第5-4話 勇者様と俺、蠢く陰謀を無自覚にぶっ壊す

「フェルから貰った地図によると……75階層までは客室で、それより下が博物館らしい」


「彼女の大叔父のコレクションがあるならそこだな」

「よし、さっさと降りるぞ」


「は~いっ!」


 わふんっ!


 ライン王国から1か月ほどかけて”絶海の泪”に到着した俺たちは、アドバタイズ号の船員たちと協力しベースキャンプを設営すると、さっそくダンジョンの探索を開始していた。


 島の真ん中には槍のようにとがった特徴的な岩山がそびえており、中腹からは何本もの角が生えている。

 なるほど……比べてみるとフェルが住まう魔王城と似た意匠である。


 フェルから貰ったパンフレットには、展望台やプールがあることが書かれている。

 ダンジョンの中には何に使うのか分からない行き止まりの高台や池があったりするものだが、本来はリゾート施設なのかもしれない。


 長年の疑問が氷解した俺は気分よく”絶海の泪”の入り口……パンフレットには「わくわくエントランスゾーン」との記載がある……をくぐる。


「ねえラン、そーいえばなんとかっていう勇者候補のひとがサポートに入ってくれるんだよね?」

「姿が見えないけど、どこに行ったのかな?」


「さーな? 話ではダンジョンの中に野営ポイントなどを設営してくれるらしいが……あまり期待せずに行こう」


 どうやら向こうは俺たちを一方的にライバル視しているらしい。

 こちらとしては時間稼ぎが出来ればいいので、勇者候補同士で競い合うつもりは毛頭ないのだが。


 連中に【魔王特攻】のついた武具を取られる事だけは避ける必要がある。

 俺たちにはフェルから貰った詳細な地図があるので、迷うことは無い。


 一応注意だけはしておくか……俺は念のため背後を確認した後”従業員用エレベーター”がある方角へ向かうのだった。



 ***  ***


「なぜヤツ等は道がわかる!?

 新型の探査魔法を使っているのか!?」


「ぼ、坊ちゃん、お静かに……気づかれますぞ!」


「坊ちゃんというな!」


 ”絶海の泪”に入った途端、迷う様子もなく奥へ進んでいく勇者ルクア一行。


 連中の後をつけ、宝物を横取りしてやる。

 事故に見せかけ始末できれば最高だ。


 そう企む貴族勇者レナードはさっそく出ばなをくじかれていた。

 無数の冒険者たちが挑み、何度となく跳ね返され来た巨大ダンジョンである。

 連中も道に迷い、攻略に苦戦するに違いない。


 そこでオレサマが”攻略支援”を装い、能力弱体化効果がある秘薬を混ぜた回復アイテムを手渡す。

 自分たちも気づかないうちにステータスを下げた奴らは、財宝を守るボスモンスターと相打ちになりオレサマが漁夫の利を得る、という完ぺきな計画である。


「くそっ! 連中が攻略に苦戦してくれないとオレサマの素晴らしい計画が……!」


 勇者ルクアたちはなぜかダンジョンのメインルートを外れると第5階層の端にある小部屋に入っていく。


「なんだ……あれは”エレベーター”か?」


 古いダンジョンにたまに見られるギミックである。

 なるほど……大賢者ウルテイマあたりから過去の記録を教えてもらっていたのだろう。


 レナードはそう判断すると、勇者ルクアたちが乗って下に降りたエレベーターの床が戻ってくるのを待つ。


「……よし、行くぞお前達!」


 ヤツ等には気付かれていない。

 ザマゾン商会に大金を積んで仕入れたSSランクのアイテム、霧隠の腕輪の効力は絶大である。


 レナードは意気揚々とエレベーターが設置された小部屋に足を踏み入れたのだが。


『……管理者の承認なき進入者を確認』

『排除します』


「……なに?」


 無機質な魔法音声が響いたと思うと。


 バチインッ!


「う、うぎゃあああああっ!?」


「ぼ、坊っちゃ~~んっ」


 部屋の四方から放たれた電撃がレナードを黒焦げにしたのであった。



 ***  ***


「ん? なんか変な音が聞こえない?

 オーガーに踏んづけられたワームの悲鳴みたいな……」


「どういう例えだよ……俺には聞こえないぞ」


 ”従業員用エレベーター”に乗り、一気に第76階層まで降りて来た俺達。

 何か異変に気付いたのか、妙な事を言い出すルクア。


 姉さんに似て地獄耳だからな、コイツ。

 相変わらずな幼馴染の様子を見て少しだけ懐かしくなる俺。


「それより、先を急ぐぞ」


 わんわん!


 俺たちの目的は、中盤イベントの成果として適当な伝説の武具を見繕う事と、本当にヤバイ対魔王武器を他の勇者候補に先駆けて回収する事である。


「あっ、ラン! 待ってってば~!」


 なおも興味深げに壁に掘られた彫刻などを触っていたルクアだったが、流石に高難度ダンジョンの中で置いて行かれるのはマズいと思ったのだろう。

 慌てて俺たちの後を追おうとする。


 ガッ!


 振り向いた瞬間、背中に背負った聖槍ゲイボルグの柄が床のくぼみに引っかかりバランスを崩すルクア。


「……って、ふぎゃっ!?」


 べしゃっ!


 盛大にすっころんだルクアの背中から、すぽ~んと聖槍ゲイボルグがすっぽ抜ける。


「まったく……なにをやってるんだか」


「はううぅ……」


 不格好に床に伸びたルクアの右手を取って助け起こしてやる。

 勇者候補として大きく成長したのに、ドジなのは変わらないな……。


 子供の頃、冒険者として頭角を現していた姉さんの後を二人でこっそりついて行ったことを思い出す。

 そん時にもコイツはこうして転んでたっけ。


 悪ガキ二人の大冒険に困った笑顔を浮かべた姉さん。

 ひとしきり叱られた後、お腹をすかせた俺たちに姉さんが振舞ってくれた冒険食が異様にマズかった事を思い出す。


 もう10年近くに前になるか?

 懐かしさに思わず遠い目をした俺だが……。


 ガシャン!


「は?」


「ふえ?」


 わふん?


 背後から響いた、何かが壊れるような音に慌てて振り返る。

 しまった……ルクアの背中から飛び出した聖槍ゲイボルグの事を忘れていた。

 ジェネリック品とはいえ、それなりの攻撃力を持つ武具である。

 ヘンな事にならなければいいが……。


 振り返った俺の目に映ったのは、展示室の天井に突き刺さり、照明魔法が掛けられていたオーブを粉々にした聖槍ゲイボルグの姿だった。


 ズオオオオオッ

 砕けたオーブから、得体のしれない瘴気のようなものが立ち上る。


「くっ……」


 俺は身構えると天井を睨みつける。

 フェルの話では、盗難防止のために様々なトラップがこのフロアには仕掛けられているらしい。


 この攻撃?に反応してソイツが発動することも考えられるが……。


「…………ふぅ」


 緊張の数秒間が過ぎ、何も起きないことを確認した俺は大きく息を吐く。


「はうっ! 設備を壊しちゃった……フェルちゃんから怒られないよね?」


「ま、フォローはしてやるが……弁償する場合はお前の小遣いから天引きな」


「ぎゃ~っ!?」


 俺はルクアとじゃれ合いながら、今だ人類が到達したことのない”絶海の泪”の最深部へ足を進めるのだった。



 ***  ***


「このフロアに所蔵されているのは”フレイル”か……正直勇者には人気がないからな」


「だよね~。 トゲトゲ棍棒を持って戦うとかカッコ悪いもん」


「攻撃力は高いんだけどな」


 フレイルとは樫の棒の先端などに鎖で巨大な棘付きの鉄球などを結び付けた武器である。

 初心者にも扱いやすいし、打撃力も高くエンチャント魔法も掛けやすい。


 唯一の欠点はオーガーが振り回していそうなビジュアルである。

 民衆はカッコいい勇者を求めるので、スポンサー筋も剣や槍を使うことを求める……ルクアのサポートで勇者稼業に関わってみて初めて気づいた世の中の真理である。


 魔王を倒すため、王様から渡されたわずかな初期資金と装備だけを頼りに努力を重ねて世界を救う……そんな古き良き勇者は伝記の中にしか存在しないのである。


 思わずセンチメンタルになった俺は、攻撃力が特に高いフレイルを2つほど回収した後、次のフロアへ向かった。



 ***  ***


「お、おおおおお……」


「ぼ、坊っちゃ~ん」


 ランジットたちが次のフロアに向かった数十分後、ボロボロに焦げたレナード一行がやって来た。

 トラップに引っかかり、致死量の電撃を浴びたレナードだったが、念のため所持していた身代わりペンダントに命を救われたのだ。

 ちなみにこのペンダント、彼が乗ってきた船と同じくらいの値段がする。


「く、くそっ……なんとか伝説の武具を手に入れるのだ……オレサマが主人公になれるくらいの」


 切り札となる超レアアイテムを失ったレナード。

 また借金が増えたことに頭を痛める暇もなく、執念で奥へと進む。


 じゃりっ


 這うようにたどり着いた部屋の中には、たくさんの武器が安置されている。

 おそらく、宝物庫の一つだろう。


「フレイルだと?」

「こ、高貴な帝国勇者であるオレサマにはふさわしく……な……い?」


 ダンジョンの壁に飾られている不格好な武器たちに顔をしかめるレナード。

 だが、彼の目は壁の一点に釘付けとなる。


「坊っちゃん?」


 柄が黒いことを除けば何の変哲もないフレイル。

 とても伝説級の武具には見えないのだが……。


「ふ、ふふふ……これ、これだぁ!」


 ズオッ!


 フレイルの柄を掴んだレナードの右腕から、黒い波動が立ち上る。

 何かに魅入られたように彼の瞳が一瞬赤く輝いた。

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