第6話 まだ温かい
◇
数秒後、血まみれの死体の上でローガンは無表情で剣に付着した血液を拭っていた。
最初から勝負にすらならない戦力差。数の上では6対1とはいえ、素人の集団にローガンが負ける筈もなかった。
振り返る。
そこには仁王立ちで踏ん反りかえるエミーリアと、彼女の腕を掴まれて絶望の表情を浮かべているスリの少年。
命令通り向かい来る男たちを皆殺しにしたローガンは、エミーリアの元へと歩み寄った。
「ご苦労、我が騎士。……さて、次の命令だけど」
ちらりとエミーリアは足下にいる少年を見下ろす。
「こいつも殺して」
パクパクと口を開閉しながら、すがるようにローガンを見上げる少年。エミーリアは意地悪く口角をつり上げて挑発的にローガンを見た。
「アナタにこの少年を殺すことができる? ”守護騎士”さま?」
守護騎士。
人を守り、国を守ったかつての自分に与えられた称号。
ローガンは悟った。
自分は試されているのだと。
本当に人類に徒なす存在になる。その覚悟があるのかと。
瞼を閉じる。自分に問いかける。
かつて守護騎士と呼ばれた自分が、人類に徒なす存在になる、その覚悟はあるのか……。
答えは、もう決まっていた。
眼を見ひらき、ローガンは迅速な動きで腰のロングソードを抜刀。そのままのスピードを保持したまま刃を正確に振り抜き、少年を切り捨てた。
まばたきするほどの刹那の一撃。
せめて、痛みを感じる暇もない死を……。
バタリと力なく倒れる少年に真っ直ぐに向き合い、自分への戒めとする。
これが、今からローガンが歩む道。自分が選んだ、修羅への道……。
後悔はすまい。
否。
後悔をする資格なんて無い。
ローガンは自分のためだけにこの道を選んだのだから。
「意地が悪いですな、我が主」
「そうね、でも必要なことよ」
そしてエミーリアは笑った。
「行きましょう我が騎士。どこまでも一緒よ」
ローガンは深く頭を下げる。
「御意」
◇
路地をしばらく進むと、目的の場所にたどり着く。
木造の小さな小屋。年期の入ったその建物は、押したら崩れてしまいそうなほどボロボロだった。
「ここ?」
端的に尋ねるエミーリアに、ローガンは頷く。
「ええ、ここに情報屋がいるはずです」
この場所に来るのは数十年ぶり……。こんなまともでは無い場所で、情報屋がまだ生きている保証は無い。
何が起こっても対応出来るよう、ロングソードの柄に手をかけながら、ローガンはゆっくりとその木造の扉を開ける。
薄暗い小屋の中、ムッとするような血の香りが鼻孔をくすぐる。血の臭いにつられて臨戦態勢に入ったローガンは抜刀し、油断なく周囲を見回す。
そして発見した。
床に転がる血だらけの死体。
苦悶の表情を浮かべる初老の男。その顔に見覚えがあった……。
「情報屋……」
ぐるりと小屋の中を見回すが、人の気配は感じない。
しゃがみこんで、情報屋の首筋に手を当てた。
まだ温かい……しかし、脈は無い。死んでいるようだ。
恐らく彼が死んでからそう時間はたっていない。犯人がまだ近くにいる可能性もある。
後から入ってきたエミーリアに、ジェスチャーで静かにするようにと指示を出して、ローガンは情報屋の死因を探った。
胸に穴が開いている。場所的に、心臓を貫通していることだろう。
正確かつ、無慈悲な一撃だ。穴は綺麗な円形をしており、傷口の周囲に火傷の跡があった。
ローガンの知っている武器を幾つか思い浮かべるが、このような跡が残るような武器は知らない……ならば、可能性として高いのは……。
「魔法……みたいね」
エミーリアの言葉に、ローガンは静かに頷いた。
犯人は魔法を行使して情報屋を殺した。
魔法とは希少な技術だ。
魔法に適正のある人材は希で、適性があるというだけでその人物は出自に関係なく、国から莫大な補助を受け、魔法学校への入学を保証される。
学校を卒業した一流の魔法使いは、もれなく国の重要な役職に就き、貴族にも劣らない待遇を受けると聞く。
そんな希少な魔法使いが、こんな場所までわざわざ出向く事があるだろうか?
あるとするならば、きっとその人物は……。
「その魔法使い、きっと表に出られない何かしらの理由を持っているわ……ふふっ、おもしろいじゃない。是非とも仲間にしたいものね」
魔法は非常に強力な力だ。
もしその魔法使いが表舞台に出られないような事情があるというのなら、是非ともこちら側に引き込む必要がある。
何にせよ、圧倒的に情報が足りない。
ローガンは少し考え、エミーリアに提案する。
「あまり気はすすみませんが……ギルドに行きましょう」
◇
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