだわ。私たちにとっては、本当に残念なことにね。

 つまり、この提案に乗れば、ゆくゆくは祖国とも対立することになるでしょうし、正直まだ迷いもある。


 また子供たちを、下らない争いに巻き込んでしまうかもしれないしね。


 けれど。


 オルシニアの王都に入ってしまえば、祖国からの追っ手に容易には見つからなくなるでしょうし。それに、子供たちにも十分な教育を受けさせられる。


 何より、ハクの負担がきっと減る。


 これからお世話になるアルフレッド様もショウ様も、きっと信用できる方だわ。まだまだ不安はあるけれど、少なくとも悪いようにはされないでしょう。

 その点は、ハクも同意してくれたの。


 ……だから、私もとうとう、この地を離れることにしたわ。

 それで、いいわよね、アレク。





 ……あまり、こんな硬い話ばかり書いていてもしょうがないわ。

 何か別のことも書きたいけれど。


 最近、何かあったかしら――。


 ちなみに、子供たちの事はここには書きませんよ。

 貴方は嘘を吐かないでしょうから。


 信じていますよ?






 そうだわ。

 アレク、聞いてちょうだい。


 あのハクが、アルフレッド様やショウ様とは結構話すの。それには気づいていらっしゃる?


 アレクや私たち以外の事に興味を向けなかったハクが、あの方たちは別らしいの。たぶん、ショウ様がハクと同じ特殊な存在だからでしょうね。



 そして、おそらくはアルフレッド様も。



 ……こんなことを書くと、貴方は「またか」と心配するかしら。


 まあ、そうよね……。少なくとも、アルフレッド様にはまだ聞かせられない話だわ。いつかは懸念の1つとして、あの方にもお伝えしなければと思うけれど。


 その時には、きっと深く傷つけてしまうでしょうね……。



 でも、残念ながら、これはハクにとっては良い事なの。


 こんなふうに考える私を、貴方は軽蔑するかしら。それとも苦笑しながら、賛同してくださる?


 決して、あの方の不運を喜びたくはないけれど、でも、それがハクの幸いに繋がるかもしれないとは皮肉な話よね。

 何しろ、彼と同じ目線で語れる存在が増えたのだもの。


 こんなことを考えているのは、アルフレッド様に対して本当に申し訳なく思うわ。

 でも、これでハクが独り残される心配はなくなった、と安堵している私も確かにいるの。


 私も子供たちもまだまだ寿命は先だけれど。ハクにとっては、きっと私たちの生なんて、瞬きするくらいの時間でしょう。

 だから、早いうちに私たち以外とも交流しておかないと、いずれ彼は独りになる、と考えていたの。私はそれがとても気がかりだった。

 

 貴方は「先のことを考え過ぎだ」と、笑うかしら。


 でも、あんなに私たちに心を砕いてくれるハクだもの。彼には永く幸せに生きてほしいの。

 貴方にも託されたことだしね。


 アレクに会うまで孤独だったハクを、貴方と私でここまで引っ張ってきたわ。先の事まで責任をもちたいと思うのは当然でしょう。

 せっかくここまでヒトの温かさをハクには教えてきたのに、彼をもう一度、あの孤独の中に戻すなんて、そんな残酷な事をしたくない。


 そのためにも、あの方たちとの繋がりは切ってはいけないわ。

 きっと彼に、更に新しい“繋がり”を作ってくれる。


 私はそう、感じているの。


 いつもの勘よ。でも人との縁に関して、私はこういう時、外したことがないでしょう?

 きっと今度も大丈夫。



 結局、硬い話になってしまったわ。ごめんなさいね。

 でも、そろそろこれ手記も締めないといけないわ。




 とにかく、私たちは元気だし、これからは家族みんなで新しい生活も乗り越えていくわ。

 これまでは、祖国とあなたへの未練でここに留まってきたけれど、いい加減、私も覚悟を決めないとね。




 そう。


 あなたはもう、生きてはいない。

 ここで待っていても、山を越えてあなたが姿をみせることはない。


 ようやく、思い切ることができたと思う。


 今まで何度だって口にしてきた言葉だし、頭では十分わかってはいたはずなのに。

 ズルズルとこの地にとどまっていた私の弱さを許してね。


 ハクにも子供たちにも不自由な暮らしをさせて、申し訳なかったと思っているわ。


 これからは、新しい地で生まれなおすくらいの気持ちよ。




 あなた、どうか見守っていてね。



                            あなたの妻 シリン






第29話「手記」

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