錦の向こうに

夏目綾

第1話

“虹の向こうの空は青く、信じた夢はすべて現実のものとなる”という。

じゃあ、錦の向こうの空には何があるの?

それは、ただ薄暗い闇が広がり生暖かい空気が漂っているだけだった。



私は熊谷くまがいはる。28歳。独身。

関東出身だけど京都の大学を卒業。そのまま京都の企業に就職。

そして何もなく今に至る。

彼氏はいたけれど二年前に別れてそれきり一人。

就職した企業はそれなりに一流。

貯金だってこの歳にしてはある方。

容姿だっていい方・・・だと勝手に思っている。

だけど、なにか足りない・・・。

それは彼氏がいないせいじゃない。何かが足りない別の何かが。

そんな日々を過ごして今日も独り虚しく帰路に着く。


就職した企業は厳密に言うと京都市ではなく隣の市で、自分の住んでいるワンルームマンションまで市営地下鉄に乗って数分。

そこからまたにJRに乗り継ぐといった具合だ。

今日は会社帰りに何を思ったのかなんとなく、繁華街で地下鉄をわざと降りて歩いてみた。

そう、ただの思いつきで。


しかし、京都の繁華街の夜は早い。

まだそんなに時間は遅くないというのに真っ暗。

私は、ちょうどその繁華街の真ん中を突っ切る通りの錦市場に入ってみた。

朝はあんなに観光客で賑わっているというのに、この錦市場の薄暗いといったことはない。六月特有の生暖かい気温が相まって最悪だ。


あきらかに歩く道を失敗した。


昔、テレビで錦市場が頻繁に流され、一度は行っては見たいものだと幼心に思ったものだったけれど、実際行ってみれば大したことはない。

ただの長い市場。そして夜は何もないただの薄暗い道だ。

私は仕方がないと、となりの筋に入った。

するとそこには小さな美容院や服飾店が連なっていて、言うまでもなくそこもすべて閉店していた。


ただ、向こうの方にぼんやりと明かりが見える。町屋風の建物だ。

近寄ってみると看板が出ていて、メニューが書かれている。

メニュー内容から察するにイタリアンレストランのようである。最近京都でよく見る町家を改造した・・・いわいる女子が大好きお洒落町家レストラン。

格子の窓の隙間から中を伺いみようと思ったとき、店の扉が開いてひとりの女性が出てきた。

目の覚めるような金髪で鼻筋の通った容姿端麗な女性である。余りにも整った顔をしているで、どこぞの雑誌モデルかと思ったほどだ。

女性は料理人の格好をしているので、およそここの店員なのだろう。休憩中なのかスマホを触っていた。

あまり見すぎたのか、私の視線に気づき、女性は無愛想にこう言った。


「まだ店はあいていますので、どうぞ。」


「あ、いや・・・ただ、ちょっとメニューを見ていただけで。」

そう答えた私を今度は女性がじっと見る。

なんだろう、そう思って見返しているとなんだか記憶のそこに引っかかるものがある。

ちょとまて、この人・・・たしか。

そして次の瞬間、二人共きづくと指をさしあっていた。


「熊谷!!」

「神戸!!」


よくよく見ると、高校時代の同級生、神戸麻央かんべまおであった。


「嘘?こんな偶然あるの?あの神戸よね?陸上部の。」


神戸は高校時代クラスも一緒であったが、クラブも同じ陸上部に所属しており、よく知った顔だった。グループが違ったのであまり話したことはなかったけれど。

ただ、やはりその容姿ゆえに話題の的にはなっていたので今でも顔はしっかりと覚えていた。


「えぇ、偶然。何?こんなところで何してんの?」

「いや、仕事の帰り。見ての通りOL、ただの社畜だよ。なんとなく帰り道変えて歩いてたらこうなった。それより神戸こそどうしたのよ。その格好からして、ここで働いてるの?」

すると神戸はバツの悪そうな顔をして、ため息混じりで答えた。

「その通り。高校出てから、専門学校行って料理人になって。今に至る。」

「へぇ、神戸が料理人にねぇ。けど、京都に来ていたなんて!!すごい偶然!!」

「京都はいろいろ勉強になるレストラン多いし・・・。」

「そっかそっか・・・。はは・・・本当に偶然過ぎて笑える。」

高校時代はまともに話したことがなかった相手だったが、不思議と今は話しやすく感じて馴れ馴れしく話してしまった。

孤独な毎日の中で昔の馴染みにあったかからだろうか。

「なんか、食べてく?」

気を使って神戸がそう言ってくれたが、仕事の邪魔をしそうなくらい話し込みそうな気がしたので、遠慮をしておいた。


「いや、神戸に会えてよかったよ。またね。」

そう言って私は神戸と別れた。

そのあと私はなんだかテンションが高くなって、酔ったような足取りで帰路に着いた。


こういうこともあるなら寄り道も悪くはない。

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