七十話「真の暴力」


 シュートは中里の脚を縛っているロープを切って自由にさせる。それでも彼がシュートから逃げられることなど億が一にもあり得ないという状況は変わらない。


 「ついでにこいつにも、地獄をまた味わってもらうから」

 「み、三ツ木……!?あ、あああああ……!?」


 シュートから敵意と暴力の気配を察した中里は、以前の出来事を脳裏によぎらせて、怯えはじめる。



 彼は先日雅史から、シュートに復讐して彼を徹底的に潰す計画を、病室で聞いていた。

 中里は自分の父が凄い力を有していることをよく知っていた。力といっても主に経済的な力とそれによる大企業の会長としての権力と権威のことを指す。当然荒事の方でも強いことは知っていた。都内最大勢力の暴力団と裏で繋がっていることから、中里雅史は誰が相手であろうと様々な力をはたらかせることが出来る。中里はそれをよく分かっていた。

 だからこそそんな父・雅史が自分の仇を討ってやると言ってくれた時、ざまぁみろと思った。彼が動いてくれるなら三ツ木柊人など簡単に潰してくれるだろう、と信じて疑わなかった。いくら強いといっても、暴力団や警備隊全てを相手に敵うはずが無いと、思い込んでいた。

 しかし、ついさっき突然自分の病室に現れた自分の仇…三ツ木柊人を目にした途端、それはとんだ思い上がりだったということを、中里優太は骨の髄まで思い知らされるのだった……。




 「今さらだけど、久しぶりだな中里。具合は……見れば分かるか。まだ治りかけってところか。まだ繋がってない骨がいくつかあって、内臓も完治していないみたいだ。

 それより、お前はもう聞いたか?お前が通っている学校のこと。俺を虐めたお前や後原たちも世間から非難されまくってるよな?お前らは人間のクズだって」

 「………っ」


 嫌味たっぷりに話しかけるシュートに対しても、中里は憤るどころではなかった。シュートの強さがどれ程のものか骨の髄に染みるくらいまで理解している彼は、自分がいつ殺されてもおかしくない立場に晒されていることを自覚していた。


 「分かるか?お前はもう人生終わったんだよ。下らない虐めを一つ二つ犯したことで、全国の誰かさんたちからにも、お前が最低な人間…クズだって認定されたんだよ」


 わざとゆっくり近づいてくるシュート。中里のそんなシュートに対する恐怖指数が一秒ごとに上昇していく。


 「“俺は大企業の会長の息子だから、テメェがいくら被害を訴えたところで社会的地位の高い俺の方が信用される。俺の言葉とお前の言葉、教師どもが信じるのは絶対に俺の方だ” “親父が黙ってねぇぞ。暴力以外でお前を潰すことだってできるんだぞ”―――とかなんとか。

 虐めの間や復讐してる間にお前が俺に言った言葉だ。そこで無様にへたり込んでいるお前のえら~~い親父を笠にして散々偉ぶってたけど。なぁ、今もそれらと同じようなこと、言ってみろよ?

 ほら、俺の偉い親父が黙ってねーぞ、お前を潰す、家族にも危害を加えてやる、みたいなことをさ。ほらっ」


 中里は首を横に振り、ガタガタと体も震わせる。


 「いつもの七光り振りはどうしたよ中里くぅ~ん!?あの時みたいに俺を脅してみろよ、さぁ!さあぁ!!」

 「あ、あああああああああああああああああああ」


 スキル「威嚇」を発動して迫り来るシュートに煽られて、中里はとうとう決壊する。


 「や、止めてくれぇ!?もうお前に歯向かわない!心から反省している!退院した後は、心入れ替えてあんな虐めは一切しないようにするから!あ、あとでお金だってたっっくさんあげるから!好きなだけの言い値でも全部払う!な、何たって俺は大企業の息子だから…!」

 「ぶっは!?親父に頼るとこそこなんだ?俺への慰謝料を払う為に親父を使うんだ?お前、もう終わってんな~~」


 笑いで決壊するシュート。その間も中里は必死に命乞いをしていた。


 「な、なぁ…良いだろ?赦してくれよ!もう十分だろ!?あの日お前は俺に十分なだけの仕返しをしたはずじゃねーか!?」

 「は?

 ――何言ってんのお前何勝手に十分だとか決めつけてんだよお前の判断で俺の復讐を終わらせようとするなって何べん言わせんだこのクソゴミクズ野郎」


 ついさっきまで愉快そうに爆笑していたシュートが一変、全ての感情が消えた日本人形のような顔で冷たい声音でまくし立てた。


 「せっかくだからここでお前とお前の仲間の連中への今後の復讐プランを教えといてやるよ。

 今年の秋か冬にはお前らは全員、退院できるくらいに体が回復してると思う。そのタイミングを狙って、お前らにはまた、あの日の復讐劇と同じ目に遭ってもらう。徹底的に壊してまた病院のベッドで寝たきりになってもらう。しばらく経ってまた退院したまた同じように壊す……その繰り返しだ!」

 「な、なんだよ………それ、そんなの、俺一生……………」

 「そうだ!お前みたいな人間のクズはなぁ、一生外に出るべきじゃねぇ!死ぬまでずっと病院のベッドで過ごしてろカス!!」

 「い、嫌だ……!そんな人生、嫌だぁ!!」

 「というわけで早速、お前をまたぶっ壊す!!恨むなら、馬鹿なことをしたお前自身と、お前の親父を恨むんだな。俺の両親を解雇させて俺のところに反社の連中を寄越して潰そうとまでしやがったんだ。このクソ会長に地獄を見せる為にも、お前にはまた地獄に落ちてもらう―――」


 メキ、メキャ……ッ


 そうして、中里優太を壊すショーが再び始まった。両脚を踵で踏み砕かれた中里の口から絶叫が漏れ出る。


 「ああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ お、お願いだ!もう許してくれぇ!父さん、助けてぇ!!」

 「止せ!止めろ!止めてくれぇ!!私が悪かったぁ!!優太をこれ以上痛めつけるのは、止めてくれぇええ!!」


 中里の体が壊れる音と彼の断末魔を聞いて血の気がすっかり失った様子の中里会長は、動かない足を引きずって愛しの息子へ寄ろうとする。


 「三ツ木柊人、私が悪かった!全ての責任は私がとる、とらせてくれ!!だからこれ以上、優太に手を出さないでくれ………」


 シュートは必死に謝罪する中里会長を一瞥すると、ニヤァと口を三日月の形に歪めて嗤い、中里の人体の破壊を続けるのだった。


 「言ったろ、これはお前とこいつに対する復讐だって。それにさっきお前にはチャンスをやったろ?お前はそれを拒否したじゃねーか。今さら“やっぱ無し”が通るかよ」

 「―――――」


 中里会長の頭の中が真っ白になってしまう。目の前にいる見た目が青少年の彼がまるで、謝罪が通じない相手…人語が通じない怪物のように見えた。


 「だっっ誰か、たずげでぇえええ゛え゛え゛え゛え゛………っっ」

 (こんな化け物、どうすれば止められるというのだ………)


 中里の絶叫と中里会長の内なる叫びが重なって響いた。


 ―――

 ――――

 ―――――


 数分後、床には中里優太の血とが散らばっていた。彼の手足の指と骨は全てあらぬ方向に曲げられており、開放性骨折が数か所、そして顔の皮が半分程めくれて繊維が剥き出しになっていた。


 「………………(ピク、ピク………)」


 中里の意識はとうに途絶えており、虫の息となっていた。その過程を間近で見させられ続けていた中里会長は絶望に打ちひしがれている。


 「これでまたしばらく、お前が病院のベッドで過ごす日が延びたな。次は半年後か、それとも一年後か。とりあえずお前への復讐はこれで終わりだ。お疲れさん」


 中里優太への復讐を終えたシュートは、虫を見る目を中里会長に向ける。


 「言っとくけど、お前への復讐はまだ続いてるから。お前にはもっと、俺の力を知ってもらうから。次の土産を今すぐ持ってくるから、待ってろ」

 「は………?」


 シュートの思わぬ発言に中里会長は間が抜けた声を漏らす。その真意を問う間もなくシュートはどこかへワープしていった。

 数分後、シュートはまた誰かを連れて部屋に戻ってくる。今度は二人連れてきた。



 「あ、パパだー?」「は?え……?どうして一瞬で別荘に!?」

 「~~~~~!?!?」


 その二人を目にした中里会長は、またも表情を凍り付かせてしまう。シュートが次に連れてきた二人はまたも中里家の者だった。

 一人は雅史の第二子であり中里優太の弟でもある男の子と。もう一人は雅史の本妻である女性である。二人とも困惑したまま部屋へ入らされる。


 「ひ、ぃ………!?」


 床に倒れている中里を目にした中里妻は顔を蒼白にして後ずさる。彼女はこれが中里であることにまだ気付いていない。まだ5才である男の子の方は状況が全く分かっておらず、周りを興味深そうにきょろきょろ見ている。


 「そんな…どうして、どうやって二人を一瞬でここへ………!?」

 「教えない。とにかく俺にはそうするだけの力があるってことだけ分かってりゃ良いんだよ」


 そう答えるシュートは、炎を出した手を二人の方に向ける。


 「さっきも言った通り、お前への復讐方法は、お前が大切にしているものを壊すってことに決めた。

 さあさあ!今度はどっちから、あいつと同じ目に遭ってもらおうかな~~?」


 中里優太を指差して嗤うシュートの狂気を感じ取った中里妻は、恐怖のあまりにへたり込む。男の子はそんな自分の母を不思議そうに見つめる。


 「お、お前は何なんだぁ!?なぜこんな酷い真似をぉ!?」


 いくら謝罪と制止の言葉を叫んでもシュートを止めさせられないことを悟った中里会長は、ヤケを起こして叫ぶしかなかった。


 「は?何が酷い真似だ、クソ会長。強い権力があれば何をしても良いと思ってんだろ?だからお前はおれの親父と母さんを解雇させた、だから中里優太は俺を理不尽に虐めてたんじゃねーか」


 中里妻を電撃の魔術で痺れさせて体の自由を利かなくさせて、その首筋を浅く切って血を咲かせる。彼女の口から掠れた悲鳴が漏れ出る。


 「お前もあの七光り野郎なかざとゆうたも、バレなければ何をやっても構わないと思ってたんだろ?弱い奴は何されても仕方ないと思ってたんだろ?

 じゃあ俺も、弱いうえに心底クズなお前らに対して、何したって構わねーよなぁ?これはそういう話だろ?」


 「う……あああああ」

 

 中里会長はようやく、シュートの力を思い知った。

 それは、自分や自分の上に位置する者の権力などではとうていどうにもならない程の、異次元過ぎるものだった。

 こんな化け物の相手など誰も手に負えない。そして何よりも、圧倒的過ぎる「暴力」。


 (そうか………これが、)


 この時中里会長は、「暴力」というものを真の意味で理解した。自分がこれまで何度も目にしてきた暴力行為がいかに生温く児戯なものだったか。


 (これが、これこそが、真の「暴力」というものか…。これは……権力でどうこうなどの次元を、とうに超えている……)


 中里会長は心から、シュートに屈服してしまう。そうするしかなくなった。


 (仮に警察に突き出したとしても、この男がその力を振るう以上、この男を閉じ込める塀などどこにもあるまい…。この男をどうにかしようものなら軍隊を要するレベルだ。いや、それすら通用するかどうか……っ)


 恐らく、シュートの力を心から理解した現実世界の人間は、この中里雅史が初めてであろう。


 (警察でも……いや、国家ですら、この暴力には屈するしかないだろう……っっ)


 極めに極めた真の暴力というものは、国家にも対抗し得るのだろうと、中里会長は漠然とそう予感した。

 一方のシュートもまた、暴力というものに色々考えを浮かばせていた。


 (暴力こそがこの世を治める真の力、純粋な力……)


 頭を使わなくていい分、暴力とは実に人を簡単に支配出来る手段である。それをシュートは何となく気付き始めている。


 (俺の生活を邪魔する奴らは排除してしまえばいいんだ。それを簡単にやってのけるだけの力が、俺にはある。だったら迷わず使えばいい。俺の為に。俺が害されない日々を送り続けられる人生にする為に…!)


 実際に国の経済を主に支えている程の力を持つ大企業の会長ですら、ただの暴力で破滅寸前まで追い込んでいる。そのことがシュートをさらに増長させる。


 「そもそも、お前が俺に喧嘩を売ったからこうなってんだろうが。俺の方からは別に何もする気はなかったのに。まぁ虐めの件で親としてお前にはそれなりの報いを受けてもらおうとは思ってたけど。

 とにかく今回はお前の完全な自業自得だ。まぁ俺としてはいい余興だったけど。結果的にお前のそんな顔を見ることができたし、こっちの溜飲は下がったよ」


 生かすも殺すも自由……彼らの生殺与奪の権利が自分に全て握られていると実感したシュートは、改めて中里会長に自分の要望を飲ませようと決める。

 

 「というわけで、特別にもう一度だけ、お前とお前の家族がこれ以上酷い目に遭わずに済むチャンスをやるよ。交渉の余地をやろう」


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