十六話「僕から俺へ」


 シュートの体が急成長した原因は単純なことに、異世界でモンスターや傭兵たちとの戦闘を経て力をつけたからである。大きな力を得て実力のレベルが上がったことが、肉体の成長にも大きく反映されたのだ。しかも短期間で急激に大きな力を得たものだから、肉体もそれに合わせて急激な成長を遂げたということになる。

 よって、今のシュートの見た目は高校生~大学生(17~19才)の青少年となり、とても中学生とは思えない姿へと変わっている。


 「顔は……何とか以前までの自分の面影があるな。背も伸びちゃったし、誰も僕だってすぐには気付かないんじゃないかな」


 親父や母さんだって……と消え入る声で呟いた。ここ最近シュートに対する関心が薄い彼の両親でさえもすぐには気付かないだろうな、とシュートは自嘲気味に笑った。

 今日の朝も一人で朝食を済ませる。今日は日曜日で学校も普通に休みの日。世間全体も休日がほとんどだが、シュートの両親は今日も会社で泊まりとなっており、今日も自宅には不在だった。

 突然の急成長にまだ理解が追い付いていない為、今日も両親が帰ってこないことを幸いに思いつつ、今度彼らが帰ってきた時に彼らはどう反応するのかと少しは気になるシュートだった。


 「今日が日曜日で、学校の登校日は明日……。今の時点でも、あのクズどもを十分に壊せるくらいの力はあるけど、まだもう少し成長が欲しい。出来ることをもっと増やしたい。そうすればもっと、あのクズどもを苦しめられるだろうから……!」


 頭の中では中里たち虐めグループに地獄の苦痛を与えているイメージを浮かべて、シュートは鷹のように鋭くなった目をぎらつかせて笑う。自分の妄想を実現させるには、今の実力ではまだ足りないと実感して、今日も異世界へ転移することを決意する。


 「………少し、異世界について整理してみようかな」


 白紙のノートを出してそこにシュート自身が現時点で知っている異世界のことをまとめたのだった。



――異世界について――

・異世界に行く方法は、自宅の地下室にある謎の黒い渦巻きの中へい入ること。*渦巻きの中はカオスな空間だけど、害は無い。

・黒い渦巻きによる異世界の転移先は、毎回ランダム地点となっていて、行き先は予測できない。

・異世界とこっちの世界とでは文明が全く異なっていて、おそらく異世界には日本のような国は存在しない。

・異世界にはこっちの世界には存在しないモンスター(ゴブリン、スライム、赤黒い狼など)が存在していて、どれも危険な生物だ。気を抜いてたら殺されるかも。

・異世界で色んなアクションをしていると何故か「スキル」がいつの間にか備わっていることになる。(走り続けてたら足がとても速くなってたり、殴りまくってたら格闘術ができるようになってたり、武器を振り回してたら剣術ができるようになってたりなど)

・上記のスキルについて、体得する条件はたくさんあるらしく、異世界で色んなアクションをしてみるべき。

・異世界でどれだけの時間を過ごしても、こっちの世界の時間は転移する前とほとんど変わっていない。

・逆にこっちの世界でどれだけの時間が過ぎても、異世界の時間は変わらない…かもしれない(もっと調査してみる)

・異世界からこっちの世界に帰る方法も黒い渦巻きに入ればいい。今のところは自宅に必ず転移するようになっている。

・異世界で入手したアイテムをこっちの世界へ持ち帰ることはできない。持ち帰っても全て消失してしまう。なので手に入れたアイテムや装備品は異世界のどこかに保存しないといけない。

・異世界には傭兵というものがあるらしく、それになればある程度稼げるらしい。

・モンスターから剥ぎ取れる鉱石は「怪鉱石」といって、異世界で使える金銭に換金できる。

・異世界には電気やガスが無いようだ。でも魔術を上手く使えばそれらが使えるかもしれない。

・異世界で強くなった事実は、こっちの世界にも反映される。だからこっちの世界でも強いままでいられる。

・同じように、異世界で力をつけた分、体の成長にも反映される。けれど体の急な成長は一度限りかもしれない。

・どうして自宅から異世界へ行けるようになったのかは全く分からない。他のどこかかにも、異世界へ行ける黒い渦巻きが存在しているのどうかも分からない。



 「………こんなところ、かな」


 知っていること・理解していることを一通り書き終えたシュートは、それら改めて確認して記憶に刻み込んだ。


 「レアアイテムをリュックに入れたまま帰るのはよそう。あと昨日はまだ着なかったから大丈夫だったけど、向こうで作った装備服を着たままここに帰ったら、服まで消えちゃうことになるだろうから、気をつけないと」


 注意しておくべきことを口に出して自分に言い聞かせたところで、地下室に移動する。


 「明日の学校の為に、次を最後にしばらくは異世界へ行くことを控えようかな。こっちの世界での明日からはこっちの世界で異世界の力を使いたいから」


 パンッとシュートは自分の頬を叩いて、マインドセットを行った――



 「僕は………いや、“俺”はこの力で今まで俺を酷い目に遭わせた奴らに復讐する。

 そしてこれからはこの力で俺の思い通りにやってやるんだ!」



 シュートは今までの弱くて無力な「僕」から、強大な力を有し気も傲慢で強くなった「俺」へと、「強い自分」を形成した。体が大きく変わったことをきっかけに、中身も大きく変えようという心機一転のことだった。


 「よし、行こう―――」


 そして三度目となる異世界転移をしたのだった。


―――

――――

―――――


 転移した先は偶然にもトッド村の近辺だった。転移の影響で時間が進んでいない為空にはまだ夜空が広がっている。村の人々は就寝しているところである。


 「そういえば、この村でしばらく用心棒しないといけないんだった。早速足踏みすることになるのか」


 このまま村の家に戻っても眠れないだろうと思い、シュートは村の外へ出る。朝には戻れば良いと考えて、異世界の夜探索を始めることにしたのだった。

 星があるお陰である程度の明るさがあるとはいえ暗くて視界が悪い。そこでシュートは炎魔術で火を灯し続けることで視界を明るくさせた。

 はじめのうちは視界が良くなって快適に探索が出来ていたのだが、魔術を使用し続けていたことが原因でシュートの体力が消耗してしまっていた。


 「マラソンしているみたいだ……(ぜえ、ぜえ)あまり長く使うのはまだ無理……」


 明かりを諦めて再び暗い草原を進むこと十数分、シュートは以前にも来たことがある森へと入っていた。中はさらに暗くなっており、これ以上奥へ進むのを断念した。

 森を引き返す途中で、シュートが望んでいたモンスターとの戦闘がおとずれる。敵はゴブリンの群れだが、その中に他のゴブリンとは異なる個体がいた。


 「あの大きめなサイズのゴブリンが、ホブゴブリン…ゴブリンの上位モンスターか」


 ホブゴブリンはゴブリン4~5匹分の力があって知能もそこそこある。同じホブゴブリン2~3匹か、今のようにゴブリンを複数率いて行動するモンスターである。ホブゴブリンの手にはやや錆びた剣を装備しており、シュートを目にするや剣を向けて殺気を放ってきた。


 「よし。この急成長した体で初めての戦闘だ!」


 新しい武器を手にしてはしゃぐような気持ちで、シュートも剣を武器にホブゴブリンに立ち向かう。ホブゴブリンの一振りをあえて躱さずに剣で対抗する。力は既にシュートが僅かに上回っており、競り勝ってホブゴブリンのバランスを崩させる。


 「っらあ!!」


 ズバンッッ


 ホブゴブリンの胸から腹にかけて一太刀をくらわせると、その胴体がきれいに分断されて、ホブゴブリンは絶命した。


 「すっご……剣が昨日よりも軽く感じるし、力も増した気がする…!」


 ホブゴブリンもブラッドウルフと同じくらいの実力があり、中級レベルの戦士一人でも一撃で仕留めるのは難しいとされている。それをやってのけたシュートの実力は既に上級の戦士と同等となっている。

 群れのリーダーが殺されて浮足立ったゴブリンたちを瞬く間に全滅させて素材を回収して、森を出ようとしたシュートだが、後方から新たな敵の気配を感じ取った。


 「なんだろう……強いのが来る、気がする…」


 直後、木の枝をバキバキと折る音がして、重量ある足音も聞こえてくる。段々シュートに近づいてくるそのモンスターは……


 「………!」


 ホブゴブリンよりもさらに大きな個体の化け物だった。






*進行状況としては、序盤の後半部分

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