七話「帰ってきた……俺ん家に」


 全滅させたゴブリンの死骸の一つを目にして、シュートはふと思い出した。モンスターの討伐の後は、素材の剥ぎ取りだろう、と。

 なのでシュートは早速リュックの中からナイフを取り出して、ゴブリンの死骸を解剖してみたのだった。


 「ゲームみたいに、殺したら素材に変化したり何かアイテムを落とすとかにはならないんだな。自分で解剖して剥ぎ取るしか……おぇっ!こいつの血ってやっぱ臭ぇ!」


 ゴブリンの解剖・素材の剥ぎ取りに苦戦すること十数分、ある程度の素材…ゴブリンの角を入手した。同時に赤い小さな石も全てのゴブリンから回収した。


 「これっていわゆる魔石ってやつか?これも換金アイテムだったりして」


 そう予想して剥ぎ取った物を全てリュックに回収した。さらにスキルを体得する「気付き」も生じた。


 「えーと…スキル“解体” か。次からはもっと楽に剥ぎ取りができるってやつかな」


 スキルを体得する度にシュートはこの世界がやっぱりゲームの中のようだと、つくづく思うのだった。


 この世界にも夜が訪れようとしたところで、シュートに困ったことが起きた。


 「………帰るには、どうすれば…………」


 この世界で寝泊まりする場所が無い。モンスターの素材があるからそれらを換金出来るが、初心者向けモンスターであろうゴブリンの素材の価値などたかが知れている。一泊するにも苦労するだろう、とシュートはネガティブな予想をする。

 実際はゴブリン五匹分の素材もあれば一泊どころか三泊は出来るのだが、この世界に来たばかりのシュートには知る由もなかった。

 そういうわけで泊まる伝手が無い以上、自宅に帰りたいと思うシュートだが、そうするにはいったいどうすればいいのかと悩んでいた。


 「というか、森の中で迷ってるんだよなぁ……」


 辺り一面樹木で、さらに夜になったことで視界も悪くなっている。遭難したと言って良い状況だった。来た道を引き返そうと思うも、ゴブリンたちからデタラメに逃げたりその群れと何度も戦ってきたせいで方角が分からなくなっている。こんなことならコンパスも持ってくるんだったと後悔するシュート。

 非常食と水を摂りつつあちこちを走り回って、どうにか森からの脱出口を探しているうちに、新たなスキルを体得した。


 「“空間転移術” だって……?」


 ここにきて今までのとはグレードが違うスキルが現れた。どういうスキルなのか思考したところ、「空間転移術」とは自身や対象のものを異空間へ転移させることができ、さらに一度行ったことがある場所へ瞬時に転移することも出来る、というものだった。


 「ワープ機能ってやつか。またゲームっぽい要素が出たな…。それに、このスキルも何というか、最初から持ってたのにそれを今まで忘れていたみたいで……」


 まるで最初からそれが備わっていたかのようで、自分のことながら気味悪く思うシュートだった。気を取り直して早速新しいスキルで遭難問題を解決しにかかることに。


 「行ったことがある場所へ転移するには、その場所を特徴づける何かを思い描かないといけない、か…。この場合はやっぱり、あの黒い渦巻きを思い出せば良いんだな」


 やり方を理解すると頭の中であの黒い渦巻きを表した状態で、「空間転移術」を発動した。


 ―――

 ――――

 ―――――


 視界が白黒となった時間はほんの一瞬で、まばたきが終わった頃には森の中から見覚えのある場所へと移っていた。最初にいた街の路地裏である。そしてシュートの目の前には、あの黒い渦巻きが妙な音を立てて存在していた。


「ワープした、ことになってんだ……」


 無事に遭難から脱したことに安堵するシュートは、次々と起こる超現象にあてられて心身ともに疲労していた。とにかく家に帰りたいと思い、迷うことなく渦巻きの中へ入っていった。


 「また、ここに来ることはできるのだろうか……」


 異世界の街の光景をしっかり見てから、異空間の方へ目を向けて進んで行った。


「ところで、元のところに帰れるんだろうな?自宅からここに来たみたいに、ここから家に移動できるんだよな?」


 この先がまた知らない場所へ繋がっていたらどうしよう、とシュートは不安に思ったが、それは杞憂に終わる。中を進んでから数秒で、見覚えのある場所へと戻ってきた。


 「帰ってきた……俺ん家に」


 黒い渦巻きから出てきた先は、自宅の地下室だった。父親が保管している資料がいくつもあることからここが自宅であることを確信するシュート。


 「夢……じゃないんだな」


 後ろを見ると謎の黒い渦巻きは未だに地下室に存在している。この中に入って進むとまたあの異世界に行けるのだろうかと思案するシュートだが、今日はもう止めておこうと判断した。


 「汗だくだ……シャワー浴びよ。つーか今は何時だ?親父と母さん帰ってるのかな」


 もし二人とも帰ってたとしたら、特に親父は勝手に地下室に入ったことを怒るだろうな、とシュートはうんざりしながら階段を上がって様子を見る。両親は帰っておらず、それどころかまだ夜時間であった。


 「向こうの世界は昼から夜まで過ごしてたから、こっちはもう朝になってると思うんだけど……」


 そう疑問に思って自分の部屋にある電波時計を見てギョッとする。


 「時間が、ほとんど進んでいない……!?」


 時刻は午後10時過ぎ。これはシュートが地下室から初めて黒い渦巻きの中へ入ったのと同じ時間だった。異世界での時間経過が現実世界にほとんど反映されないということを、シュートは後に理解することになる。

 異世界で1秒、1時間、1日、1年過ごそうと、どれも現実世界での時間経過は等しく数秒程度でしかないということも、後に気付くのだった。


 シャワーで汗を流して体を綺麗にしてから、リュックの中を取り出して今日の異世界で得た成果を確認しようとしたシュートだったが……


 「え?あれ??ゴブリンの角とか魔石みたいなのが、無い……!?」


 リュックの中のどこを探しても、初めての戦闘での戦利品が何一つ消えて無くなっていたのだ。ワープの途中で落としたのかなと推測するも自分で否定する。戦利品全てをリュックの底にしまっておいたことを覚えている以上、落っことした可能性は無い。


 「ここに戻ってくると、アイテム全部消える、とか……?」


 シュートのその推測は正しかった。異世界で得た物は全て、元の世界へ帰った瞬間消失するようになっているのだ。せっかく苦労して剥ぎ取ったのに、とがっかりするシュートだった。


 「………また夕飯にするか。いや夜食、かな」


 この世界の中だと夕飯を食べてからまだ一時間しか経っていないことになるのだが、実際のシュートは半日近くもの間カロリーバーを数本しか食べていない。空腹なのは当たり前だ。なので財布を持って外出、コンビニで何か買うことにした。


 お小遣いが無駄に減るなぁと思いながらコンビニを見つけたのだが、その入り口付近で数人の学生らしき男たちがたむろしているのを見つけてしまう。彼らの背丈からして全員男子高校生であると見える。そんな彼らはどれも髪を染めていたりピアスをいくつもしていたり、派手な柄のシャツをきていたりと、誰が見ても不良高校生であるとわかる形をしていた。実際彼らは不良集団である。

 シュートと不良集団との距離はまだ50m程度あるがそれでも彼らの大きな話し声が聞こえてくる。夜時間でしかも店前だというのに迷惑極まりない行為をしているのは確かだが、誰も彼らに注意しようとすることはなかった。コンビニの店員ですら知らないふりを通している。面倒事を避けようとしているのは明らかだ。


 「………ちっ、社会のクズどもが」


 不良たちに聞こえない声量でそう愚痴りながら、さっさと買い物を済ませて立ち去ろうと先を急ぐシュートだったが、そうはいかなかった。


 「おいお前、いくら持ってる?俺たちにちょっと恵んでくんなーい?」


 不良の一人が、シュートにそう言って絡んできた。

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