第12話 逃げ出す理由 (クリス視点)

「……っ!」


 想像もしないそのあからさまな嫌悪に対して、私は一瞬息をのむ。

 しかし、そんな私を気にすることなく執事は告げた。


「さあ? 私に聞くよりも、ネルヴァに聞けばよろしいんではないでしょうか?」


「……その肝心のネルヴァがいないから貴様に聞いているのだろうが」


 そう言い返した途端、私の胸に怒りがわき始める。

 コルクスにさえ、こんなあからさまな侮蔑を受けたことはなかった。

 なのになぜ、こんな一介の執事に私はこんな目を向けられねばならないのか。

 しかし、睨む私を真っ向から見返し、執事は口を開く。


「そもそも、私は今日限りで王宮に移る予定です。他家の人間が踏み込んだことをいうのも不作法というものでしょう」


「……は?」


 私の怒りは、その瞬間執事が告げた言葉によって霧散することになった。


「待て! そんな話私は聞いて……」


「私はきちんとネルヴァに言いましたよ。それも、旦那様に伝えてくれときちんとね」


「……っ!」


 その言葉に、私は思わず唇を噛みしめる。

 どうしてこんな大事なことを言わなかったのか、そんな思いが私の胸によぎる。

 けれど、そんなことを考えている時間はなかった。

 何せ、今はとにかくこの執事が出て行かぬよう思いとどまらせるのが最優先なのだから。

 このただでさえ、仕事が溢れる状況でこれ以上誰かが抜けるなど考えたくもなかった。


 ……しかし、一つ分からないことがあった。


「ま、待て! 私はお前をクビにする気などないのに、どうしてここから出て行こうとしている?」


 そう、私はこの執事をかなり優遇しているつもりだった。

 ネルヴァのように私を喜ばせる訳でもなく、無愛想に仕事をするこの男をそれでも解雇しなかったのは、全て私の厚意だった。

 いくら気にいらなくても、仕事はできる。

 そう思ったから、私は今までこの男がこうしてこの屋敷に残るのを許してやってきた。


 そう考える内に私の中に怒りがあふれ出してくる。


「私はお前に目をかけてやったというのに、裏切るのか……!」


「はは。面白い冗談だ」


 ──けれど、そんな私の言葉に対する執事の反応は冷笑だった。


 まさか、そんな態度をとられると思わなかった私はまたもや言葉を失う。

 私をみる執事の目は、あまりにも冷たかった。


「そんな態度だから、貴方は有能な使用人を取り逃すんですよ」

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