第58話 目の前にいたのは
「お前、自分がなにを言っているのか分かっているのか?」
そう私に問いかけてくるネルヴァの声には、殺意がこもっていた。
数々の経験から殺意を向けられたことのある私には、それだけでネルヴァが本気で私を殺そうとしていることが分かる。
「こんな早朝に誰か来るとでも、本気で思っているのか? お前を助ける人間なんている訳……」
「御託はいいから、やりたいならやればいいじゃない」
……しかし、もう私が恐怖を覚えることなんかなかった。
にっこりと私は、ネルヴァに微笑みかける。
少しでも、私の本心が伝わるようにと。
「それで、メイリが傷ついたり、アイフォードに傷がつくようなことでもあるの?」
「……なにを言っている?」
「ないわよね? だったら、精々私を傷つければいいじゃない」
そう言いながら、私は声を上げて笑う。
「悪いけど、私にいくら危害を与えようが、私の心は折れないわよ。そんな程度のことじゃ、私は止まらないわ」
そう告げる私に、気圧されたようにネルヴァが後ずさる。
逆に私は前に踏み出しながら、さらに告げる。
「──私が今までどれだけ自分を捧げて、生きてきたと思っているの?」
そう言いながら、私は改めて思う。
……自分はなんて異常なんだろうと。
今まで私は、自分を犠牲にすることでしか、人に尽くすことができなかった。
実家だって、クリスの時だってそう。
私は自分を犠牲にして尽くし、それでしか自分の存在を主張することができなかった。
本当になんて欠落した生き方だろうか。
けれど今、私は今までになく心が満たされているのを感じていた。
そんなこと、私には初めての経験だった。
今までの自己犠牲は苦しいだけだったから。
でも、アイフォードの為なら私はどうなってもよかった。
だから、私はネルヴァへと笑いかける。
「私は貴方なんかには、止められないわよ」
……瞬間、はっきりとネルヴァは気圧されたように後ろに下がった。
「生意気な口を……!」
しかし、次の瞬間その自分の行動を隠すように私を睨みつけ、片腕を振り上げる。
それに私は反射的に目を閉じる。
次に来る衝撃に備えるために。
……けれど、私の想像していた衝撃が来ることはなかった。
「がっ!」
代わりに私の身体が軽くなる感覚と共に、そんな苦悶の響きが聞こえる。
それにおそるおそる目を開くと、そこにいたはずのネルヴァの姿が目の前から消えていた。
ネルヴァはなぜか、少し離れた場所に倒れていて。
代わりに私の前にいたのは、まるで想像もしない人物だった。
「嘘」
その人は呆然とする私に、顔をゆがめて吐き捨てる。
「この、大馬鹿が……!」
「……アイ、フォード?」
──私を助けてくれたその人物、それは私を憎んでいるはずのこの屋敷の主だった。
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