繋ぐ者
「お願い、鉱山を! 鉱山を破壊して!」
「アハハハハハハハハハハハハハハ! それだけかい? それしかできないのかい! 千年近くも復讐のために生き延びて、それを叫ぶだけかい!」
高笑いを上げて嘲るユニ。けれど次の瞬間、その頬に拳がめり込み、めり込んだところから光が全身に広がって消滅させた。下から見上げていた女は歓喜の涙を流す。
「ああ……っ! ああっ……!」
数百年ぶりに見る雄姿、そしてユニ達の一体が消滅する様を見られただけで彼女は十分報われた。絶望と憎悪の感情が薄れ、代わりに感謝の念が湧き上がって来る。
「ありがとう……どうか、勝って……」
「ああ、こっちこそ礼を言う。アンタのおかげで目が覚めた」
生命を維持していた薬液から出たせいだろう。異形と化した女はその一言を最後に完全に命尽き沈黙する。
ユニが完全消滅する様を見られなかったことは無念に違いない。でも心配はいらない、アイムは誓う。千年前に助けられなかった女に今度こそはと約束する。
「ワシが倒す。奴は、絶対にワシのこの手で消し去ってやる」
「アイム!」
「い、生きてた……やった、アイム様が生きてた!」
巨狼の姿が消えて少年のアイムに戻ったかと思うと、目にも留まらぬ早業でユニを殴り飛ばしていた。彼の復活に喜ぶニャーンとズウラ。でも、どうしてと疑問も抱く。
今のアイムからはさっきのような圧倒的な力は感じない。普段の彼と同じ。なのに、あんなにもあっさりユニの一人を倒した。死んだと思って油断していたからでもあるのだろうが、だとしても何かがおかしい。
アイムの何かが変わった。二人は直感的にそう悟る。
そんな二人に彼は頼んだ。彼女の願いを果たしてもらいたい。
「お主等、鉱山を破壊して来てくれ。ニャーンが足に、ズウラが手になれば可能じゃろ」
「あ……」
「そうか……はい、いけます!」
移動をニャーンに任せて攻撃はズウラが行う。鉱物を操る彼の力は鉱山の破壊に最適だ。それであの女の願いは果たせる。
「任せたぞ」
「はい!」
さっきまでの状況ならアイム一人をここに残していくことは躊躇っただろう。でも今の彼は信じられる。奇妙なまでの説得力がある。
ニャーンはすぐに怪塵の球体を操作して中に取り込んだズウラや第七大陸の住人達ごと鉱山の方へ飛んで行った。
見送りつつアイムは訊ねる。
「止めんでええのか?」
「面白いじゃないか。彼女達が僕の仕掛けを破壊し尽くして無力化するのが先か、それとも僕が君を殺すのが先か。ゲームとして楽しもう」
そうだ、コイツはそういう男だった。他人の生き死にも自分のそれも全て遊びでしかない。
「クズが」
いったいどこの世界で生まれたのか知らないが、生みの親に会えたら言ってやろう。このクズを生み出したのが、お前の最大の失敗だと。
「言っておくが、彼女達が鉱山を潰すまで僕の有利は揺らがないよ」
ユニ・オーリがまた次々に姿を現す。そしてまた最初と同じ四十九人になった。これが限界値と言っていた本人の弁が真実なら倒した分まで復活してしまっている。
「その仕掛けとやらで複製も即座に補充できるわけか」
「そういうことさ、では始めよう!」
複数の方向から襲いかかるユニ達。ところがアイムは無数の触手に突き刺されながらも気にせず前に出てまず一体を屠った。刺さった触手を引き千切りながら振り返り、もう一人を撃破。さらにその体を蹴り飛ばして別の一人に当て、まとまったところに掌を突き出す。
「ハッ!」
重牙によって肉体の一部を変身させることなく巨狼の咆哮と同じ超振動波を放ち、二人まとめて粉砕する。しかも砕かれたユニ達の細胞はさっきと同じように内側から膨れ上がった光で完全消滅させられた。今までのアイムには無かった力を確認し、観察のため足を止めるユニ達。
「君、まさか……」
「どうした? かかってこんのか?」
無造作に触手を引き抜くアイム。すると傷口が一瞬で塞がってしまった。
あまりにも再生が速すぎる。治癒という感じではない。一瞬で傷が消えて無くなったかのように見えた。そこだけ新しい肉体に置き換わったかのように。
「やはり……やはりそうだ! 到達したんだねアイム! ついに君は、そこに辿り着いた!」
確信に到り、またしても喜びで満たされるユニ。本当になんという日だろう、彼の長年の宿願がようやく叶った。
「待っていたよ、君がその領域に到ってくれるのを」
だから彼はこの千年、何度も負かしておきながらアイムだけは捕えず、自由に行動させ続けた。
「貴様の狙いなんぞ知らん。じゃが、これがそうだと言うなら認めよう。ワシは今ようやく本当の自分になれた気分じゃ」
膨大な量の生命エネルギーなど要らない。力は別の『自分』達が貸してくれる。
アイムの本当の能力、ユニが彼という星獣を生み出して目指したものは並行世界の同位体と接続する力だ。つまり選択によって分岐した異なる歴史を歩む世界の『もう一人の自分』とここにいる自分とを繋ぎ、両者の力を合一させる。自己を複製したユニとは似て非なる能力。
もしかしたらオクノケセラは、この潜在能力に気が付いていたのかもしれない。だから、いつか開花することを見越してこの名を与えてくれた。
アイム・ユニティ、意味は『繋ぐ者』――歴史を過去から未来へ繋ぎ、象徴として人々の団結を促し、そして並行する世界の己とも繋がって力を合わせる。彼はそれを可能とする唯一の存在。
選択によって無限に分岐していく世界、その全ての可能性を集積する星獣。
ゆえに限りなき獣。
「ハハッ!」
再び動き出すユニ達。宣言通りニャーン達が彼を弱体化させる前にアイムを仕留める。そうしなければ敗北するだろう。そう確信できた。ヒリつく危機感にもまた快感を覚える。
「ここからは本気だ!」
そう言った途端、彼等の鉛色の瞳が怪しく紫色の光を放った。何事かと思ったら触手による攻撃が今までより格段に鋭く正確な軌道で襲いかかって来る。
「!」
何か不気味なものを感じて避けようとしたが避けられない。完璧にこちらの未来位置を予測した偏差攻撃。魔力障壁も突破され、鋭い先端が全てアイムに突き刺さり身動きを封じた。そこへ肉薄する数人のユニ。
「この場で解剖だ!」
「調べ尽くして殺すとしよう!」
違う! 間近で見たことで直感するアイム。不気味さを感じたのは触手による攻撃ではなくこの紫色に光る眼。何もかも見透かすような眼光。
――事実ユニには全て見えている。アイムの筋肉の動きから感情、思考、数秒先の彼の未来まで何もかもが。
彼のその眼はかつて別の世界で奪い取って来たもの。この宇宙の免疫システムの管理を任されている眼神アルトゥールと同系統の力を持つ神の瞳。奪って移植して、長い時間をかけ完全に自身の肉体に同化させた。だから複製にも同じ力が受け継がれている。
もちろん完全にオリジナルと同じ力とは言えない。多少は劣化している。それでも近い未来なら完璧な精度で予測できるし世界の裏側だってリアルタイムで見通すことができる。この大陸にいながら他の大陸の出来事やズウラ達の情報を知っていたのはそのため。彼はずっと目星を付けた能力者達を監視していた。彼等の力を己がものとすべく。
アイムもそう、ターゲットの一つ。あらゆる情報を取得し解析できるこの眼があれば、もう長い時間をかけて慣らす必要など無い。短期間で完全に他者の力を我が物とできる。
「君の力を手に入れ、僕も『限りなき獣』となる! そうすれば、また一歩『完成品』に近付けるはずだ!」
「それが貴様の目的か!」
やはり全く回避できない。それでも、滅多刺しにされながらも構わず反撃を始めるアイム。避けられないなら避けられないなりの戦い方をするまで。
『うっとうしいわ!』
「ふふ、やはりそう来るか!」
本来の巨狼の姿となるアイム。未来を予知していたユニ達は一瞬早く離脱して距離を取っている。変身時の爆風が通り過ぎた後も迂闊に近付こうとはしない。さらに数秒先の未来を読み、笑いながらも冷や汗を流す。
「おや、これは参ったな。回避できる未来が無い」
『当り前じゃ』
そのために変身したのだから。
リュウライギによる強化と同位体との接続には似た部分もある。アイムはリュウライギによって誕生時に取り込んだ他の生物の可能性を引き出すことができた。同位体との接続も同じ、この力は単なる身体能力の強化に留まらない。
『ガアッ!』
吠えて超振動波を放つ。ただし口からではなく全身から。別の世界の無数の彼の中には、こんな芸当を身に着けた『アイム・ユニティ』もいるのだ。
ユニ達は魔力障壁で超振動波を防ぐ。防ぎつつ触手を硬化させ、超振動波に耐えられる槍に変化させてから解き放つ。
アイムはそれら全てをマトモに受けて、けれど弾いた。こちらも獣毛を硬化させ、より強固な鎧へと変えたのだ。やはり異世界の自分から借りた力。
「素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい! 君は正に可能性の塊だ!」
『必要な可能性は二つだけじゃ。貴様を殺してあいつらを守る! それだけでいい!』
アイムは口から火球を吐いた。ユニは同等の水球を作り出して迎撃する。爆発が起こり、蒸気が視界を塞ぐ。
全く問題無い。ユニは眼神の瞳で見通しているし、アイムも強化された五感を駆使して全ての敵の位置を把握し続けている。
両者は再び激突し、その余波によって頭上の雲と足下の大地が同時に割れた。
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