大いなる奇跡
ズウラとスワレは急いで階段を駆け上がった。アイムもニャーンを背負って二人の後を追いかける。ニャーンは意識が半分どこかへ飛んでいるような状態で一人では歩けそうにない。
鉄扉を開け、さらに能力で建てた砦に階段と出口を作り、屋上へ出るズウラ。妹と共に周囲を見渡して驚愕した。
「う、うおお……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
「すごい……これが、ニャーンさんの力……」
凄すぎる、人にこんなことができるなんて。膝から力が抜けて座り込んだ。驚きと畏怖が半分ずつ。いったい彼女は何者?
冷えた溶岩で固められた地面を割り砕き、無数の結晶が浮かび上がる。
とてつもない規模で同じ現象が起きていた。
ここから見える範囲全てで。
「テ、テアドラスより広いんじゃないか……?」
「明らかにそうだな」
追いついて来たアイムもニャーンを背負ったまま笑う。不敵な笑みではあるものの流石に若干引き攣っていた。
(まさか、ここまでやれるとは……)
半径数km、あるいはさらにもう一桁増えるかもしれない。それだけの範囲の地中から全ての怪塵結晶を地上に押し出した。もしもこれが全て怪物化したらと思うとぞっとする。自分でもかなりの苦戦を強いられるだろう。
「これ……えっと、どうしましょう?」
困り顔で呟くニャーン。ここから先は何も考えていなかった。今まで立ち寄った村や街では集めた怪塵を小分けにして壺などに閉じ込め封印を施して来たが、これは流石に量が多すぎる。
「ふむ、そうだな……」
アイムも考えた。せっかくすぐそこに活火山がある、火口にまとめて捨てるか?
(いや、溶岩でも怪塵を消し去れんことはわかっている。こやつの支配がいつまで続くかわからぬ以上、やはりひとまとめにしておくのは危険だな……)
とりあえずはいつものように小分けにしておくのがいいだろう。封印作業は後で時間をかけて行えばいい。ズウラの力を使えばそう難しいことでもない。
両手で胸の前に四角を作る。
「こんくらいの箱にでもして、そのへんに転がしとけ。封印はこやつらに任せる」
「はい」
頷いたニャーンは膨大な数の結晶を空中の一ヵ所に集めて巨大な結晶と化した後、再びそれを分割して無数の立方体に変えた。
ゆっくりと地上に下ろしたそれを、さらに等間隔で並べておく。
「あの、お願いします」
「あっ、はい……お任せください……」
神妙な顔で引き受けるズウラ。スワレも立ち上がり、そして気付く。ニャーンの表情に。その傷付いた面持ちに。
自分のせいだとすぐにわかった。膨大な量の怪塵結晶という恐ろしい光景を目の当たりにして、それを操る彼女にまで怯えを見せてしまった。
不甲斐ない。
「ふん!」
「ええっ!?」
突然自分を殴るスワレ。そして片頬を腫らしながら頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「い、いや、それより大丈夫ですか!?」
「問題ありません、自分に喝を入れただけです。封印作業はお任せを、兄と協力して全て封じ込めてみせます。何も心配いりません」
凛とした眼差し。そこにもう自分に対する恐怖は無い。そう感じ取ったニャーンも安心して胸を撫で下ろす。
「はい、ありがとうございます!」
「いやいや、なんでニャーンさんがお礼を? 助けていただいたのはこちらですよ」
ズウラには二人の間に何があったかわからないようだ。戸惑う彼の背中を小突き、声をかけるアイム。
「精進せい」
「はあ……」
なにがなんだかという表情。
なんにせよ地中で眠っていた潜在的な脅威は取り除かれた。どころか周辺の怪塵全てが一掃された状態なのでしばらく安全が保たれるだろう。
ニャーンは、また一つやり遂げたのだ。
その日の晩、眠る前にアイムは明かした。彼は最初からここで地中の結晶を除去させるつもりだったのだと。
テアドラスでは皆、床に敷いた毛布の上で眠る。地熱のおかげで暖かいので、その方が良く眠れるからだ。二人は昨夜と同じくズウラとスワレに挟まれる形で横になった。男男女女の並びと言った方がわかりやすいかもしれない。
周囲の怪塵が一掃されたことにより村の人々も大いに喜んでくれた。二日連続の盛大な宴を終えて後は眠るだけ。その段になってようやく明かされた真実。
しかし、本当の驚きは告白の後にやって来た。
「ようやった。ワシが言う前に危険に気付くことも、あそこまでのことができるとも全く思っておらんかった。成長したな」
「なっ……」
「ア、アイム様が……」
「褒めた……?」
「そりゃワシも褒めることくらいある。そんなに珍しくはなかろう?」
「いやいやいや」
即座に否定するズウラ。
「初めてですよ! 少なくともオレは初めて聞きました!」
「私も記憶に無いです」
「アホぬかせ」
機嫌を損ねて瞼を閉じる彼。ちなみに他は全員寝間着に着替え、ちゃんと寝具を使っているのに、一人だけ拒否して床に直寝で組んだ両手を枕にしている。柔らかい毛布や枕は逆に寝心地が悪いのだそうだ。
「まったく、たまに人が褒めりゃこれだ」
「私は覚えてますよ、前にも何度か褒めてくれました」
じっと見つめて囁くニャーン。そう、ちゃんと覚えてる。アイムは本当に時々だけれど、褒めるべきと思った時には褒めてくれるのだ。
初めて褒められたのはグレンとの戦いの最中。一瞬で終わりかけた勝負をどうにか持ちこたえさせた時。
『よう防いだ、褒めてやる!』
戦いの最中の何気ない一言。
でも、とても嬉しかった。
だから忘れない。
「ユニティは、厳しいけど公正な人です」
「人ちゃうわ」
「だって
「慣れろ」
「は~い」
ニャーンも瞼を閉じた。そんな二人のやりとりを聞いたスワレは心底羨む。
「いいなあ、ニャーンさん。アイム様に愛されてますね」
「気色悪いこと言うな」
「ひどい」
「ユニティですから」
「ええから、はよ寝ろ。しっかり体力を回復させとけ。次はいよいよ、お主の故郷じゃ」
「はい……」
こころなしか沈んだ声。なのにすぐに寝息が聴こえ始める。
「えっ? もしかしてニャーンさん、もう寝ました?」
「寝つきの良さじゃ誰にも負けんぞ、こやつ」
「面白い人……」
──やがてスワレも眠りに落ちる。アイムは寝ているかどうか定かでない。ズウラのみ明らかに目を開けたまま天井を見つめた。
「……」
彼はニャーンに惚れた。一目惚れ。なにせ命を救われた。自身の危険を省みずに助けに来てくれた。あまつさえあの時、彼女は妹の命をも守った。おかげで兄妹揃ってまだ息をしている。
昼間の奇跡を見た後でさえ、恋心に揺らぎは無い。
ただ、結論は出てしまった。彼の中でだけ。
「オレごときが、引き留めていい人じゃない」
そうして彼も瞼を閉じた。
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