この恋降りてもいいですか
真柴きなこ
第1話 この恋、辞退します!
信じられるものは自分だけ。
だから愛情とか友情とか、そんなものはとっくに捨ててきたというのに…
どうして私を掴んで離さないの?
*
「凄い!すぅちゃん!入学してまだひと月も経ってないのに、もう先生に噛み付いちゃったの?」
「お母さん、噛み付いたなんて人聞き悪いこと言わないで。もう予習してきたことばかりだから、他にやれることは無いですかって聞いただけだよ?」
私は紫藤菫(しどうすみれ)、先日大学1年生になったばかり。
ある大学の法学部で、弁護士でも司法書士でもなく、法律を変える権限を持つ難関資格、「法律管理士」を目指して猛勉強している。
「それを噛み付いたと言わずになんていうの?すぅちゃんはママと違っておとなしいと思いきや、自分の意見は遠慮なく言うよねえ」
「お母さんは無鉄砲なだけだよ…」
私はほうじ茶片手にまんじゅうをつまみながら母を諭す。
この“若すぎる母”、紫藤真咲(しどうまさき)は魔術を扱う一級魔術師なので、そもそも畑違いと言うものだ。
「今からでも、魔術師を目指してみる気はないの?」
「そもそも私には魔力が無いのに、どうしろっていうの…」
魔法が当たり前にみんな使えるこの世界で、魔術師を目指すのはさも普通のこと。
両親が揃って一級魔術師なのに、魔力を持たない私は、勉強に縋るしか他ないのだ。
「法律管理士になれば全国出張は多いけど、一級魔術師と変わらないくらいの収入もあるし、安泰!なにも指さされることはない!」
「うーん、まあそうなんだけどね…」
このやり取りも何度もしてきたこと。
まあ魔術師を目指してほしい母の気持ちも分からなくはない。
「そうそう、ママ、また出張入っちゃってね、今度は長くなりそうなの」
一級魔魔術師として医療現場で活躍する母は、一つの病院に所属しているわけではなく、いわゆるフリーランス。
「美人すぎるヒーラーは18歳の子持ち」なんて肩書きでテレビにまで出たことがあるから、いろんなところから声がかかってあちこちの医療現場に出向いている。
出張で1ヶ月居ないなんてのはザラだ。
「今度はどこに行くの?」
「海外なんだけど、今度は長くなりそうで、すぅちゃんのこと心配だから、しばらくママの知り合いと一緒に住めないか打診してみた!」
飲みかけていたお茶を思わず噴き出しそうになってしまった。
母は昔から何かと無鉄砲ー
なんと言っても14歳で私を身篭った経歴からして、破天荒で何かと驚かされてきた。
「え、お母さんの知り合いと同居?!」
「うん、最近何かと物騒だし、すぅちゃんを一人にしておくのは心配だから」
「いや、今までも一人で留守番してきたし、だいじょ…」
「もう決まっちゃったから、明日から家に来るよ!」
母は頑固で、一度決めたことを曲げたことがなく、いつも唐突で、その度に喧嘩してきたが、今回は有無を言わさぬ雰囲気があり、私ももう折れるしかなかった。
「そんなぁ…急すぎるよ…部屋は余ってるけどさあ…」
「ママとパパの部屋も使っていいからね。4人来るから」
「は、はい??!!4人???」
一人でもいっぱいいっぱいだというのに、4人と住む理由がどこにあるのだろうか。
「みんな料理上手で〜」
「うっ…」
「掃除洗濯やってくれて〜」
「ううっ…」
一人で留守番していると、家事に追われて勉強がままならないことがよくあった。
加えて母も私も料理が苦手である。
料理上手な家政婦さんが4人も来てくれて日替わり手料理を堪能できると思えば有り難いのかもしれない。
「もう決まっちゃったからね!すぅちゃんの拒否権はありませーん」
「あのねぇ…」
こうと決めた母の決心を曲げることは敵いそうにない。
私は項垂れて言われるがままにするしか無かった。
*
翌日、母は朝早くから出張に出てしまい、10時に来ると言われた「4人」達の訪問をソワソワしながら待つことになった。
「はあ、どんな顔して会えば…」
約束の時間の五分前、呼び鈴が鳴り、慌ててインターホンを取る。
「は、はい」
「こんにちは、今日からお世話になります。雀野です。」
「はい、今開けます…」
雀野と名乗った女性は、インターホンの画面越しでもフェロモンが飛んできそうなセクシーな美女だった。
おそらく一番年上で、代表して挨拶したのだろう。
想像してたより個性が強すぎて、面食らってしまう。
「やばい、あまりにセクシーすぎて他の3人見てなかった…」
料理上手な家政婦さんとだけ想像していたので、まさか爆乳のセクシー美女が来るとは思いもよらなかった。
一軒家なので、あたふたする間もなく4人が玄関を開けて入ってきた。
「は、はじめまして…紫藤菫です」
「ふふっ緊張してる?私は雀野琥珀(すずのこはく)、よろしくね〜☆」
セクシー美女は栗色の巻き髪をかきあげ、ウインクしてきた。
色っぽい化粧と主張しまくっている胸に酔ってしまいそうだ。
「私は白鳥雪(しらとりゆき)、よろしくね」
次に口を開いたのは美しい銀髪が眩い女性だった。
服装は琥珀さんに比べたらずいぶんおとなしく思うが、凛とした眼差しが意思の強さを感じさせる。
「私は緋色茜(ひいろあかね)!すぅちゃん、会いたかったよー!!」
そう言うと彼女は目を輝かせながら私に飛びついてきた。
すぐに雪さんに無言で剥がされるが、背が高く、鮮やかな赤髪のショートカットが目を引く、大型犬という感じだ。
「…桃地珊瑚(ももちさんご)…宜しく」
最後に挨拶してきたのは、制服姿の美少女だった。
黒髪の姫カットに桃色のインナーカラーが映える。
しかし機嫌が悪いのかこちらと目を合わせようとしない。
「みなさん宜しくお願いします。母がまた突拍子もないこと言ってすみません…」
「そんなことないよ!みんな喜んで来たよー!」
茜さんはまるで大型犬が飛び跳ねているかのように嬉しそうに言う。
「母とはどういった関係なのですか?」
「みんな親戚だよ〜だから昔からの知り合い」
琥珀さんがそう言うと、私は妙なことに気付いた。
母は中学生にして私を身篭ったせいで、親戚一同から勘当され縁を切られたと言っていたはず…
「あれ、母は親戚と縁を切っていたのでは…」
「それは親より上の世代の話でしょ?私は菫ちゃんが生まれたときの騒動は知ってるけど、あとの三人は知らないし」
琥珀さんが歳上なのは分かったけど、他の三人はいくつなのだろう?
「私と茜は同い年の大学1年生、珊瑚は高校3年、琥珀は23歳だよ」
「え、そのセクシーさで23歳ですか?!」
「え〜ショック、老けてるって〜?」
他の三人は意外では無かったけれど、琥珀さんが23歳は予想外すぎた。セクシーすぎて。
「私のことって母から何か聞いて知ってたんですか?」
「まあそりゃ生まれたときが大騒ぎだったから、伝説みたいなもんだよね〜」
琥珀さんは楽しそうに笑う。自分の知らないところで騒がれていていい気分ではない。
「というか、今回のことってどれくらい真咲さんから聞いてるの?」
「そうそう!大事なことすっぽかしてるのは真咲さんに有りがちだからね〜!」
雪と茜が続けて口を開く。
確かに大事なことを忘れてるのは母はよくある。
嫌な予感がしてきた。
「…早く今回の目的話した方がいいんじゃないの」
珊瑚がやっと口を開いた。スマホをいじっているので聞いていないと思っていた。
「…え?なに?」
「簡潔に言うね。真咲さんは妖族が出て大変なことになってる国へ闘いに行きました。医療従事者は仮の姿です。この国も妖族に支配されるのは時間の問題。
親戚一同会議の結果、菫を魔術師として目覚めさせるしかないと結論が出て、私達一級魔術師4人と同居することが決まりました」
雪が淀み無く言ったことが、半分は理解できなかった。
妖族…今世間を騒がせている、負のエネルギーで呪われた、この世に災いをもたらすと言われている、悪の集団…
その姿は人そっくりで、巻き込まれたが最後、事件や事故に巻き込まれるなんて言うけれど…
「この国が妖族に支配される?そんなニュース聞いたことないよ?」
「政府は隠してるけど、凶悪な事件はどんどん増加していってる。この国が巻き込まれるのは時間の問題。」
現実味が無いけれど、妖族自体は歴史の授業で習ったし、無鉄砲で無敵な母が、戦闘に長けた魔術師だってのも分からなくはない。
「…だからって、私がなんで魔術師になる必要が…?」
「菫ちゃんはね、前世は一級魔術師で、妖族を封印するために闘った凄い人なんだよ〜」
琥珀さんはそう言うが、私の前世が一級魔術師で妖族を封印した?!ますますピンと来ない…
「なぜかその封印が今は解かれてしまったけれど…で、私達は前世一緒に闘ったメンバーでもあるの」
「え?そ、そうなの?」
雪が続いて説明する。
だから、割と馴れ馴れしいというか、距離が近い感じがあったのか…
「姫が前世の記憶も魔術も失ってほんとみんなパニックだったんだけど、妖族の危機が迫ってる昨今、魔術師としての力を取り戻すしかない!って会議で決まったの!」
「姫はやめて…そんな、失った魔力がそう簡単に取り戻せるとは思えないし、私は法律管理士になる夢が…」
茜は意気込んで話すけれど、急に現れた親戚たちに、私の将来の夢まで決められちゃ困る。
「私達も調べたけど、ショック療法で失った魔力が取り戻せたパターンはそう珍しくないんだ」
雪はそう言うが、ショック療法なんて、何をさせられると言うのか…
「危ないことはさせられないから…そう、エッチなこととか…」
そう色っぽく琥珀さんが言うので、思わずのけ反ってしまった。
「な、な、な、何言ってるの?!正気?!」
「そんなびっくりすることないよ。文献にも数多く載っている、よくある成功事例の一つだから。それよりも、電気ショックのほうがいいって?」
一番常識人だと思っていた雪にもそう言われ、なす術がない。
「大丈夫!今は処女であることが恥ずかしかったりコンプレックスに感じるかもしれないけど、力が戻ったら、なんだこんなことだったのかって拍子抜けするから!」
笑顔でとんでもない見当外れなことを言う茜に嫌悪感が湧いてきた。
「そもそも!色仕掛けでどうこうしようったって、みんな同性じゃないの!!」
「…まあ、そうなるよね…」
珊瑚がポツリと呟いたのを合図に、4人は眩い光に包まれた。
何が起こっているのか脳が理解を拒み始めた。
「え?え?なんなの?」
「一級魔術師の中には、ダブルの力を持つ者がいると、菫は博識だから知っているだろう?」
え?雪?にしては、声が低い…
「…女でもあり、男でもある唯一無二の能力…」
珊瑚の方を見ると、眩しい光が収まり、視界が慣れてきた。
そこには、先ほど見た珊瑚ではなく、桃色の髪は同じだが、「男」になった珊瑚がそこに居た。
「は、はぁーーーー????!!!!」
「姫、驚きすぎ!ちゃんと服着てるでしょ?」
「ツッコミどころはそこじゃなーーい!!」
珊瑚だけかと思いきや、雪も、茜も、琥珀も、「男」になっていた。
女のときの面影を残しつつ。
「まあ、ダブルの力を持ってても、いろいろとややこしいから、見る機会はあまり無いよね」
そういう琥珀さんは無精ひげが似合うセクシーでダンディなイケメンに変身している。
「俺達は、男でもあり、女でもある。1つの身体に2つの性ではなく、2つの身体に一つの魂と言ったほうが正しい」
男になってもっと論理的になった雪が淡々と喋る。
「女の方の俺達が好きなら女の方を選べばいいし、男の方の俺達が好きなら男の方を選べばいい!どちらもOK!姫の好きにしてくれたらいいよ〜」
茜がさも自信たっぷりに言うが、面食らってしまう。
「…ついて行けてないみたいだけど、男か女の俺達8通りから誰かを選んで、セックスして、魔力を取り戻せってこと」
珊瑚が淡々とした声でとんでもないことを言う。イケメンは恐ろしい。
「ややこしいかもしれないけど、一人が駄目だったら他の人とするのもありだよ?」
「えーやだ!姫が浮気するなんて耐えられない…」
当事者そっちのけで琥珀さんと茜が楽しそうに話している。
「え、本当にやらなきゃだめなの?」
「まあいきなりこんなこと言ってついていけるわけないよな」
「雪…」
「勝つのは俺だけどな!」
常識人だと思っていた雪に裏切られると一番傷つくかもしれない。
「…拒否権は?」
「「「「ない」」」」
ああ神様、これを悪夢と言わずなんて言うのですかあああ?????
続…
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