第59話 わからせてさしあげます
場の空気が凍りつきました。
淑女たちの笑顔がさっと青ざめ、紳士たちは下顎に力を入れていらっしゃるようです。
──田舎。
この言葉に含まれるネガティブさをこうも敏感に感じ取ってしまうのが、《白銀》シルバスティン家の者たちです。
彼らはプライドの高い日陰者。
初代皇帝は唯一の家族だった妹を分家とし、帝都から遠く離れた穀倉地帯に領地を与えました。地位は皇室に次ぐと定められているものの、実質的な権力はほぼないに等しい。
「気を悪くされたならお詫びします。でも私、帝都で育ったものですから」
そんな彼らが気にするもの──
それは「田舎」「僻地」「時代遅れ」「○○もないんですか?」といった言葉。
前世でいうところの、近所にコンビニやチェーン店がないのを気にする地方民の感覚に近いでしょう。
「都会の生活を手放せる気がいたしませんの」
私は《真紅》。
都会育ちの余所者。
そのことを彼らに思い出させ、反感を植えつけてさしあげましょう。
「ご存じですか? 最近の帝都では魚介を扱うレストランが流行っているんです。今回お招きいただいたお返しに、ぜひみなさまをご招待したいですわ。とても評判のお店が……」
「おいしい! ねえねえフラウちゃん! この海老のお料理! とっっってもおいしいと思わない⁉ 帝都のレストランにだってぜんぜん負けてないっ!」
「………」
興奮して話しかけてくるエリシャに、私は笑顔のまま口を閉じました。
「実にその通りですね、エリシャ殿。白身魚のパイ包み焼きもよいお味です。我が国の料理人に真似してもらいたいなぁ」
反対側のフィルも余計な合いの手を入れます。
──仕方ない。
話題を変えましょう。
「それから歌劇も大流行しているんですよ。歌ももちろんすばらしいのですが、歌姫が身に着ける最先端のドレスが見逃せなくって……」
「あ、そうそう! あの話題になったドレスの仕立て屋さんってシルバスティン出身なんだって。こっちに本店があるらしいから、時間があったら一緒に見に行こうね! ふふふっ」
「………」
無邪気に腕を絡ませてくるエリシャに殺意を感じながら、次の話題を探します。
と、正面でクスリと笑い声がしました。
幼い当主がこちらを見て笑みをこぼしています。
「とっても仲よしなんですね。お二人は」
淡い粉雪のように無垢な笑顔で言われ、私は思わず言葉を呑み込んでいました。
……そうですね。
別に、回りくどいことなどしなくとも。
「……………何より」
肩の力を抜き、私は再び紳士淑女たちを見渡して言いました。
「シルバスティンには立派なご当主様がすでにいらっしゃいます。私の出る幕などありません」
そう言って首を垂れると、周囲が黙り込むのがわかります。
やはりこうするのが手っ取り早い。
そもそも叔母の考えがおかしいことに気がつかないわけが──
「けほっ」
そのとき、小さく咳込む音がしました。
続いてひゅぅぅぅと笛のような音。
「?」
顔を上げると、ティルトが小さな体をくの字に折り曲げて咳込んでいました。彼の手からカトラリーがこぼれ、床に落ちて甲高い音をたてます。
それを見たニーナがさっと立ち上がり、
「ティルトを部屋に! 侍医を呼びなさい!」
鋭く叫ぶと、入口の脇から乳母がすっ飛んできました。ゴホゴホと苦しそうに咳込むティルトを抱き上げて連れていきます。ばたばたと走り回る音。そして侍医を呼ぶために廊下で鈴が鳴り響きます。
やがて音がやむと、ニーナは大きくため息をついて腰を下ろしました。
エリシャがはっとしたように身を乗り出します。
「ティルト様は?」
「心配しないで。いつものことです」
落ち着き払って答えながらも、叔母の顔は青白くなっています。
「でも……!」
「これで少しはわかったでしょう」
エリシャの声をさえぎり、ニーナはぴたりと私を見据えました。
「私たちはね、フラウ。皇室分家として多くを望んでいるわけではありません。望んでいるのはただ──『安定』」
冷たく光る《白銀》の瞳。
母と同じ瞳。
「そのために、私たちにはあなたが必要なの」
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