討議

 ――時は遡り、母星を発ったアイムとニャーンが宇宙の中心に向かって航行を続けていた頃、彼等の目指す場所では久方ぶりに守界七柱しゅかいななちゅうのうち六柱が顔を合わせていた。

 全方向に星海を見渡すことのできる庭園。ガラスのような透明な足場と、その表面を彩る様々な色の宝石の花。虚空を漂う無数の泡は光を反射し虹色に煌めく。生命は彼等六柱以外の何者も存在しない。そこに六つの椅子を円形に並べて腰を下ろす。

 長い黒髪に黒曜石のように煌めく無数の星を宿した瞳。彫像と見紛うほど整った顔立ちの怜悧な女神アルトゥールは、けれども流石に深い悲しみを双眸に湛えつつ仲間達に告げた。


「皆、よく集まってくれた。もう知っていると思うが、オクノケセラは死んだ」


 彼女達の仲間、守界七柱が一柱の嵐神らんしんオクノケセラが自らの意志で死を選んだ。アイム達の星を救うため神々に課されたルールを破って消滅したのだ。

 もっとも、神にとっての死とは一時的な別れでしかない。彼女達は己の守る世界が存在し続けている限り、いつか必ず蘇る。いわば懲役刑のようなもの。やがて再会の時は巡って来る。

 だから彼等は仲間を弔ったりはしない。死者が神であるなら永遠の別れを嘆く儀式は不要。その代わり彼女の遺した問題に真剣に向き合わねばならない。そうすることが身命を賭して己の使命に殉じた同胞への礼儀である。

「彼女の力は今、ニャーン・アクラタカに宿っている」


 死の間際、オクノケセラは自身に与えられた力を一人の少女に託した。彼女であれば自分の後継として相応しいと判断したからだ。

 ただし、試練を与える神としての役目まで譲ったわけではない。それは結局オクノケセラが復活したなら再び務めることになるのだ。守界七柱にはそれぞれ定められた使命があり、他が一時的に代行することはできても、永久にその職分を譲り渡すことは許されていない。


「新たな役割を決めねばならん。そういうことだな?」

 逞しい腕を組んだまま斜に構えて問いかけたのは盾神じゅんしんテムガモシリ。主に界球器かいきゅうきの外からの脅威に対する防衛を担う神。太い灰色の眉の下の赤褐色の瞳でアルトゥールを見据える。

 守界七柱にはその権限も与えられている。必要に応じて新たな神を生み出してもいい。自らの力の一部を何の役割も持たない純化した力に変換して他者に譲り渡す。それを行うことで受け取った側は『神の卵』となる。

 天士てんし、もしくは神子みこと呼ばれる眷属を生み出すシステムに似ているが、彼等が契約した神の意志に従わねばならないのと異なり、神の卵はそうなった時点から同列の存在として扱われ、より上位の『創世の三柱』以外の命令に従う必要は無い。

 つまり、あの少女はその気があれば彼等六柱と戦争を起こすこともできる。免疫システムを強奪することも可能な力や『破壊』の力に目覚めていることを考えても放置していい存在ではない。

「仲間として受け入れるつもりね?」

「そうだ」

 青い肌と紫色の髪の妖艶な美女ケナセネスラの言葉に頷くアルトゥール。彼女の予知はそれこそ最善の未来に繋がる選択だと言っている。

 あらゆる知識の蒐集を役割とする知神ちしんケナセネスラは微笑んだ。

「賛成するわ。あの少女は少なくとも悪しき者ではない。ただし、まだ幼く未熟に過ぎる。導きは必要でしょう」

 彼女に続いて他の神々も同意する。不安要素こそあるがニャーン・アクラタカを新たな守界七柱の一員として迎えることに異存は無い。彼女のために試練を課す必要があるという方針も全員意見が一致した。

 そこでアルトゥールは一旦議題を変える。

「彼女の役割と試練の内容についてはこれから詰めていこう。まだ到着までに時間はある、さほど急ぐ必要は無い。先にもう一つの問題について話し合いたい」

「アイム・ユニティか」

「待って、ユニ・オーリはどうするの? あれもまだ生きてるわよ」

「奴はもう心配いらない」

 神を超える力を手に入れようとアイム・ユニティの能力を取り込み、全ての並行世界の同位体と接続したことが仇となった。この界球器を蝕んでいた『ユニ・オーリ』という猛毒はすでに完全にその毒気を中和されている。あの男が脅威となることは二度と無い。

「未来を見通せるアルが言うなら信じよう。つまり残る脅威はアイム・ユニティだけ、ということだね?」

 テムガモシリほどではないが十分に筋骨隆々な目の細い赤毛の青年が笑う。生命の維持に不可欠な糧を司る神ウーヌラカルボ。

 彼は自分の前に置いた大きな鍋をおたまで混ぜつつ言葉を続ける。料理好きが過ぎてこんな時でさえ食事の支度を忘れない。

「あれはたしかに危険だ。放置しておけば宇宙そのものを食い尽くすだろう」

「ユニ・オーリが生み出してしまった最大の負の遺産だな」

「だから、彼も死んではいないって」

 アゴヒゲを撫でる老人、鍛神たんしんストナタラスの言葉を訂正するケナセネスラ。どうでもいいと彼女の左隣に座る銀髪碧眼の美少年が手を振った。

「話を逸らすなケナセ。アルトゥールの言う通り、喫緊の問題は『限りなき獣』の処分だ」

「は~い」

 守界七柱の間に序列は無い。しかし、この少年は他の誰よりも創造主に似ている。そのため彼等のまとめ役のような立場になっていた。

 彼は言葉を司る神アルヴザイン。万物の母ウィンゲイトを模して創られた美貌に厳めしい表情を浮かべつつ提案する。

「今まで通り、危険因子は可能な限り取り除いておこう」

「同意する」

「同じく」

 ストナタラスを除く男神三人が意見を一致させた。アイム・ユニティを完全にこの世界から排除すべきと。

 一方、ストナタラスは複雑な表情で頭を振る。

「早計過ぎる。あれはまだ未完成ぞ」

 彼は物作りを司る鍛冶の神。アイム・ユニティというまだまだ伸び代のある若者の未来に興味が尽きない。

「完成してからでは遅い」

 とはテムガモシリの意見。ウーヌラカルボが追従する。

「そうそう、よりにもよって『ゲルニカ』の因子を組み込まれた獣だ。これ以上成長されたら手に負えなくなるに違いない。その前に処分しよう」

「心配いらないと思うけど」

 断固とした対応を望む三者に対し、やはり反対するケナセネスラ。彼女はこの宇宙の全ての情報をリアルタイムで蒐集している。だからこう思う。

「彼もそんなに危険ではないわ。手綱さえしっかり握れば大丈夫」

「だとして、誰がその役割を担う?」

「ふむ、つまりそういうことか」

「ああ」

 ストナタラスの言葉に頷くアルトゥール。再び彼女に注目が集まる。

「それをニャーン・アクラタカの使命にすべきと考えている」

 限りなき獣。このまま成長を続ければ無敵の存在にもなれるであろう彼の暴走を抑制できるのであれば、これほど心強い味方はいない。

「つまりアルも処分には反対と」

「ちょうど三対三に分かれたな」

 別に多数決によって結論を出すつもりは無いが、これでは長引きそうだと危惧する六柱。あまり長々と議論していられるほど暇ではないし、もたもたしていたら問題の二人が先にこの場に着いてしまう。

 ならばとアルヴザインが再び提案する。どうせアルトゥールは彼がこう言うことを予測してそうなるよう仕向けたのだろうなと疑いつつ。

「ニャーン・アクラタカに決めさせれば良い。手綱を握るに相応しいかも同時に試せる」

「なるほど、なら僕らは彼女にどんな試練を貸すかだけ話し合えばいいわけだ」

「名案だわ」

 この提案はあっさり通った。やはり誘導されていたらしい。

 そして彼等は話し合い、方針を決めて時を待った。

 やがて――


「こ、ここが……神様達のいる場所?」

【ええ、すでにお待ちのはずです】

「シャンとせい! 今はお主も神じゃろうが!」

「だ、だからまだ実感が……」


 運命の子らは審判の場に辿り着いた。この宇宙の存亡を左右する立場にある彼と彼女にいかなる裁定が下されるかは、まだ確定していない。

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