ワールド・スイーパー
秋谷イル
序章【星の希望と希望の星】
流浪の英雄
第四大陸──中央に巨大な内海を擁する世界で三番目に大きな陸地。二つの大国と双方合わせて七つの属国が存在しており、東西に別れ長く争い合っている。
さて、東の大国ゾテアーロ。その王都でのことだ。良く晴れた昼下がり、屋台で買ったばかりの焼き鳥を齧っていた流浪の英雄アイム・ユニティは一人の騎士に呼びかけられた。騎士の背後にはさらに数人の兵士。
「失礼、アイム・ユニティ様でしょうか?」
「
食うのをやめず、肉を頬張ったまま答える彼。見た目は十代半ばの少年。自分でナイフでも使って切ったのか申し訳程度に整えられ束ねてある黒いざんばら髪。きつい目つきの青い瞳。世界各地の意匠が混じった旅装束に煤けた灰色のマント。靴は無く裸足。野生児一歩手前の粗野丸出しな格好だが、しかし彼は相手が言った通り「英雄」としてその名を馳せている。
その証に、両者の会話を聞いた周囲の者達はざわつき出す。
「ア、アイム・ユニティ……?」
「
「アタシ、初めて本物を見たわ」
「でも本物か?」
そう、怪塵殺しユニティの名を知らぬ者など、この世にはいない。彼が子供の姿のまま、かれこれ数百年生き続けていることも周知の事実だ。だから少年の姿を見て侮る者もまたいなかった。
とはいえ、言葉だけで信じるわけにはいかない。騎士はさらなる証明を求む。
「黄金時計の塔にて賜ったという虹の尾羽根を拝見できますでしょうか?」
「おお、ほれ」
茶で肉を流し込み、口の中を空にした少年は腰のポーチから七色に光る鳥の羽をつまみ出してみせた。一際大きな歓声が上がる。
「本物だ!」
「あの輝き、まがい物じゃありえねえ」
「ありがたやありがたや……」
「まったく、騒々しい」
人々の反応を呆れ顔で眺め、ゆっくり立ち上がるアイム。なにせ英雄。騒がれることは珍しくもなんともない。至極冷静に対応する。
「で、どこへ行かせたい?」
「王城へ」
「ならば案内せい。あんなでかいモン目をつぶっていたって辿り着けるが、勝手に上がり込まれては主らの面子が立つまいよ」
「感謝いたします」
ホッと息を吐き、敬礼する騎士。その様子を見て、アイムは背後の屋台を親指で示す。
「なら、もう二・三本奢ってくれ」
「怪塵使い?」
「うむ、そう呼ばれる何者かが我等『東方連合』の領域に潜伏しているようなのだ」
白く長いヒゲを撫でつけながら頷くゾテアーロ王スアルマ。久方ぶりに顔を合わせたが、ずいぶん老けたものである。
「お主、何歳になった?」
「五十八だが……?」
「なるほど、そりゃ老けるわけだ。二十年は会っとらんかったか」
「三十年だ。相変わらず数字に弱いようだな英雄殿」
「十年二十年などワシにとっては大して変わらん話じゃからな」
「大雑把すぎるわい」
やれやれと嘆息したスアルマは、脱線した話を元に戻す。
「で、その怪塵使いなのだが」
「捕えよとでもぬかすか?」
言われるより早く言い当てるアイム。ただでさえきつい目付きがさらに鋭くなる。
とはいえ、スアルマも伊達にこの大国を四十年統べて来た男ではない。怯まずに言葉を続けた。
「捕縛が理想的だが、始末すべき輩ならそうしてくれて構わん。そもそも我等にそなたの行動を阻むことなどできん。自由になされよ」
「無論」
アイムは自身を「人類の守護者」と認識している。しかし、だからといって頼まれれば何でも引き受けるわけではない。ましてやそれが怪塵絡みの案件ならば。
「まずは見極めじゃ。そやつがこれまでに何をしたか、そしてどこへ向かったのか詳しく聞かせよ」
──五日後、彼はあっさり噂の「怪塵使い」の尻尾を掴んだ。とはいえ、普段より苦労したことも事実である。
(なかなか素早い)
件の人物は女だそうな。それ以上の詳しい素性はわかっていない。いつの頃からか大陸西部の森深くに住み着き、しばらくは誰も存在に気が付かなかった。だが、その女を偶然目撃したきこりが怪塵を操る能力を目の当たりにしたことで一気に噂が広まった。
女は好戦的な性格ではないらしい。自分の力を知られるやいなや森から逃げ出し、以後は各地でたびたび目撃されつつ東へと移動を続け、ついに先日ここ東方連合の領域に姿を現したという。
かれこれ千年ほど前から世に存在する物質。見た目には赤い塵だ。世界各地に拡散しており、獣が一定量を吸い込むと正気を失って狂暴化する。時には虫も狂わせ
人間は狂わない。どうやら人は耐性を持っているようだ。だが、あれは人類にとっても大きな脅威。何故なら怪塵は寄り集まって
史上この脅威を単独で撃破せし者は三人だけ。第一大陸の防人「神の子」グレン・ハイエンドと第七大陸の「錬金術師」アリアリ・スラマッパギ。そして世界を巡る流浪の英雄アイム・ユニティ。
そのアイムは不眠不休で怪塵使いの行方を追っている。最後に目撃された小国クイネスリベスの湖の畔からターナヘイネス大森林の中を延々歩き続けること三日。ほとんど人が立ち入らないこの森で人間が通過した痕跡を辿るのは実に容易だった。とはいえ、それは尋常ならざる健脚と追跡能力を誇る彼でも追いつくのに三日かかったと言い換えることもできる。
(ただものでないことは確かだが、さて、どうしたものかな)
怪塵使いは好戦的でないどころか今まで一人も傷付けていない。どうやら相当に温厚な性格をしているようだ。素性がバレて石を投げつけられたこともあったそうだが、能力を使ってやり返したりはしていない。となると彼としてはやりにくい。
(うーむ、まあ、いつも通りの作戦でよかろう)
つまり出たとこ勝負。彼は難しいことを考えるのが苦手なのだ。頭が悪いわけではない。めんどうくさいだけ。長生きしていると、だんだん色んなことが億劫になっていく。皆も歳を取ったらわかるだろう。
何はともあれ、やっと追いついた。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
うら若き乙女の悲鳴。眉をひそめつつ木々の間を走り抜け、標的を視界に捉える。
「来なっ、来ないで!」
「グルアアアアアアアアアアアッ!」
頭からすっぽりフードを被った娘が怪塵狂いの獣に襲われていた。怪塵使いなのに怪塵で狂暴化した動物を操ったりはできないらしい。だが、なるほどたしかに、赤い塵をなんらかの力で引き寄せ、周囲に膜を作ってどうにかこうにか身を守っている。
「い、いやあっ! あっち行ってよ!」
「やれやれ」
あの力で刃でも作って攻撃すればあっさり倒せように。よくもまあ、あの調子でこんなところまで来られたものだ。アイムは呆れつつ助けに入った。
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