代理告白

 さらに数日が経ち、ニャーンは立って歩けるまでに回復した。せっかくだからとスワレに誘われ、久しぶりに外へ出て散歩を始める。外と言っても、このテアドラス自体が地下ではあるが。

 しかし目の前に広がっている景色は地の底とは思えないほど色鮮やかで美しい。

「わあ、綺麗ですね」

「よかったです、お見せできて。前回はまだ時期じゃありませんでしたから」

 頬を上気させてニャーンが見つめるのは、テアドラスの半分ほどの面積を占める花畑。朱と黄色、溶岩を写し取ったような二色がまだら模様を描く六枚の花弁を持ち、葉と茎は長い。それが等間隔に並んで咲き誇っている。

 シイビッタスという花だそうだ。美しいが観賞用でなく食用。地下集落の特殊な環境下でも育つ貴重な植物で年二回収穫可能。ただし開花直後には毒があり、一週間経過して花弁の色が黄一色になってから食べる。

「葉以外の部分を乾燥させて保存食にします。干したものに水気を吸わせてから料理するか石臼で粉にした後、乳酒を加えて練って発酵させて焼くのが基本ですね」

 ようするにパンである。穀物でなく花を使ったパンなど他では聞いたこともないが。

「他にもいくつか調理法がありますが、贅沢なので年二回の収穫時だけの楽しみです」

「食べちゃうんですね……」

 こんなに綺麗なのにと残念がるとスワレの方は苦笑した。

「ここでは貴重な食糧なので」

「あっ、そうですよね。すみません」

「いえ、私も時々もったいないと思いますよ。見て楽しむ分にも良い花ですから」

「ほんとに綺麗です。見られて良かった」

 シイビッタスの花弁の赤は親友の姿も連想させる。ニャーンはそこで一旦押し黙り、静かに花を見つめ続けた。スワレはそんな彼女を促して共に平らな石に腰かける。

 さっきまで寝ていたニャーンには、今が昼なのか夜なのかわからない。溶岩の放つ光がドラス石の結晶を通じて届くこの場所では夜になっても闇に包まれはしないからだ。常に明るく気温も一定に保たれていて温暖。スワレ達の努力、そして初の訪問時にニャーン自身が起こした奇跡ありきの話ではあるが、今や地上のどこよりも安全で平和。

 ここにいると故郷を襲った惨劇が夢だったのではないかと思えることがある。だからニャーンはぽつりとこぼした。

「私、もう少ししたら第七大陸へ行きます」

 アイムと共に七つの大陸全てを巡り、人類に仇なす存在ではないと知ってもらう。最初に立てたその目標を果たして来る。


 ――故郷での戦いでわかった。赤い凶星の欠片一つに自分もアイムも窮地まで追い込まれたのだ。ならきっと、自分達だけでは神々の攻撃に耐え切れない。アイムの言う通り多くの人々に協力してもらう必要がある。

 アイムが言うには第七大陸には悪しき人物がいて、その人物のせいで大陸全体がこの世の地獄と化しているそうだ。だから今までの六大陸とはまた違う苦難が待ち受けているのだろう。

 だとしても進まなければ。親友や家族との約束を守るために。


「無理してるわけじゃなくて、本当にそろそろ大丈夫だって思うんです。焦ってもいません。でも、できるかぎり急いだ方がいいことも事実ですよね。いつ次の攻撃が来るかわからないんだし」

「そうですね……」

 驚くことなく頷くスワレ。彼女は大怪我したニャーンが運ばれて来て以来、ずっと傍で見守って来た。だから、きっとそう言うだろうと覚悟も出来ていた。

 ニャーンの様子はこうして間近で観察してみても十分に落ち着いている。この村へ運ばれて来て、最初に目を覚ました時からそうだった。今の彼女に焦りは無い。第七大陸へ行くという結論も熟慮を重ねた上で出したものだと思う。

 もちろん、それでも正直に言えば止めたい。そう考えているのはニャーンも同じで、行かなくていいと言われることを予想していた。アイムだって第七大陸にだけは行く必要が無いと言っていたのだから。

 が、スワレは予想外の言葉を返す。

「だったら兄も連れて行ってもらえませんか?」

「えっ?」

「先日ニャーンさんの力の使い方を見て改めて自分の能力と向き合った結果、私も兄も以前よりは祝福を使いこなせるようになったと思います。今ならニャーンさんの盾にくらいはなれるかと」

「そんな、そこまでしていただくわけには」

「何を言ってるんです、皆で力を合わせて戦うなら当然のことでしょう。ニャーンさんはこの星の希望なんですから最優先で守りますよ。協力ってそういうことじゃないですか?」

「そう……かも、です」

 自分が皆の希望。それは自己評価の低いニャーンにとって認めがたい事実だったが、だとしても協力することが大事という話はわかる。彼女自身そう考えていた。

「ね? だから遠慮しないで守られてください。兄は見ての通り頑丈なので盾にするには最適です。適材適所でいきましょう」

 ぐうの音も出ない正論だったが、なおもニャーンは渋る。どうにか考え直してもらうことはできないかと頭を捻って、やがてシンプルな一手を思いついた。

「ここの守りはどうするんです?」

 二人はテアドラスの守り人。その片割れがいなくなってしまって安全を保てるのだろうか?

 不安を抱いたニャーンに対し、けれどスワレはくすくす笑って問い返す。

「お忘れですか? この辺り一帯の怪塵はニャーンさんが自分で一掃したんですよ。もちろんあれからしばらく経っていますし、また風に乗って運ばれてきた怪塵が集まり始めている頃でしょうが、怪物化するまではしばらくかかります。なんなら先日のように掃除して行っていただければなんら問題ありません」

「あ、そうか」

 たしかに周辺一帯を掃除してしまえばいいだけの話だと今さら気付くニャーン。能力は凄いのに、やはりどこか抜けている。スワレはまたくすりと笑った。可愛らしい人だと。

「まあ、流石に二人ともいなくなるわけにはいきませんから私が残ります。現状、兄の方が戦いに長けていますし」

 地上には怪塵狂いの獣も徘徊しているが、怪物に比べればずっと楽な相手だ。自分一人でなんの問題も無い。そも地上でしか採集できない薬草などを取りに行くのでもない限り、兄が築いた砦と頑丈な鉄扉だけで害獣の侵入は防げる。

 スワレの合理的な説明を受け、ニャーンも納得した。自分はまだまだ戦闘経験が浅い。ズウラについて来てもらえるならたしかに安心感が増す。

「わかりました、ではズウラさんご本人にも訊いてみます。ついて来てくださるなら頼りにさせていただきますね」

「ついていきますよ、絶対」

 もどかしいなと眉を八の字にするスワレ。どうやらニャーンは、あれだけあからさまな好意にも気付いていないらしい。多分「心配してくれて嬉しいな」くらいにしか思っていないだろう。何故そんなに心配されるのかまで気が回らないのだ。

 これではいけないと彼女は思った。本来、第三者が特定の誰かの好意を想われている相手に対し伝えるべきではないだろう。そのくらい隔離された社会で生きている彼女だって理解できる。

 だが自分達はいつ死んでもおかしくない身だ。父や母の世代が怪物との戦いで全滅した時に痛感したし、大怪我したニャーンを見た時にも改めて思った。

 だからグズグズしているべきじゃない。兄が臆病なら、その分だけ妹の自分がお節介になるべきではなかろうか?

 半分は自分に対する言い訳。でも実際にそう思っている。だからスワレは先の言葉に自然に繋げ、兄の代わりに告げた。

「兄は、貴女に恋をしています」

「へっ?」

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