六柱の決断

 庭園とアルトゥールが言ったように、そこには色とりどりの宝石の花が咲き乱れていた。すでに失われてしまったテアドラスの風景を思い出し、郷愁を抱くニャーン。彼女以上にあの地下集落と縁の深かったアイムがどんな気持ちかは背中しか見えない今は推し量れない。

 星海に浮かぶ大きな泡の中に星々のごとく煌めく無数の小さな泡。その間を抜け、やがて二人は二つ並んだ椅子を勧められた。

「座るといい。もちろん立っていたければ、それでも構わない」

「お言葉に甘えるとしよう」

 先にドカッと腰を下ろしたのはアイム。彼がそうするならとまだ六柱の動向を警戒していた少女も右隣の席におそるおそる座る。

 六柱もそれぞれの席についた。位置が決まっているのか、それとも適当に決めただけかはわからない。

 アイムの左隣から、まず丸太のように太い手足の大男。次に彼よりは小柄で目の細い青年。老成した雰囲気を漂わせる少年にも少女にも見える子供。アルトゥール。青い肌の美女。そして最後に二人より後ろを歩いて来た白髪の老人がニャーンの右隣という配置。キュートは白い鳥の姿で背後に控える。

 六柱はキュートの存在を特に気にかけていない。かつて見た母星より巨大なオクノケセラの姿を思い出し、身震いするニャーン。彼等にとっては『怪物』など脅威の内に入らないということではないか?

 全員が着席したところで唯一事前に面識のあったアルトゥールが仲間達の紹介を始めた。

「アイム・ユニティ、君の隣にいるのが盾神テムガモシリ。武力においては我々六柱の中でも随一を誇る武神だ」

「つまり、ワシが暴れ出した時のための見張りか」

「その通りだ。くれぐれも軽挙は慎むように」

「わかっとる。じゃがワシは、必要とあらばいつでも牙を剥くぞ」

「こちらも心得よう。極力そのようなことにならぬよう配慮する」

「おう」

 アイムの神を神とも思わぬ尊大な態度にも特に気を悪くした様子は無い。少なくとも神々は礼節にはあまりうるさくないようだ。もっと厳格な存在を想像していたニャーンにとっては意外な話である。

(あ、でも陽母様もアイムみたいだったし……)

 彼等にとっては亡き仲間を彷彿とさせる姿なのかもしれない。彼は彼女の息子でもあるわけだし、多少の無礼には目を瞑ってくれているだけだったりして。

 自分はそうはいかないなと気を引き締め直すと、次の神が紹介された。

「彼の隣はウーヌラカルボ」

 そんなアルトゥールの言葉を本人が引き継ぐ。細い目をさらに細めて不敵に笑った。

糧神りょうしんウーヌラカルボ。端的に言えば食を司る神だ」

「食? 食べ物ですか?」

「そう、食物連鎖を担う神と思ってもらっても良い。命の芽吹いた星で生態系の調和を保つことが主な使命。趣味として料理人もしている」

「料理だと? 神がか?」

 アイムまで驚くとウーヌラカルボは呵々大笑した。

「ハッハッハッ! オクノケセラは料理なんかしなかったろうな! あいつは自分の使命に関わらないことではとことんズボラで何事も人任せだった」

「……そうじゃった。神も色々か」

 納得してしまうアイム。二人の会話のせいでニャーンの中に構築されていた『陽母様』の理想的な御姿がまた一つ音を立てて崩れた。

 もちろん、だからといって信仰心は失っていないけれど。

 ともかくウーヌラカルボがどんな神かはわかった。二人の表情を見て察したアルトラインはまた次の神を手で示す。例の性別不詳の神。

「彼はアルヴザイン。正確には彼でも彼女でもないが、当人が男性として扱われることを希望しているため、こう呼ばせてもらっている」

言神げんしんアルヴザイン。アルトゥールの言うように男でも女でもなく性別というものを持たぬ。言葉を司る神ゆえ、我に対して秘め事をしたくば無言を貫くことだ」

 つまり黙っていればわからないのかな? そう思った次の瞬間、けれどニャーンは眉をひそめて指摘する。

「あの……もしかして、考えていることもわかります?」

「ふむ、そうだったな、汝には隠せぬか」

 肯定と取れる言葉を返すアルヴザイン。やはり彼も思考を読めるらしい。漠然とした感覚を整理して脳内で言語化した途端、それが伝わってしまう。その事実を隠したのは先の二柱同様、アイムを警戒しているから。

 そこまでニャーンの方も読み返した。彼女の意志ではなくキュートの独断。彼を構成する怪塵も周囲の生物の思考を読み取る。感情などの漠然としたイメージだけなので、精度はアルヴザインの能力ほど高くないが。

 クスクス笑う青肌の女神。

「フェイク・マナを操る力。単純な武力としてはさほど脅威でもないけれど、こうして別の使い道を示されるとやはり興味深いわね。ほらアルヴ、情報というものは大事でしょう?」

 彼女はアルヴザインの失敗を心の底から楽しんでいる。両者はあまり馬が合わないようだと互いに向けられた感情によって察した。

(みんな仲が良いわけじゃないんだ……)

 自分は溶け込めるのかな? ニャーンの抱える不安がまた一つ増えてしまった。

 構わずバトンを次へ渡すアルヴザイン。

「アルトゥール、そなたの番だ」

「ああ」

 表向きは無表情のまま、けれど内心では不機嫌。そんな彼に促され、アルトゥールは自分の胸に手を当てる。

「すでに一度紹介を済ませた身だが、改めて名乗ろう。私は眼神アルトゥール、界球器全体の監視と秩序の維持を使命としている」

「そしてケセラの親友だった、でしょ」

「ネスラ」

 余計なことは言わなくていいと睨むアルトゥール。

 でも、もう遅い。ニャーン達は知ってしまった。

「陽母様……オクノケセラ様の、ご友人……だったのですか……?」

「ああ」

 姉妹と呼んだ件の意趣返しをされてしまった。もう隠す意味は無いと悟り、仕方なく認めるアルトゥール。

 彼女との初接触を思い出したアイムが手を打つ。

「たしかに言っとったな」

 ニャーンも思い出す。我が友とオクノケセラを指して呼んでいた。てっきり古い仲間に対しての社交辞令と思っていたけれど、そのまま親友であることを意味していたとは。

 二人が弔辞など述べる前に先んじて制するアルトゥール。

「気にするな、彼女は最後まで自分の使命に殉じた。そのために自らの意志で選んだのだ。彼女の死に責任を負う者がいるとしても、それは彼女以外にはいない」

 親友の死について誰かを責めることはしない。はっきりそう言い切られ、だからといって簡単に心が軽くなるわけもなく、ニャーンとアイムも六柱側も黙り込んでしまう。

 すると意図せず作り出してしまった沈黙をアルトゥール自身が破った。

「続けよう。さっきから時折軽口を挟んで来る彼女がケナセネスラ。さっきも言ったがケセラとは双子の姉妹のような関係にある神で知識の収集を使命としている」

「ふふっ、この宇宙の中の出来事であれば、およそ妾の知らないことは無いわよ? 情報を他者に開示するにあたっては独自のルールに基づいて可否を判断させてもらうので、なんでも教えてあげられるとは限らないけどね」

 その言葉に食い付くニャーン。見るからに食い意地の張った顔で訊ねる。

「おいしいタワパフの作り方も知ってます?」

「おい、なんで今タワパフなんじゃ?」

 呆れ果てるアイム。タワパフとは第三大陸でよく食べられるパンの一種。基本的に固く単品では味気ないが、表面に青い果実で作ったジャムを塗って食べると美味い。

 ニャーンは恥ずかし気に手で腹を押さえた。

「なんだか急に食べたくなって……」

 そもそも半年間何も食べていないのだから不自然ではないはずだ。感覚的には数時間なのでほどよく腹が減っている。

 そんな彼女を、ウーヌラカルボが気に入った。

「いいね、この場で空腹を訴えるとは意外と胆力がある」

「まったくよ」

 ケナスネスラも口許を隠し、またクスクスと忍び笑い。

「この青い肌を見て連想したならちょっぴり不敬だけれど、まあ同じ神のよしみで許してあげるわ。質問も、その程度であればいくらでも訊いていいのよ子猫ちゃん。秘密にする意味が無い」

「あ、じゃあ後で教えてください。私、第三大陸のごはんではあれが一番好きで」

「ゴホンッ」

「!」

 わざとらしい咳払いを聞いて硬直するニャーン。最後の一柱がすぐ隣でため息をつく。

「そろそろ、名乗ってもいいかね?」

「す、すみません……」

「いつもいつも簡単に脱線するんじゃない」

 アイムにもぽかっと頭を小突かれた。少し浮かせた腰を再び落ち着かせたところで、ついにその最後の一柱が口を開く。

「儂は鍛神ストナタラス。物作りや壊れた物の修復を担う鍛冶の神。創造主が遺した様々な遺産の管理も任されておる」

 見た目はこの中で最年長、白髪の老人である。老人とは言っても手足はウーヌラカルボに負けず劣らず逞しく、肌も艶のある赤銅色。豊かなヒゲに埋もれた口は喋っている間以外、常に真一文字に引き結ばれている。

「遺産?」

 聞き咎めたのはアイム。何故だろう、何かが引っかかった。

(創造主の……そうだ、たしか黄金時計の塔も)

 育て親から聞いた覚えがある。あれはこの世界の創造主が遺したものだと。

 そんな彼の記憶をストナタラスの説明が裏付けてくれた。

「君達が『黄金時計の塔』と呼ぶあれもそのうちの一つ。この庭園しかり、創造主の遺産は宇宙の各地に点在しておる」

 その言葉を聞き、アイムはまたしても記憶を刺激された。

「待てよ爺さん……そういえばアンタ、見たことがあるぞ。そうだ、ワシが生まれたばかりの頃に会っている。ケナセネスラと話していた」

「ほう、あんなに幼かった頃の記憶があるとは流石星獣と言うべきかな。いかにも、君と会うのはこれで二度目だ」


 ――すんなり認め、彼は話してくれた。あの時、オクノケセラが住まう『黄金時計の塔』の補修のためアイム達の星のすぐ近くまで訪れていたのだと。幼かったアイムとはその時に僅かな間だけ顔を合わせている。


「そしてこう思った、惜しいとな」

「惜しい? 何がじゃ?」

「君という『作品』の完成を見られぬことがだよ。どうせ免疫システムの次の攻撃で消え去る運命だと思ったからな。ゆえにアルトゥールと話し合って猶予を与えたのだ、千年もあれば完成に到るかもしれぬと」

「えっ、じゃあ二度目の攻撃までに千年かかったのは……」

「アンタのおかげか」

「まあ、そうなるな。それにユニ・オーリは紛れもなく宇宙全体を脅かす悪だったが、奴の思惑によって生まれた君はあの時点ではどちらにも成り得る子供だった。結果がわからぬうちに手を下すことは儂の信条に反する」

 物作りを司る彼は、だからこそ危険性を認識しつつもアイムの生存を容認した。オクノケセラを訪ねたのがもし他の神であったならば、おそらくあの時点でアイムは処分されている。

「儂は今も期待しておる。ユニ・オーリは今の君を『完成品』と見なしたそうだが、それは単に奴の求める水準に達したという話に過ぎない。奴の付けた『限りなき獣』という名は言い得て妙だぞ、君の秘めたる可能性に限界は無いのだ。ゆえに完成に到ることもない。だからこそ儂はこちら側に座っている。もっと先を見たいのでな」

「……」

 その言葉によってアイムは何かを確信した。ニャーンも、その点だけは気配で察する。

 けれど彼女にはまだわからない。アイムは何を知ったのだろう? ストナタラスの言ってることもいくつか理解できなかった。座る位置がそんなに重要?

「あの……アイム、どういうことですか?」

「そこの爺さんはユニと同じようにワシが成長するのを楽しみにしてたっちゅうことじゃ。おかげで母星は千年間攻撃されずに済んでいたらしい」

「それは、なんとなくわかったんですけど……」

 何かがニャーンの中で引っかかっている。眉をひそめる彼女を見て、それからアイムは視線だけ動かしストナタラスとケナセネスラ、そしてアルトゥールを順に示した。

「こっち側がワシを生かす方針」

「え?」

「で、逆に座っとるこっちの連中はワシを殺したいらしい。三対三だ」

「ああっ!」

 やっと気が付き、立ち上がるニャーン。神々は適当に座ったわけではなかった。アイムの処分に関して意見が二分しており、彼女とアイムから見た左右に分かれて腰かけている。

 再びアルヴザインが口を開く。

「そういうことだ新参者。汝らが眠りながら星の海を渡っている間、我等はずっとその獣の処分について話し合っていた。そして、つい先ごろようやく一つの結論に達した」


 ――このままでは議論はどこまでいっても平行線を辿る。さりとて宇宙の脅威となりうる存在をいつまでも放置しておくわけにはいかない。

 ならば彼女に託そう。どのみち生かしておく場合にはその手に手綱を託すのだから。

 それが彼等の到った結論。選択肢はアイムに最も近しい存在に選ばせる。

 答えはアルトゥールの口から告げられた。


「ニャーン・アクラタカ、我が友の後継者よ。ケセラが救った命の行く末は君に託す。宇宙の安寧のために今ここで彼を殺すか、自らが大きな苦難に挑むことになっても彼を救うのか、どちらかを選んで欲しい」

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