本当の彼
ユニはマリアが創り出した数多の特異構造世界、通称『実験場』の一つで生まれた。
マリアは守界七柱より遥かに高位の存在。至高の領域に在る女神。だが、それでも彼女には敵がいたのだ。彼女と同格の神が六柱。ちょうどオクノケセラとアルトゥール達の関係と同じ一対六に分かれて対立していた。
彼女の目的はとても崇高なものだ。あらゆる全ての世界を巻き込んで『自殺』しようとする他の六柱を止めること。そう、至高の神々の中で彼女だけがあらゆる生命の味方。何もかもに愛を注ぎ、守ろうとしてくれる存在だった。
愛されるのは当然。彼女は誰よりも皆を愛していたのだから。
ユニもその愛情を間近で受けて育った。幸運にも彼は、彼の世界にまだ彼女がいた頃に生まれた世代。直接言葉を交わし、触れ合い、常に心を愛情で満たされて育った。
だから絶望した、その愛する主との別れに。
「また、会いたかったんですね……」
ニャーンは数多いるユニの中から正確に彼女の世界の彼を見つけた。その問いかけにユニは母を前にした幼子のように素直に頷く。
「うん……」
アイムに殴られた後、他の同位体達も動きを止めている。状況を黙って見守るために。
そうだ、認める。彼女に会いたかった。自らが生み出した者達の成長と、それによる『実験』の結果を見届けて去ってしまった神に。他の六柱の計画を止めるため再び過酷な戦場へ赴いた大切な女性に。
本当は引き留めたかった。けれど彼女の言う通り、彼は半端に賢しかった。自分ごときが言葉を尽くしたところで引き留められないことを理解してしまった。
だから笑って見送り、笑いながら狂った。
「ナデシコは……君の祖先とも言える人は、あの方の次に美しかったよ」
だから接近した。ナデシコと結ばれれば、マリアが去って以来どうしても拭えなかった心の乾きを癒せるかもと思ったのだ。
でも結局、他の者では無理だと悟った。自分はマリア以外の相手では満足できない。最も美しく優しい女性を知っていたせいで他の誰を見ても劣っているように感じてしまう。
もう一度マリアに会いたい。その一念が彼をつき動かした。
「つまり貴様の言っていた『完成品』とは、その女神に会うための何かか?」
「そうだよアイム。あの方は他の六柱に勝つための『力』を欲していた。僕がそれになれば、僕のところに帰って来てくれる。そう思ったんだ」
けれど知っていた。
故郷の人々を散々苦しめ、逃げ出してきた後に知った。
彼がそうなる前に、目指していたそれがもう誕生してしまっていたことを。
「僕は君に……君の原型である『ゲルニカ』には、ついになれなかった……」
神殺しの剣。マリアの目指したもの。至高の神同士の争いを終わらせ全ての生命を守り抜く究極の兵器。
それは一足先に完成に到り、そしてマリアが願った通り戦争を終わらせた。
マリア自身の命を引き換えにして。
グレンが眉をひそめる。
「死んでいるのか? その女神は……」
「ああ、ゲルニカを完成させるための最後の一手が自分を彼に殺させることだった。だからあの方は身を捧げたんだ、僕らを守るべく犠牲になった」
そしてユニの夢も潰えた。
ズウラが噛みつく。
「ふざけるな! だったら今までのことはなんだよ!? もう無理だってわかってるなら、どうしてオレ達の世界まで滅茶苦茶にした!」
「無理じゃない!」
青年の強い言葉に、彼も語気を荒くして言い返す。
そう、無理ではない。気付いたのだ、神は不滅だと。死したとしても、いつか必ずどこかで蘇る。マリアがしたことは問題の先送り。何千年、何万年の時の果てに復活を果たし、彼女達はまた戦争を始める。
だって彼女達は人間だったから。元は人でありながら神になった存在だから。
どうしたって争いをやめられない。それが人の逃れられない宿命。
「終わっていない! 全ての破滅を望む六柱は復活し、あの方も絶対に戻って来る! だから僕は猶予を得たと考えた! その間に第二の『完成品』になろうと! そしたら、あの方は僕がいると気付いて迎えに来てくれる! 今度こそ離れずに僕の傍にいてくれる!」
だから諦めない。絶対に諦め切れない。
あの人の、恋焦がれた女性の笑顔をまた間近で見たい。
そのためには――
「君の力が必要なんだ! ニャーン・アクラタカ!!」
「!」
アイム達全員を突然現れた枷が拘束する。今の彼等なら一瞬で破壊して自由を取り戻すだろうが、それでも時間は稼げる。その一瞬があれば十分。
ユニは神眼の力を使ってニャーンの目の前へ転移した。一か八かの賭け、この彼女の魂と自身を融合させ主導権を奪う。
無論、尋常ならざる精神力の持ち主が相手では勝ち目の薄い賭けだとわかっている。だとしても諦められない。もう、これしか彼には勝機が無い。
「ニャーンさん!」
ズウラの悲鳴が響き渡った。すでに彼もアイムもグレンも自由を取り戻している。
けれど予想外の光景に足を止めた。
「えっ?」
ユニですら意表を突かれてしまう。彼は右手をニャーンの胸に突き刺した。彼女の魂の中心から侵食して自分と彼女の境界線を崩壊させるために。
ところが彼女は、この状況で自ら前に出た。そのせいで右手は完全に突き抜け、背中から外へと飛び出している。おかげで目論見は不発に終わった。
ニャーンはそのまま自分を攻撃した彼を抱きしめる。両腕を背中に回し、労わるように。だからズウラやアイムは顔を青ざめさせつつも攻撃を躊躇う。
口から血を吐く彼女。精神世界とはいえ、それは心に深い傷を負った証。なのにそれでも絶対に手を放そうとしない。
微笑み、静かに語りかける。
「私では、代わりになんて……ならないかも、しれません……」
誰にだって他の誰にも代えがたい存在がいる。彼女にとってそれはプラスタだった。
本当に大好きで大切で、だから今も彼女の記憶を基にした仮想人格を作り出して自分の心の中に留め、支えてもらっている。
そんな大切な存在を失う辛さは、失った者にしかわからない。別の人では、けしてこの心の穴を埋められないことも知っている。
だとしても寄り添いたい。辛い気持ちの人から目を逸らして、距離を置いて、そのままどこかに行ってしまう人間になりたくない。あの時アイムがずっと傍にいてくれたように、自分も悲しむ人を支えられる存在になりたい。
これから神様になるのなら、そういう神であるべきだと思う。
「でも、いますから。一緒に、いますから……だから、もう……泣かないで……」
「……」
ああ、本当だ。泣いている。頬を伝う感触でユニはようやく自覚した。自分も結局そういう弱い生い物だったのだと。他の人間となんら変わりはしないのだと。
そしてようやく、その一言が口をついて出る。
ずっと仕舞い込んでいた本心が。
「……すま、ない……」
直後、無数のユニ達も俯き、次々に消えていった。アイムの能力で全ての同位体が繋がっていたからだ。数多くの彼がいて、それだけ多くの可能性がある。ゆえに、たった一人でも自らの過ちを認めてしまえば、それが別の自分にも伝播する。罪の意識を覚えた時点で全ての自分にそれが拡散する。
だからだ、今の謝罪はこの世界のユニだけではなく彼等の総意。ユニ・オーリはもう全ての並行世界でニャーン・アクラタカを攻撃できない。彼女を狙うことも無い。
思考を読み取る怪塵の機能が伝えてくれる。彼女は怒りも憎しみも忘れていない。彼女の中にも、その黒く濁った感情は存在している。
なのに、それらを乗り越えて許してくれたのだ。ユニの本当の心に触れたことで、彼にも支えが必要だと理解した。そのために自らを危険に晒してまで抱きしめてみせた。
異常だ。こんなものは一種の強迫観念であり心の病。彼女は罪を許さなければならないと思っていて、優しくすることで自身の心の安寧を得ている。つまりはそういう異常者なのだ。
でも、それでいい。そんな人間だからこそ救われる者もいる。マリア・ウィンゲイトだって精神疾患を抱えていたのかもしれない。だからこそ強かったのかもしれない。それなら異常であることは何も悪くない。彼はその異常性に惹かれたのだから。
勝てない。どうやったって彼女には勝てるはずがない。彼等は認めたのだ、この少女への想いを。芽生えた慈しむ気持ちを。
彼女とてマリアの代わりにはなれない。だとしても今は同じくらい大切にしたいと思う。あの人に似ていて、けれど同じではない、生まれたばかりの新たな神を。
ずっと抱えて来た乾きが癒え、満たされるのを感じる。嘘を終わらせ、苦しみから救ってくれた少女が愛おしくてたまらない。
二度と傷付けるものか、それだけは絶対にしないと誓う。
これからは彼女のために生きよう。そして償い続けるのだ、今までの罪を。注がれた愛に報いるべく。
彼は、これからすべきことを定めた。
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