第3話 ラシウス
ロドディア騎士団は辺境の地に要塞を構える、歴史ある厳格な騎士団だ。
日の出と共に若者は粛々と鍛錬に励むのが日課だが、この日は早朝から天地をひっくり返した大騒ぎになっていた。
「だ、だ、団長!!本気ですか!?どうか嘘だと言ってください!!」
「団長!!」
「うるせぇな!!ピーピー騒いでねぇでさっさと修行に励まねぇか!!」
一喝をくれながら颯爽と廊下を歩くのは、ロドディア騎士団団長レイド。
目的地に向かう彼に団員が次々と懇願しにくる始末だが、それも仕方がないことだろう。
なぜなら。
「い、いい、引退だと!?またなんて身勝手なことを言い出したんだレイド!!今すぐその宣言を撤回しろ!!」
誰よりも唾を飛ばし、胸ぐらを掴みかねない勢いで説教を浴びせかけてきたのは副団長のバートンだ。
五十を前にして大変元気なことだが、三十手前と年若いレイドの才を見込み団長の座を明け渡しただけに、その怒りは海の底から噴き上がる火山の如く激しかった。
対してレイドは涼しげに言い放った。
「まぁ、落ち着けよバートン。それよりラシウスは?今日も部屋から出てこないのか?」
「それよりだと!?お前は一体何を考えているのだ!!今また隣国が国境越えを目論めばどうするつもりだ!!」
強固に造られた壁がバートンの怒りを反響させる。
レイドは心底うるさそうに片側の耳を塞いだ。
「しばらくは大人しくしてるだろうさ。先月ラスが黙らせたばかりだ」
「それにしてもだな!!」
「バートン。あのふざけた命令の話は昨日しただろ?俺はあいつを見捨てるつもりはない」
バートンはここへきて「まさか」と髭の乗った口をあんぐり開けた。
「お前、ラシウスと共に悪魔退治に行くつもりじゃないだろうな!?」
「他に何の理由で団長やめるってんだ。肩書きが邪魔で動けないなら捨てるまでだ」
再度噴き上げる火山を前に、レイドは辿り着いた木の扉をノックした。
乾いた音が二回鳴るも中からの返事はない。
「ラシウス、起きてるか?」
取手に手をかけると、扉は何の抵抗もなく開いた。
「ラス、俺だ。入るぞ」
覗き込んだ部屋は相変わらず薄暗かった。
明かりと言えば小さな換気口から弱々しく差す陽の光くらいで、全体的に鬱屈とした空気が漂っている。
バートンは顔をしかめたが、レイドは至って気軽に室内に踏み込んだ。
「よぅ、まだ生きてるか」
レイドが話しかけたのは、壁に背を預け、壊れた人形のように座り込んでいる青年だった。
その目にはまるで生気がなく、先日まで大鹿のように駆けていた逞しい脚からも肉が落ちている。
レイドは青年の前に片膝をついた。
「ラス。お前指名で命令が来た。今日ここを出て悪魔退治に行くぞ」
空ろな目をした青年が僅かに顔を上げる。
「悪魔…退治……?」
「ああ」
「ベン隊長への出動要請ではなく?」
「いや。行くのはお前と俺だけだ」
ラシウスの秀眉が微かに寄る。
「団長と?一体どうすればそんな事に?」
「少しは目が覚めたようだな。動けそうか」
「…はい」
差し出された手に掴まると、ラシウスは大人しく立ち上がった。
その拍子にさらりとローズグレイの前髪が流れる。
猫の目を連想させるくっきりとした
やつれが前面に出ても少しも損ねることのない端麗な顔立ちに、レイドは内心苦笑した。
「詳細は追って話すが、とにかく今はここを出ることだけを考えろ」
「ですが…」
団長の背後ではバートンが赤鬼のように肩を膨らませている。
レイドはくしゃりとラシウスの頭を撫でた。
「気にするな。さっさと悪魔を退治して戻って来れば何も問題はないさ。留守は頼んだぜ、バートン」
後半は背後に向けて声をかける。
長い付き合いだ。
レイドが本気なことも、意思を変える気が微塵もないことも、バートンは腹立たしくも理解した。
「レイド、ぎりぎりまで団長の座は空けておく。だからいいな、必ず帰ってこい。お前も、ラシウスもだ」
むっつり腕を組みながら怒りを抑え込むバートンに、レイドは謝意を込めて肩に手を乗せた。
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