信頼の対価

 一人の青年が大地を踏みしめ、亡き父から受け継いだ鉄剣を振るう。その一撃で今にもメェピンにトドメを刺そうとしていた怪物を粉々に砕いた。さらに周囲の地面が盛り上がって次々に巨大な拳を形作り、他の怪物達まで破砕する。

 劣勢だったメェピン達の目に再び輝きが戻った。


「ズウラさん!」

「待たせたな! ちょっと西にでかいのが落ちてきたもんで手間取ってた!」


 さらに強く成長したズウラが剣を肩に担ぐ。彼一人が駆けつけただけで戦況は一変した。鉱物を自在に操る能力によって見える範囲の怪物全てが見る間に掃討されていく。生き残った者達は呆然とその光景を見つめるばかり。

「す、すごい……」

「あれが大地の化身ズウラ……」

「でも……」

 一時的には押し返せたかもしれない。彼が怪塵を土に巻き込んでくれたおかげで怪物の再発生もしばらくは抑えられるだろう。

 だとしても希望が見えない。この戦いはいつまで続く? 空にはまだ赤い凶星がいくつも輝いている。最強の英雄グレン・ハイエンドも恋人の昏睡状態が続いていて精神的に不安定。もはや限界に近いと噂されている。

 直後、駄目押しで南の空に巨大な火球が生じた。気付いた者達が悲鳴を上げる。

「欠片だ! 欠片が落ちて来る!」

「近いぞ! また津波が起こる! 高台に逃げろ!」

「大丈夫だ!」

 ズウラが一声呼びかけるなり再び大地が隆起して人々を一気に海抜数百メートルの高さまで持ち上げた。圧倒的な能力の高さをまたしても見せつけられる一同。

 さらに、そんな彼等の頭上を光が駆け抜ける。グレンではない。その輝きは氷の道に陽光が反射したもの。

「津波は私が止める!」

 ズウラの妹スワレが空中に作り出した氷の道を滑って高速で移動して行く。そんな彼女の視線の先で宇宙から落ちて来た凶星の欠片が海面に衝突した。衝撃で大量の海水が空中に巻き上げられる。当然巨大な津波が生じ、第四大陸めがけて押し寄せて来た。

 スワレはそんな津波に向かってギリギリまで近付くと、手の中に生じた冷気の塊を槍状に伸ばし投げつける。

「凍れっ!」

 十分な高度から強烈な加速と共に投げ放たれたそれは波にぶつかった瞬間、その部分から急速に津波を凍結させた。絶対零度の冷気が槍から放出され続け、強制的に運動エネルギーを停止に追い込む。

 ところが、そんな凍り付いた波の柱を砕いて、より大きな脅威が出現した。とてつもなく巨大な怪物。


【脅威度B+ならびにA+の存在を確認。優先目標に設定。攻撃を開始】


 全高数キロメートル――もはや世界有数の高山が動いているのと変わらない。質量だけで圧倒的な暴力。かつてアイムが『特別な怪物』と称したそれらの中でも、おそらくは最大最強の一体。

 あれほど大きな欠片を母星に落としてしまうとは、たしかにグレンも限界が近いのかもしれない。ズウラは冷静に事実を受け止めながら迎撃に移る。

「行け!」

 無人になってしまった第三大陸が彼の手足となって攻撃を開始。超巨大怪物も光線や触手で対抗する。あのユニ・オーリとの戦いを彷彿とさせる人知を超えた規模の戦いが、今再びメェピン達の眼前で繰り広げられる。


 凡人には、もう何もできない。

 なのに彼は言うのだ。


「任せろ、あれの相手はオレがする。お前らはもしまた小型の怪物が現れたら対処してくれ」

 そんな彼の態度を頼もしいと思う反面、苛立つ者達もいた。メェピンもその一人。つい、そんな本音が口をついて出る。

「どうしてだよ!?」

「メェピン?」

「もう、アンタら兄妹以外は限界だ! アンタ達だって本当は疲れてるはずだろ!? 最近ほとんど寝ずに怪物と戦い続けてるじゃないか! 仲間も次々死んでるのに、戦力も食べるものもどんどん減っていってるのに! どうしてそんなに冷静なんだよ!?」

 気に喰わない。この兄妹の澄まし顔が、他の誰よりも強大な力を持っているがゆえの余裕の態度に腹が立つ。

 自分の弱さが情けないからだ。だから八つ当たりしてしまった。まだ悪態が止まらない。

「もう無理なんだよっ! どう頑張ったってアタシらは滅ぶんだ! 神様を怒らせたせいで星ごとすり潰されるんだよ! そう決まっちゃったんだ!」

 悔しい、悔しい、悔しい。自分達が何かしたわけじゃないのに、他人の犯した罪のせいで多くの命が喪われてしまった。生き残った自分達もまだ抗いようのない危機に晒されている。

 どうしてこうなった? なんでこんな目に遭わなくちゃならない?

 神々は理不尽すぎる。そんな奴等を信仰なんかしてやらない。アイムだってそうだ、ニャーンも同じだ。あの二人も結局は裏切った。自分達の期待を裏切った。

 誰も助けてなんかくれない。


「馬鹿言うな」

「!」


 ズウラに頭を撫でられた。青年は優しい眼差しをメェピンに向けて、その目を暴れる巨大な怪物に戻したかと思うと、さらに宇宙に向かって持ち上げる。飛んで来る破片や光線から仲間達を守りつつ一歩も引かずに立ちはだかる。

 何かを、あるいは誰かを信じ切った瞳。その目の輝きを曇らせぬまま言葉を続ける。


「敵が攻撃してきてる。それこそ、あの人達がまだ戦っている証拠じゃないか」

「あっ……」

「アイム様とニャーンさんが失敗したなら、それこそ最初の総攻撃と同じくらいの敵を送り込んで来て一気に殲滅されてるさ。それか神様が直接攻撃しに来るはずだろ。でも、そうなっちゃいない。だから信じろ、信じて生き抜け。生きていれば、きっとあの二人が助けてくれる。どんなに絶望的な状況だってなんとかしてくれる」


 ――そうか、だからズウラ達は戦える。こんな時でさえ絶望せずにいられるのだ。彼等の強さの理由を知って自分を恥じるメェピン。唇を噛んで涙ぐんだ彼女の頭を今度は軽く叩く彼。

 昔、自分もアイムにこうしてもらったなと思い出す。


「泣くな、今回はオレ達がなんとかするからさ。次までにもっと強くなっとけ」

「うん……! うん……っ!」

 本当に次の機会があるかなどわからない。それでもきっと明日は訪れる。そう信じることにした。自分達は未来に辿り着く。滅びたりしない。必ず今日も生き延びる。

 生きて生きて、その時を待とう。宇宙からあの二人が帰って来る瞬間を。


 直後、スワレが戻って来て高台の上に立つ人々に警告した。


「気を付けろ! でかいのが来るぞ!」

「おっと!」

 流石に余裕ぶってはいられない。身構えて備えるズウラ。いくつもの巨大な壁を自分達と敵の間に出現させる。凶星の欠片が怪物化した場合の光線の威力は怪塵が集まって変じた小型怪物のそれとは比べ物にならない。ましてやあのサイズ、彼とて全力で防御に徹しなければ危うい。

 直後に妹の警告通り極太の光線が放たれた。想像以上の熱量が海を二つに裂き、大地の隆起した盾を貫いて瞬時に複数枚を貫通する。

(まずい!)

 予想以上の威力。さらに盾を作り出すズウラ。何枚も何枚も可能な限りの枚数を形成して重ねる。それでも光線は徐々に近付いて来る。怪物も連続して攻撃を行っているからだ。こちらから反撃に出て途切れさせないと防戦一方。しかし隙をなかなか見出せない。飛び出したら狙われる可能性が高いのでスワレも盾の後ろから動けずにいる。

 ズウラの額に汗が浮かんだ。とりあえず地面を動かして仲間達だけ別の場所に移動。敵の狙いは自分かスワレ、距離さえ開けば直撃は避けられる。

「ズウラさん!?」

 驚きながら離れて行くメェピン達。ところが敵は、そんな彼の思考を読んで攻撃の軌道を横へと逸らした。メェピンを移動させた方向に。

「しまっ――」

「このお!」

 寸前でスワレが割り込み、氷の盾を作り出して仲間達を保護。けれどあの盾では数秒と保たない。すぐに蒸発してしまう。ズウラは急いで新たな大地の盾を作り出そうとして、そして、


 いきなり光線が消えた。


「!」

 グレンが助けてくれた? 一瞬そう考えたものの違う。異なる声が空から響く。宇宙から今なお降り注いで来る赤い怪塵を白く塗り替え、優しく温かい声が星全体を包み込む。


【もう、大丈夫です】


 彼の、そして皆の待ち望んでいた言葉が、ついに彼等の耳に届いた。

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