悪魔の子

第1話 悪魔の子

風が強い乾季。

巷では飢饉ききんに苦しむ貧しい者でひしめき合い、今日も力及ばぬ命がその灯火を消していく。

町の中央には華美な王宮がそびえ立つが、民の命を預かるはずの王族が、この地獄のような町外れに姿を見せることはない。

代わりに腹の贅肉を揺らしながら闊歩するのは、罪もない人々を痛めつけては僅かな財まで奪い取る役人だった。


「かあちゃん、あの人また来たよ。あの人はどうして何もしてない私たちをいじめるの?」

「しっ。静かに。声を出しちゃ駄目よ」


母親は幼い我が子を守るように抱きしめたが、その声は不運にも目を光らせた役人の耳に入った。


「貴様、卑賤ひせんの者のくせに不平不満をもらしたな?」


母親は真っ青になりながら額を地面にこすりつけた。


「お、お許しください!!この子はまだ幼い子どもで!!」

「誰が口を利いてもよいと言った!!」


蹴り飛ばされた母親は地面に崩れ落ちた。


「かあちゃん!!」


子は必死で手を伸ばしたが、その両手は瞬きする間に空を飛んだ。

役人の手に血が滴る大剣が光る。

悲鳴は空を切り裂き、肘から下を失った子どもは地面をのたうちまわった。


「あぁ!!ヤーシャ!!」


母親は泣きながら我が子に覆いかぶさったが、役人は逡巡せずその母親ごと子どもを串刺しにした。

今度は悲鳴は上がらなかった。

親は心臓を、子は肺をひと突きにされたのだ。

口から漏れたのは赤い液体だけだった。


「ひ、ひどい…」


これは役人のただの憂さ晴らしだと誰もが知っている。

遠巻きに見ていた少女の口から思わず嗚咽が漏れたが、役人は間髪入れずに振り返った。


「まだ、私に何か言いたい者がその辺りにいるようだ」


少女がいる人集りまで歩み寄ると、切先をちらつかせる。


「今声を発したのは、誰だ?」


周りの者は一斉に少女を盗み見た。


「お前か」

「ひっ…」


役人はにんまり笑うと少女の腕を掴んだ。


「や、やめて!!誰か!!」


甲高い悲鳴に誰もが目を逸らす。

だが次に響いたのは醜い男の叫びだった。


「うがあぁああぁ!?」


地に伏せったのは、右腕が切断された役人だった。

その隣にむくりと起き上がる小さな影。


「あ…」


人々の顔は役人の時とは違った恐怖に引きった。


「悪魔!!」

「悪魔の子だ!!一体どこから!?」


不自然なほど長い剣を引きずるのは、五歳ほどの痩せた子どもだった。

獣のように感情のない鈍色にびいろの目で、転がる役人を見下ろしている。


「この、貴様!!ぶち殺してやる!!」


役人が引き連れていた護衛二人が、少年目掛けて剣を引き抜く。

悪魔の子は敵意にぴくりと反応すると、目にも止まらぬ速さで長剣を一閃させた。

何が起きたのか分からぬうちに護衛達の剣が弾き落とされる。


「うわっ!!」

「ば、化け物だ!!」


護衛は真っ青になると人を掻き分け逃げだした。


「ま、待て!!待たぬか!!」


脂汗を流しながら役人が喚く。


「おい、誰でもいい!!貴様ら、そのガキを、こ、殺せぇええ!!」


醜く叫べど当然応える者など一人もいない。

代わりに子どもの口元に、にたりと恐ろしい笑みが浮かんだ。


「あ、や、やめろ…、おい!!やめろぉおおお!!」


そこからはとても直視できぬ光景だった。

少年は役人を滅多刺しにした。

どれだけ男が助けを乞おうが、心動くような反応はひとつもない。


役人が静かになると、悪魔の子は己に浴びた返り血をべろりと舐めた。

死体を引きずり町の外へと消えて行く。

その所業はまさに悪魔。

人々は吐き気のする口元を押さえながら、小さな背中から目を逸らした。

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