第54話 ヒロインが原作のラストを教えてくれるそうです




「……で」



 見渡す限りどこまでも続く金色の平原。

 輝く麦穂に囲まれた道を、コトコトと馬車が進んでいきます。



「どうしてあなたがいるのかしら?」



 正面に腰掛けている少女に向かって、私はため息交じりに呟きました。

 彼女はまばゆい笑みを浮かべ、



「そんなの決まってるじゃない!」



 熱っぽく叫びます。



「フラウちゃんの居る場所なら何時だって、何処だって! ついていくって決めてるんだから!」


「それって何の呪いですか」


「呪い⁉ これは紛れもなく愛よ!」


「……そもそも。カトリアーヌ候はどうやって説得したの?」



 淡々とした私の問いに、紫髪の超絶美少女はぷくーっと頬を膨らませました。

 この物語世界のヒロイン。麗しき《紫苑》の侯爵令嬢。

 そして、私と同じ異世界転生者。



「フラウちゃんってば相変わらずつれないんだから……。パパにはちゃんとお許しをいただいてきたわよ。親友と一緒に旅行にいかせてくれなかったら、もう一生口きいてあげないって言ったの。即OKだったわ」


「………」


「あ、打算はあると思うけどねー。パパって商人気質だから」



 エリシャは屈託なく笑って紫の瞳を輝かせます。

 カトリアーヌ家は帝国随一の資産家ですが、その資産のほとんどは現当主であるエリシャの父が稼いだものです。すぐれた経営者であり、芸術家を支援するパトロンであり、おまけに愛妻家のイケオジ。原作でもなかなか人気だったようですね。



「フラウちゃんって今や時の人じゃない? ユリアス様の婚約者ってだけじゃなく、《白銀》の当主としてヘッドハンティングされかけてて、おまけに隣の国の王女様なんだもの! お付き合いして損はないってパパは思ってるはずよ。私はもちろんそういう打算抜きで、ただただフラウちゃんと一緒に──」


「あなたは知っていたのですよね」



 語り続けるエリシャをさえぎり、私は鋭く問いました。



「なんのこと?」


「しらばくれるのであれば絶交しますよ」


「っ‼」



 途端、エリシャが泣きそうな顔になります。



「ごぇんなさい……そんなこと言わないで……!」



 本気で泣き出しそうな彼女に、だんだん頭が痛くなってきます。



「私がフォルセインの王女だと知っていたのでしょう?」


「うん……」


「なぜ黙っていたの?」


「ネタバレしちゃ悪いかなと思って……」


「もう一度牢獄に入りたいようですね」


「ごごごごめんなさいってば! フラウちゃんの初見の反応が知りたかったからついっ……! もう絶対しません!」



 手を組み合わせて拝み倒すエリシャ。

 はあ、まったく。

 手に負えないとはこのことです。



「でもどうして私が知ってるって……?」


「戦争の話をしていたでしょう」


「あ」



 ぽけっと呟く彼女に、私は幾度目かのため息をつきます。



「あなたの話していた『隣国との戦争』とは、アストレアとフォルセインの争いですね?」


「うん、そうそう!」



 この世界の原作『アストレア帝国記』。

 私が読んだのはその最新刊の途中までですが、帝国と王国が事を構える気配はまったくありませんでした。まあ、元は甘々な宮廷ロマンス小説ですし。

 それが戦争などという血なまぐさい急展開を迎えるとすれば、メインキャラの誰かが王国関係者である可能性が高い。

 つまり──

 ただ一人残っている悪役キャラの『私』が。



「ほぇー。フラウちゃんさっすが」


「感心していないで、今度こそ洗いざらい知っていることを話しなさい」


「う、うん。ノイン様が処刑されて、リオンきゅんも自殺しちゃって。そのあと──」


「ええ」


「フラウちゃんは、とある騎士に導かれてフォルセイン王国に亡命するの。その騎士に自分が王族であることを告げられて。復讐に燃えるフラウちゃんは、王室に偽情報をばら撒いて、帝国との戦争を引き起こすのよ」


「!」 



 それは初見で読みたかったな……と考えてしまい、慌てて咳払いします。



「持っている情報はそれですべて?」


「うん、だいたい全部かな! ラストで私とユリアス様が愛を誓いあって、二人手を取り合ってフラウちゃん率いる王国との全面戦争に突入する感じ」



 ラストはどうでもいい内容ですが、とにかく前世で読まなかった部分が明らかになったわけですね。

 さて、どういたしましょうか。

 お兄様の処刑回避こそが私の至上命題。

 それと同時に、お兄様との平和な生活についても考えてゆかねばなりません。王国とはやはり距離を置いたほうがよさそうですね。

 あのフィルという騎士のことを思い出しながら、私は静かに思考を巡らせました。



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