再戦

「まあ、とはいえお主の言う通り今のは反則じゃ。部分的にとはいえ変身したからな、今回はワシの負けでいい」

『えっ?』

 予想外のことを言われきょとんとしてしまうズウラ。ついでに戦意も喪失する。

 呆然とする彼をアイムは意地悪い笑みでからかった。

「どうした喜べ、ついに一本取ったぞ」

 などと言われても当然ながら喜べない。こんなスッキリしない勝利などあってたまるか。男の子のプライドが許さない。だから渋々言い返す。

『い、いりません……』

「いいのか? 二度とこんなチャンスは無いかもしれんぞ」

『絶対勝ってみせますよ! 次はきちんと実力で!』

「なら今回もワシの勝ちじゃな」

『ええ、どうぞ!』

 頭から湯気を立てる青年。鎧に覆われているため表情は見えないが、今どんな顔をしているのかアイムには手に取るようにわかった。それなりに長い付き合いである。

(少しからかい過ぎたか。八つ当たりもたいがいにせんといかん……)

 自省してフォローを入れる。

「そうむくれるな。大したものだぞ、ワシに奥の手を使わせたのだからな。この短期間でずいぶん成長しておる」

 褒めてご機嫌を取る作戦。とはいえ嘘偽りの無い本音である、ズウラは大きく成長した。やはり若者ほどキッカケを得ると良く伸びる。

「ニャーンを手本にしたようだな」

『……ええ、オレもスワレも、おかげでだいぶ強くなれたと思います』

 多分今は唇を尖らせているだろう。

「うむ、大したものだ。ワシに今の技、部分的に変身する『重牙』を使わせた人間はお主の他にはグレンだけだぞ。誇るがええ、今ならあやつとも良い勝負ができるじゃろうて」

『えっ? そんなに?』

「ああ、ワシが保証しちゃる。すでに戦闘力だけで言えば『祝福されし者』達の中でも十指に数えられる。流石に全力のグレンにはまだ勝てんだろうがな」

 精霊と同化するに到った者は次元が違う。だが逆に言えば、そこまで到達せぬままズウラの力は重牙を使わせるほどに向上した。このまま修練と実戦を重ねて行けばいつかはグレン以上の戦士になることも可能だろう。

「お主はまだ若いから伸びしろも多い。いつかは本気のワシともやり合えるかもしれんな」

『そんなに強くなってたんだ……オレ』

 隔離された社会で育ったため擦れていない青年は、ちょっと褒めただけであっさり機嫌を直してくれた。この素直さも成長の早さの一因だろう。学ぶことに抵抗の無い人間は良く育つ。

 良いことだ、アイムにとって人間の成長は喜びである。千年前、生命に試練を課す嵐の神に命を救われ与えられた使命は『人類を強く育て上げること』だった。

 彼一人ではいつか限界が来る。星の免疫機能たる『星獣』とて永遠に生きられるわけではないし無敵でもない。必ず誰かに頼り、後を託す日がやって来る。

 その時までに彼等を育てておけと言われた。それが、この星を救う唯一の手段なのだと。

 あれから千年、人類は少しずつ文明を復興させ力を付けつつある。精霊に祝福されし者達も怪塵との戦いの中で自然淘汰され強靭な者ばかりが生き残った。中にはグレンやズウラのような自分とある程度戦える猛者も育っている。

 これなら、彼等の力とニャーンの力があれば次の攻撃が来ても凌げるかもしれない。

「……」

 しかし、そう考える彼の表情は今なお曇っている。懸念があるのだ、まだ誰にも明かしていない不安が。

 そんな彼の胸中に気付かず、無邪気にやる気を見せるズウラ。

『アイム様、もう一回やりましょう。せっかくだからさっきの技をもっと見せてください。今度は簡単にやられませんから』

「ん? そうじゃな、一方的にこちらが勝って終わりじゃつまらん」

 ズウラのさらなる成長に繋がると言うなら疲れ果てるまで稽古をつけてやってもいい。これも星を守る星獣の使命の一部。

「そういやお主、さっきの防御のからくりはなんなんじゃ? あの膨らむやつ」

『ああ、あれですか。地下で燐を採取しておいたんですよ。ぷくっと膨らませた部分に溶岩と空気を取り込んで鎧に混ぜ込んでおいた燐をそこに移動させれば、破裂して相手の攻撃を弾けるでしょ。前にアイム様から聞いた第四大陸のなんとか戦車の話を思い出して試してみました』

「ああ」

 第四大陸には戦闘に向いた能力の『祝福されし者』が少ない。代わりにあの大陸では機械技術と錬金術が発展しており、東西に別れた両陣営が衝突を繰り返しながら日進月歩で兵器の性能を向上させ続けている。その技術力は全大陸中随一。数世代先まで進んでいると言っても過言ではない。

 ズウラが言っているのは『炸裂重装甲』のことだろう。六十年前に西側が完成させた装備で主に動力戦車に取り付けられる。装甲が二重になっており、間には爆発に指向性を持たせた特殊な爆薬が仕込まれてある。攻撃を受けるとその指向性爆薬が炸裂して外の装甲板を弾き飛ばし、内の装甲と搭乗員を保護する仕組み。

 たしかに以前その話をした記憶がある。なるほど、これもまた年長者の話をしっかり聞くズウラらしい成長の仕方と言える。

 納得したアイムは拳を構えた。世界中、様々な地方の民族衣装をごった煮にした統一感など皆無の服装が熱風を受けてバタバタ音を立てる。

「よし、やるぞ」

『はい!』

 こちらは剣を構えるズウラ。ところがそうして再び組手を始めようとした途端、これまでずっと黙って見ていた第三者が声をかけて来た。

【よろしければ、訓練を手伝いますが?】

『喋った!?』


 まだ不慣れなズウラだけが驚く。話しかけてきたのは白鳥、つまりニャーンの能力で味方に引き入れられた凶星の欠片。見た目は少し大きな鳥でしかないが、実際には全力のアイムと互角以上の戦いができる恐るべき怪物。


【先程から拝見していた限り、お二人は怪塵集積体、つまり『怪物』との戦闘を想定した訓練中のようですね。であれば、その上位互換たる私との戦いこそ最適な訓練だと思われます】

 たしかにそうだが、しかし二人は顔を見合わせて眉をひそめる。さらに顔を近づけて小声で囁き合った。

『だ、大丈夫ですかアレ? たしかに今まで大人しくしてましたけど……』

「ニャーンの支配下にある以上、嘘ではなかろう。とはいえ鵜呑みにもできん。今は味方だが本来は敵だからな……」

 訓練を手伝いたいというのが本意だったとして、手加減ができるのかも不明だ。迂闊に戦わせて前途ある若者を殺されてしまっても困る。

 そんなことを危惧していると、こちらの心を読んだかのように答える白鳥。

【殺害はしません、お約束しましょう】

「お主……そうか」

 今さらながらに気付く。向こうの声は頭に直接響いてくる、すなわち思念波によるもの。ならば思考を読まれていてもおかしくない。

 アイムは動揺せず、ただ腹の探り合いは無意味だと認めてストレートに問いかけた。

「あくまで訓練であってワシらを抹殺する意図は無いのだな?」

【ありません】

「ワシはいいが、こっちの小僧にゃ怪我もさせるなよ。人間は治りが遅い」

【了解です】

『やるんですか、アイム様!?』

「あれは嘘などつかん。それに、いざとなったらニャーンが止めるはずだ」

『それはそうですけど……』

 流石に尻込みするズウラ。この怪物が全力を出したアイムと互角以上に戦ったという話はすでに聞いている。そんな強敵と戦う覚悟は簡単には決められない。

 するとアイムがポンと肩を叩く。

「安心せい、順番じゃ」

『え?』

「まずはワシ一人でやって確かめる。本当に害意が無いとわかれば交代だ。それまでは離れて見学しておれ」

『なるほど……』

 アイムなら流石にやられることはあるまい。彼を信頼するズウラは、とりあえずそういうことで納得した。

「お主もそれでええな?」

【構いません】

 返事を聞き、ニヤリと笑うアイム。実のところ気にしていたのだ、前回の戦いでこの怪物に後れを取ったことを。あの時の借りを返させてもらおう。

 改めて構え直す。同時にズウラに忠告する。

「なるべく距離を取れ。それから絶対に油断するな、死んじまうぞ」

『は、はい!』

 慌てて走り出して距離を取るズウラ。活火山の麓に広がる荒野で星獣と怪物が改めて向かい合い、構えを取る。アイムは左半身を前へ出し、左手を目の高さまで持ち上げた。右の拳は腰だめ。足はやはり前後に広げ、重心をその中間に保つ。その状態で両腕を内側に巻き込んでいく。千年かけて構築した独自の体術に最も適している構え。

 一方、白鳥は翼を大きく広げた。すると全身が形状を失い、不定形の怪物へと変貌していく。

 やはり怪物なんだ、振り返ったズウラがそう認識した時、アイムが先に動き出す。先程の一戦と同じように右足を一瞬だけ巨狼の姿に変え、爆風に乗って跳躍。瞬時に間合いを詰めて怪物の懐へ潜り込んだ。間髪入れず咆哮。

『ガアッ!』

 一瞬だけ巨狼の頭部が出現し、文字通りに吠えた。かつて赤い凶星を打ち砕いた彼の必殺の一撃。初手からいきなりの全力。

 怪物の後方の大地が粉砕され、大量の土砂が塵も残さず消滅していく。

 ズウラは度肝を抜かれた。

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