十話「武器が欲しいな」


 初めて異世界へ転移して帰還し、復讐を誓った、その翌朝。勤め先の社宅で宿泊している為今日も両親が不在の食卓で朝食を済ませたシュートは、再び異世界へ移ることに。彼にとってあの世界はまだ知らないことで満ちている。改めて異世界での探索を決意した。


 「それに、もう少し力をつけておきたい。どんな事態にも力づくで全部ひっくり返せるくらいに……」


 異世界への好奇心もあるが、復讐の為でもあった。シュートは現実世界でゲーム主人公のように無双したいと考えている。漫画で描かれる地上最強の生物(人間)のように、力で何でもやってみせたいと考えているのだ。男子なら誰でも一度は夢見たことを、シュートはそのうち実現させてやろうと企んでいる。


 「楽しみだ……!」


 新たな目標を立てて、未来への期待を膨らませたシュートは、昨夜と同じリュック(中身も前回と同じ)を装備して地下室へ降りる。そこにはやはり昨夜と同じくして黒い渦巻きが存在していた。音も微かだが聞こえる。

 両親が帰ってきた時、二人ともこれに気付いたらどう説明しようか、とシュートは面倒ごとになりそうだなと思い少し気落ちする。

 気を取り直して渦巻きの中へ入って進む。数秒後には昨日と同じ異世界の街の路地裏に移動している。そう思っていたシュートだったが……


 「………あれ?路地裏、じゃない?」


 渦巻きの出口の先は、路地裏でも街のどこでもなくて、だだっ広い草原のど真ん中となっていた。しかもどこへ進んでも最初の街が見えることはなかった。


 「えぇ……自宅からこの異世界に来る時って、初期位置がランダムになってるってこと……?」


 もしそうなのだとすると、うっかり恐ろしく強いモンスターの巣窟に転移する可能性があると想像し、絶対に止めてほしいと懇願するシュートだった。


 「そうなることを想定して、異世界への頻繁な出入りは控えて、あとそれなりに強くなっておかないとな。

 つーか、昨日と同じまだ夜じゃねーか」


 草原を照らすのは陽の光ではなく月の光だった。空は星空となっており、夜風が肌寒く感じられる。


 「そういえば、現実世界で一日経ったら、この異世界での経過時間はどれくらいになってるんだろう?今度調べてみよう」


 異世界でのやることを決めると早速探索を始めることに。しばらくしてモンスターに遭遇する。昨日のゴブリンとは異なり、四足形態の赤い犬のようなモンスターが3匹、シュートを取り囲んだ。


 「赤い犬だから……レッドドッグ、っていうのかな?ゴブリンより強いのかこいつら?」


 勝手に名前を付けて(このモンスターの識別名は実際にレッドドッグだ)、戦闘を始めるシュート。


 ―――

 ――――

 ―――――


 「ゴブリンと同じかそれ以下の、雑魚モンスターだったな」


 シュートはレッドドッグの血で汚れた両手を拭う(武器が無かったので全部素手で殴り殺した)ってからナイフで剥ぎ取りにかかる。スキル「解体」でモンスターは一瞬で素材と魔石と化した。


 「あ。新しいスキル……“識別” モンスターの名前が分かるようになる、か」


 新しいスキルをまた体得。レベルアップした気分のシュートは上機嫌である。

 引き続き草原の探索を続けるとまたモンスターに遭遇した。今度の見た目は動物ですらなく、球体の形をした水色の物体だった。


 「えーと……スライム、か。ゲームとほとんど同じ見た目だな――」


 呑気に対象をまじまじと見つめていたところに、スライムは突如透明色の液体をシュート目がけて吐き出してきた。シュートは声を上げて咄嗟にそれを避けると、彼がさっきまでいた地面に液体が付着するとジュウッと焼けるような音がして煙が発生した。


 「げぇ!?これって触れちゃダメなやつか?なんて危ないスライムだ!」


 シュートの判断は正しかった。もし今の液体を避けずに触れていたら、服はもちろん、シュートの肉をも溶かしていたことだろう。スライムが吐く液体は溶解性を含んでおり、うかつにスライムの中に触れると溶かされてしまう危険なモンスターだ。

 スライムはシュートに近づくと、彼を飲み込もうとその球体をパックマンのように開いた。これを見たシュートは慌てて飛び退いて回避する。反撃しようと拳を振りかざしたところでさっきの溶解液が頭をよぎって引っ込める。


 「ぶん殴っちまったら、僕の手が無くなりそうだ……」


 想像してゾッとしたシュートはスライムとの戦闘を諦めて逃走を選んだ。スライムの動きは鈍く、あっという間に撒くことに成功した。



 「武器が欲しいな。さっきのスライムみたいに、素手だと危ないモンスターと戦うには、剣とか槍とかが欲しい」


 シュートの装備には未だに武器が無い。せいぜい剥ぎ取り用のナイフしか無い状態だ。異世界でモンスターと戦うのなら剣と魔法といった武器が使いたいと、男子中学生…中二病真っ只中の年頃であるシュートはそう強く望んでいた。


 長く続いていた草原から丘に変わり、下った先に村を発見したシュート。立て看板を見るも異世界の文字である以上読むことが出来ない。探索の休憩がてら村の散策もしてみようと思ったシュートは村を訪ねることにした。

 村は、数十の木造家屋が立ち並んでおり、馬宿も見られる。少し奥には畑が広がっており、水路や井戸もいくつか見られる。これだけ見ると海外の辺境村に来た、という印象をシュートは抱いた。


 「あれ、この村の人じゃないですよね?行商人の方でしょうか?」


 村に入って少し奥へ進んだシュートに、十代くらいの女性の声がかかった。シュートが声があった方に顔を向けると、赤い髪の女性が彼に近づいてきた。近くで見た彼女の装いは、上は軽装で下は茶色のロングスカートとなっており、背丈はシュートとあまり変わらない。


 「………(何て言ってるのか分からない)」


 女性が何を言っているのか、シュートにはさっぱりだった。異世界の言語にまだ触れていなかった為、シュートに予想外の形でのピンチが訪れた。しかしそれはほんの少しの間で、女性が話しているのを何度か聞いたところで新しいスキルの気付きが生じた。


 (“全言語理解”……おお、これであの人が何言ってるのか分かったりするか?)

 

 「……あれ?背が私と同じくらい。君って未成年?」


 シュートの予想通り、さっきまでさっぱりだった女性の言葉が、日本語のように全て理解出来るようになっていた。


 「まぁ……そうですけど」


 害が無さそうな年上の人間には敬語で話すことにしているシュートは、少し小さな声で応じる。


 「もう一度聞くけど、君ってこの村…トッド村の子じゃないよね?どこから来たの?」

 「えーと、………(何て言おうか?日本の〇〇市から来ましたって言って通じるのか?)」


 返答に窮してしまい黙っていると村の女性は何かを察したのかさらに優しげに話しかける。


 「もしかして……迷ってここまで来ちゃったのかな?大丈夫?モンスターに襲われたりしなかった?」

 「あー、まぁ……怪我とかしてないんで、平気です」


 当たり障りのない返答をするシュートは、目の前にいる女性に少し緊張していた。彼女の見た目は上の中といった評価の美人顔であり、薄着の服の下からは大きめの胸の形が見える。彼女いない歴=年齢のシュートにとってはやや浮足立つほどの刺激だった。

 しかし同時に、目の前の女性を警戒もしているシュート。クラスメイトの板倉の件を教訓にしており、こういった感じの異性には裏があると思い込むようにしている。


 「よかったらこの村案内してあげるよ?その後で君がどこから来たのか教えてもらえば、村の人と一緒に帰してあげられるよ」

 「じゃあ、まぁ……お願いします」

 「うん!あ、私の名前はサニィっていうの。君は?」

 「………シュートです」


 本名を隠してあだ名で名乗ったシュートに、サニィは満足そうに頷くと彼を連れて、トッド村の案内を始めたのだった。






*現代ファンタジー部門:週間ランキング10位・日間ランキング4位

総合部門:週間ランキング59位・日間ランキング34位(2022.4.29)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る