第19話「嵐の前の静けさ」

視点 : 1人称

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 シリンさんからを打ち明けられ、様々驚きもあったが昨夜はそのままお開きになった。


 そしてそんなこんなで翌早朝。


 ウルフの死体を埋めた後、俺たちが何をしていたかというと――。

 



 シリンさんたちの小屋を出て、結構な速度で山を駆け降りていた。




 俺はアルに並走しながら声をあげる。


「――ま、どっちにしろ俺たちは麓の村とシリンさんたちの小屋、両方警戒しとかなくちゃいけねえってわけだな!」


 対するアルは息も乱さず返してくる。


「ええ。が正しかろうと、相手は既にオルシニアの民を殺害している。あちらが狙われる可能性は否定できませんからね」


 そんなことを言い合いながら、俺たちは一切速度を落とすことはない。


 因みに俺は今、人型だ。昼間だし、向かうトコが向かうトコだし。万が一、誰かに見られちゃマズいからな。


 ……しっかし、守備範囲が相変わらず広大で、イヤになっちまうよなぁ。


「はー、全く。村の警護だけでも軍に要請できねえかな」


 俺はダメもとで言ってみるも――。


「それもいいですが、あいつらが重い腰上げてこちらに辿り着くまでに最低3回はウルフが襲ってくるでしょうね」


 アルの容赦ない返しに、俺は息を吐くしかない。


「……ぐうの音も出ねえな」


 ということで、ガンガン坂道下って向かう先はシリンさんたちの小屋から最寄りの村――へンネ村だ。


 ついこの間も挨拶がてらちょっと寄らせてもらったんだが、田舎らしい長閑なイイとこだった。周辺には地球で言う麦のような穀物(めっちゃ麦だったが俺はあれを麦とは認めない。きっと遺伝子レベルでは違うはず!)の畑が広がっていて、秋にはさぞや絶景だろう。


 そんな田舎町に俺たちが何の用かと言えば、それは勿論ウルフに対する警戒を呼び掛けるためだ。

 近場シリンさんたちの小屋に現れたんだから、こっちヘンネ村に来る可能性も十分ある。一応な。


 昨夜、シリンさんから打ち明けられた“秘密”を考慮すると別の展開も想定しなくちゃいけなくなったが。

 まあ、備えあれば憂いなしだ。村の方を無警戒ってわけにはいかない。


 木々の合間を縫うように、俺たちは駆け下りていく。前世じゃ考えられないようなスピードを出してるわけだが、今の俺は身体能力、知覚能力、反射神経、どれをとっても優秀だからな!

 まさに風を切るような感じでいっそ気持ちいい。



「――にしても、昨日の話はちょっと予想外だった、な!」


「ええ。……あとから国へどう報告したものか、って感じですが」


「ああ……」


 ……けども、アルから返ってきたのは走り抜ける爽快感を吹き飛ばすような調子の声。俺も思わず同情しちまった。


「そこはもう、ルドヴィグ殿下あたりに丸投げしろよ!」


「……そうですね。それがいい」


 こいつにしては珍しくウンザリしたような表情だ。

 余程、に嫌気がさしてるようだな。


 まずはウルフを討伐しなきゃならんが、それが終わったらしばらく大なり小なり身辺が騒がしくなりそうだ。


 何しろ、昨夜シリンさんが打ち明けてくれた話は下手をすれば、それもトップシークレット並みの話だ。


 なかなか彼女には実感ないようだが、国防を担うような部署からすれば彼女の身柄は千金に等しいんじゃなかろうか。


 しかもそれだけじゃなく、昨夜シリンさんから聞いた予想が当たっているのなら、今回の任務はただの魔物討伐じゃ終わらない。


 俺は蚊帳の外だからある程度気楽だが、アル仮にも貴族の1人としてはそんなわけにもいかないのだ。


 まずはシリンさんの推論に確証が得られなきゃだが――。


 ……俺の勝手な勘だけど、なぁんかあの話、当たってる気がすんだよな……。



 ま、それはさておき。

 その肝心なシリンさんの“推論”および彼女の“秘密”についてだが。




 昨日あったのはこういう話だった。






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 昨夜、シリンさんは言った。


「――私が思い当たるのは、今回の件にわが祖国、イスタニアが関係している場合です。……既にお察しかもしれませんが、私たちは祖国から追われている身なのです」


 その言葉に、アルは慎重に返す。


「……つまり、ウルフの行動にイスタニア人の意思が介在している――いや、あの魔物がイスタニア人の従魔であると?」


 これへシリンさんは頷いて言った。


「ええ。イスタニアの何者かが従魔を使い、目的はわかりませんが、オルシニアの民を殺害。そしてこれも前後が不明ですが、私たちのことも発見し、ウルフに襲わせたのではないかと」


 ふーむ……。


 何やらシリンさんが言い迷ってるのは気づいていたが、いざ話してくれた内容は、俺たちの想定と全く違うものだった。


 まあ、確かに“ウルフが従魔だ”と仮定し、“その術者がイスタニア人だ”と仮定すれば、国で指名手配されている人物シリンさんたちを見つけたのを幸いに、しつこく狙ってくるのも頷ける、か?


 でも、彼女らにそれしつこく狙うほどの価値がないといけないよな。


 当然気になるのは――。


「――あなた方が、隣国から追われる理由はなんです」


 お、アルが先に言った。

 そうそう、そこだ。


 俺も頷きつつシリンさんへ目を遣れば、その彼女は幾分顔を伏せながら言った。


「理由は主に2つあります。

 ……私は、国元で魔物および魔術の研究に携わっていたのです。そして、特に評価されたのが従魔術などの魔物へ干渉する魔術の改良です。

 いくつかは既に公表していますが、いまだ私の手元に残っているものもあります。これが、私たちが追われる理由の1つです。――そして、もう1つがハクです」


 彼女は言葉を迷いつつ、ゆっくりと言う。


「……一般的な従魔と異なるハクの存在は、ある程度国元で知られており、加えてそのハクの力は私の従魔術で得たものだとのです」


 ん? つまり――。


「ええ。事実は違います。ハクの力は彼が元々もっていたものです。私はあくまで幸運に恵まれ、ハクと絆を結ぶ機会を得ただけのこと。

 ですが、私が従魔術を研究していたことと、ハクが並外れた力をもっていたことが関連付けられ、貴族の間で広く誤解が浸透してしまいました」


 そりゃまた、難儀な……。


「その結果、私の知識とハクを求め争いが起こり――」


「――難を逃れてこちらに来たということですか」


 先を引き継いだアルの言葉に、シリンさんは頷く。


「ええ。……ですが、私たちの存在は容易く打ち捨てられるものではないようで、時々国から追っ手がかかります」


 だから、特権階級出身者シリンさんたち家族がこんなところにいたわけか。


「実際、シリンさんの研究ってどんなものだったんですか?」


 俺が訊けば、彼女は物憂げに言った。


「元はといえば魔物の発生過程の解明を目的とした研究でした。ただ、魔物が研究対象だったので、副次的に従魔術の改良も」


「例えばどういう?」


「……色々ありますが、既に公表している術式では“従魔の主を術者以外に指定する”、といったことです」


 ……わあ。


 アルも思わず、といった様子で呟いた。


「その技術だけでも、方々から重宝されるでしょうね」


 だよなあ。


 当時隣国でどんなが起こったか目に浮かぶ。更には、今まさに隣国でどんなことが進んでいるかも、な。


 最悪の場合――というか十中八九、軍事転用されて従魔メインの特殊部隊とかが編制されてたりして……。


 そんなことを思いながらチラリと視線をやれば、アルの表情は俺の予想以上に引き攣ってた。


 そうだよな、結構これは大事おおごとだ。下手すりゃウルフなんて吹っ飛ぶレベルの重要案件。


 だけど、どうやらシリンさんにはこっち主にアルがどれだけの衝撃を受けたか伝わってないらしい。


 彼女は俯き気味に言った。


「はい。……私にとっては研究の過程で得た副産物にすぎませんでしたが――」


「為政者にとっては垂涎の的だった、と」


 シリンさんの言葉尻を引き継ぎ、俺は言った。

 こっちの常識に疎い俺でも、このくらいの予想はつく。


 さらにアルは仮にもこの国の貴族、為政者側だ。その思考はより正確に現状を捉えているだろう。


 だからこそ、今こいつアルは結構深刻な顔をして黙り込んでるわけだ。


 シリンさんは言った。


「あの時は私も浅はかでした。従魔の活用が進めば、生活の利便性が向上し、なおかつ魔物による被害も低減できると期待をかけていましたが。結果として技術は一部の貴族に秘匿され、後の火種となりました」


「……さもありなん」


 新しい知見や技術が当初の思惑から外れた使われ方をされるのは、科学に結構ありがちな話だ。


 例えば放射性物質の発見だって、キュリー夫人たちが成し遂げた当時は未来を照らす希望の光でしかなかったはずだ。だけど、それが後世に何をもたらしたかは広く知られている通り。

 だからこそ、研究者は自らの研究成果を常にあらゆる目線から評価する義務がある。“想定してなかった”なんて言葉は使っちゃいけない。


 といっても、ひとまず放射線および核分裂反応にだけ言及すれば、これには当時の政治とか国際情勢とか、とにかくいろんなものが絡むから、俺なんかの口からは一概になんて到底言えるはずもないんだが。





「――それで、経緯は省かせてもらいますが、私たちは祖国から脱出し山脈を超えオルシニアに逃げてきました。もうすぐ2年になります。半年ほどは追っ手も多く私たちも転々としておりましたが……」


「それ以降は途絶えていたのですね」


 アルの確認に頷くシリンさん。


「ええ。祖国での動乱が沈静化したか、とうとう諦めてもらえたか、と安堵しておりました。そして1年前にこちらに住んでおられた老夫婦にこの家を譲っていただき、それからはこちらで暮らしておりました。 

 しかし、また祖国の情勢が変わり、何者かが私たちを再び探すようになったのでは、と」


 なるほどねえ。でもなあ――。


「……ただ、ここまでお聞きになってお分かりいただけるかと思いますが、今の話はいくつもの仮定の上に成り立つ、ほんの一握りの可能性でしかありません。妄想に等しい推論です」


 そうそう、そこなんだよな。今一つ話が確実性に欠ける。……つっても、シリンさんの口調には何かしら確信がありそうな響きがあるが。


「それでも、そこまで打ち明けてくださったということは、ある程度の確証があるのではないですか?」


 お。アルも同じこと考えてた。

 そうそう、よほどの確信がなきゃこれほどの秘密は普通打ち明けないよな。


 ところが一転、シリンさんは顔を曇らせた。


「いえ、客観的に認められるものは何も。……ただ、しばらく前にハクから “風”が変わったと言われました。私にとってはそれが、この秘密を明かすに足る確証です」


 ……んん?

 “風”ってなに?


「……それが“隣国の情勢”であると?」


 アルが尋ねれば、彼女は言った。


「はい。……理解はしていただけないでしょうが、ハクには何らかの予兆を感じ取る力があるようなのです。研究者を名乗りながらお恥ずかしい限りですが、原理は未だ不明です。しかし、過去に私は何度もハクのその力に助けられてきたのです」


「……」


 これまた判断しづらい返答だ。俺たちにとっては何の保証にもならない。

 ダメもとでハクさんに視線を向けても――。


「私には答えようがないな。“風”が変わったと感じた。だからそう言ったまで」


 あぁあ……完全なフィーリングかぁあ。


 俺は別にそういう第六感的なモノを全否定するわけじゃないし、むしろ積極的に肯定していきたい派ではあるが、今回のような人命がかかる場面では中々判断材料にしにくい。


 アルも口元を歪め、今後の方針を決めかねてる感じだ。


「……まあ、ひとまず“ウルフが従魔”っていう想定は、しといて損はないんじゃないか?

 しかもこの予想がドンピシャなら、事はただの魔物討伐に終わらねえ。下手すりゃイスタニア側の国境侵犯、しかもオルシニアの民を故意に殺して回ってるから明らかな敵対行為だ。公的、私的を問わず、戦争の火種になりかねねえぞ」


「……わかっていますよ」


 俺がこいつに言うにはな話だが、あえて差し出がましい口を挟んでみる。案の定アルからはそっけない返事をもらったが、反面、方針を決めるキッカケには、なったかな。


 そうして、アルはいくぶん力の抜けた様子で言う。


「何か、確かめるすべがあればいいんですがね」


 だよなぁ。


 俺はシリンさんに向き直って訊いた。


「ウルフが従魔かどうか確認する方法は何かありませんか?」


「……ありません。従魔術とはつきつめれば“暗示”です。物理的な痕跡は残りません」


 めっちゃ申し訳なさそうに、でも一分の希望もなく、バッサリ否定されちまった。


 やっぱダメだったかあ。



 ま、しばらくはこれも可能性の1つとして考えておくしかないな。




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 てなわけだ。



 ホント、最初はただの魔物討伐任務だったはずなのに、いまや下手すれば国家間の紛争問題に発展する可能性もでてきてる。

 加えて、隣国のトップシークレットと重要人物シリンさんとハクさんも偶然見つけちまった。


 いい加減、俺たちの手に余る事態だぞ。


 さっさと気楽になるためにも、村でルドヴィグ殿下あてに手紙をしたためとくのも手だな。村の人に最寄りの砦に届けてもらえばあとは早馬で王都に届けてくれるだろう。


 ま、そんなこんなで俺たちは山を下ってきたが、やがて傾斜が緩やかになり少し先に開けた場所が近づいてきていた。


「お、見えてきたな、ヘンネ村」


「ええ。特に変化もないようでなにより」


 前回こっちに立ち寄ってからたった数日。その間にウルフや他の魔物に襲われてたとか、そんな不運なこともなく、前と変わらず長閑な光景にホッとする。

 どうやらアルも同じようだ。




 さあて、村長さんに村の人、元気にしてっかなー。








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