第20話 新居
「おぉおおお! ここがあたし達の新しい愛の巣!?」
部屋の真ん中で両手を広げると、演劇部みたいな大袈裟な演技で真白は言った。
鍛冶スキルを取って半月程が経っていた。
あれから程なくして一層に見切りをつけ、今は二層で狩りをしている。
因縁の二層にチャレンジするのは怖かったけど、俺達はしっかり反省したので、前回のような危ない目に合う事はなかった。探知スキルを駆使し、漫画を買いつつちゃんと新しいスキルにも投資して、ポーションのような道具を使う事も覚えた。危なくなったら無理せず撤退し、調子の悪い時はしっかり休んだり、のんびり採掘したり採取したりして小金を稼いでいる。
あれ以来、俺達はすっかり共同作業の楽しさにハマっていた。加えて俺は生産スキルの楽しさにも目覚めてしまい、さらに錬金術と薬草学のスキルを学んでいる。薬草学があれば、野外やダンジョンに生えている有用な薬草やキノコなんかを見分けられる。そのまま売ってもいいが、錬金術でポーションにすればもっと稼げる。
それに、魔法で使う秘薬は錬金術の材料にもなる。魔法ごとに使用する秘薬の種類は決まっているので、物によってはものすごく余ってしまう。まとめて売ってもいいのだが、こちらもポーションにした方が儲かるので、在庫整理のついでにと、そんな考えもあった。
話によれば、戦闘スキル一本で食べている冒険者はあまり多くないらしい。なにかしら生産系のスキルを取って、副業にしているとの事だ。
最初はお金もなかったし、後々の事を考えてあれこれ無駄なスキルを取るのは躊躇ってていたけど、どうやら俺達には成長ボーナスがあるようだし、才能の限界に達したら不要なスキルの熟練度を下げればいいだけなので、気楽に取ってしまう事にした。
そんな風に考えられるようになったのも、真白が沢山鉱石を掘ってくれて、それをインゴットに変えて売る事で収入が安定したからだろう。
生産系のギルドでも冒険者ギルドのような依頼書を張り出していて、例えば鍛冶ギルドでは、インゴットは勿論、武具や素材の納品クエストなんかを扱っている。これは生産者を支援し育成する目的もあるようで、例えばインゴットなんかは常設の納品クエストになっている。
ある程度まとまった量を納品する必要はあるけど、買い取り額とは別に報酬を上乗せして貰える。まだ手を出していないが、生産系のギルドにはお金を払って時間ごとに借りられるレンタルの作業場があるので、いつか真白の武具を作る為に、そこでスキル上げをしたいと思っている。
作った道具や武具は、実用に足るクオリティーならそのままギルドに納品出来るので、無駄にはならない。そういう仕組みだから、この世界の武器や防具の値段はそこまで高くないのだろう。真白の使っているロングソードも恐らく、どこかの駆け出し鍛冶師がスキル上げの為に造った物だろうから、真白が俺の作った装備を使う日は、案外遠くないのかもしれない。
そんなこんなで、ガブリン窟の二層を安定して攻略出来るようになり、複数の稼ぎ口を得た俺達は、ちょっと生活に余裕が出たので、いい加減貧乏冒険者向けの物置小屋を卒業する事にした。
あそこはあくまで冒険者ギルドが好意で用意している施設だし、狭くて臭くて壁も薄々だから、俺達がイチャイチャしていると同じように部屋を借りている冒険者の皆さんに迷惑が掛かってしまう。
楽しくお喋りしてるだけでも、時々壁ドンされるし、会話が駄々洩れなので、冒険者ギルドで会った時に冷やかされたりする。いつの間にか俺達は、ゴリゴンさん級の名物バカップル冒険者みたいな扱いを受けているのだ。
そんなわけで、予算と相談して借りた部屋がここだった。
冒険者向けの集合住宅で、宿屋というよりマンションに近い。というか、貧乏アパートか? 風呂なんか当然ないし、相変わらずトイレは共用、キッチンも共用である。前の建物は共用のキッチンすらなかったけど。
部屋の広さは五倍以上。これも、この部屋が大きいんじゃなく、前の部屋が異常に狭かっただけ。その分家賃も五倍になったけど、今の俺達なら払えない額じゃない。ものすごくいい部屋というわけではないけど、そんなに悪い部屋でもない。駆け出しにしては贅沢をしている方だと思う。壁の厚さで選んだので、ここなら多少イチャイチャしても壁ドンされる事はないだろう。
「大袈裟な奴だな。一回下見しただろ?」
浮かれる真白に、クールぶって俺は言う。でも、内心じゃ真白と同じくらい浮かれていた。二人だけの愛の巣。なんていい響きなんだ……。手を取り合ってスキップしたいくらいだ。そんな事したらバカにされるからしないけど。
「そうだけど、二人で頑張った成果だって思ったら感動するじゃん? 前の部屋、狭すぎて寝返りも打てなかったし、プライバシーゼロだったし。なんかやっと落ち着けるな~って」
ダブルベッドに大の字になり、その広さを満喫するように転がる真白。確かに、前の部屋のベッドは狭かった。一人用なんだから当たり前だけど。真白には言ってないけど、寝相が悪くて蹴りだされた事は一度や二度じゃない……。
真白は前衛で、解体や採掘もやっている。とにかく毎日が重労働の肉体労働だ。あんな狭いベッドじゃ、ろくに身体も休まらなかっただろう。そう思うと、申し訳ない気持ちになってくる。
「……ごめんな、苦労かけちゃって」
「もぉ! 刹那ってばすぐ辛気臭い顔する! 折角いい気分なんだから、そういうのなしなし!」
「ご、ごめん」
その通りだ。すぐに後ろ向きな事を考えてしまうのは俺の悪い所。それに比べて、真白はいつも前向きで、太陽みたいに明るい。文字通り、俺の心を照らしてくれる太陽なのだ。
「でも、折角広いのにベッドだけじゃ寂しいね」
「まぁ、敷物くらいは欲しいよな」
木造のワンルームにベッドが一つ。部屋はまぁまぁ広いけど、床板は剥き出し。
壁の厚い部屋は家賃が高い。俺達に手が出せる条件で探したら、家具なしになってしまった。ベッドがあるだけマシなのだろうが。
「大きなカーペット敷いてさ、部屋の中だけでも靴脱げるようにしない? 一日中履きっぱだと足痛くなっちゃうし。……あんまり言いたくないけど、戦士用の靴ってごついから、ずっと履いてると蒸れて臭くなっちゃうと思うし……」
恥ずかしそうにもじもじしながら真白は言う。戦士の真白と魔法使いの俺とじゃ装備がまるで違う。俺はちょっと丈夫な布の靴だけど、真白はごつい革のブーツだ。冒険者は沢山歩くから足が疲れる。それに俺も日本人だから、部屋の中では靴を脱いで楽になりたい。
靴や足の臭いは……。まぁ、気づいてはいたけど、仕方ない事だと思ってあえて触れないでいた。革のブーツなんかそうそう洗える物でもないし、前の部屋は狭いから、臭いがこもるのは仕方ない。俺は変態じゃないけど、それが真白の臭いなら、どんな臭いだって愛せるし。
でも、真白は女の子だから、そういうのは絶対に嫌だと思う。折角錬金術を覚えたんだし、臭い消しとか作れないだろうか……。
「それいいな。評価レベルが12になるまではもう暫くかかりそうだし。家具とか色々揃えちゃってもいいんじゃないか?」
二層を攻略して、俺達の評価レベルは現在6だ。多分、もうすぐ7に上がるんじゃないかと思う。二層の推奨評価レベルは5なので、そこであげられるのは7までだ。
三層が7で、最下層の四層が10になる。推奨レベルぴったりだと余裕がないので、苦戦すると言われている。四層で問題なく戦えるようにようになっている頃には、評価レベルは12になっている事だろう。
今の所はとんとん拍子で上がっているけど、低レベル帯は評価レベルが上がりやすいと聞いている。成長ボーナスのお陰で、俺達は期待のルーキーみたいな目で見られているけど、ここから先はもう少し時間がかかると思う。ガブリン窟自体、適正レベルで臨むなら、本来は四人パーティーくらいが推奨なのだそうだ。
旅に出るという目標は忘れていないけど、その為に焦って命を失ったら元も子もない。その事は俺も真白も痛い程学んだので、焦らず腰を落ち着けてマイペースにやっていくつもりだ。
「それじゃ、また頑張ってお金稼がなきゃね! 立派な家具じゃなくてもいいけど、買ったら結構するんだろうし」
俺の言葉に張り切って真白は言う。漫画を買ったり、スキルを覚えたり、この部屋の保証金を払ったり……。あとはまぁ、普通に無駄遣いをしてしまったりで、あまり貯えはないのだった。
「別に店で買う必要はないんじゃないか?」
「え?」
キョトンとする真白に、俺は告げる。
「折角便利なスキルが沢山あるんだ。ガブリン窟にばっかり通ってるのも経験にならないしさ。他の依頼に挑戦するついでに、素材を集めて自分達で家具を作るってのはどうだ?」
答えなんか、聞くまでもなく分かっていたけど。
「いいねそれ! 最高じゃん!」
大きな瞳を宝石みたいに輝かせて真白が叫ぶ。
最高なのはお前の笑顔だよ。
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