第15話「二十五歳児」
◇ ◇ ◇
お兄ちゃんと別れてから、三時間後。夕方前と言った所か。
俺とナナマキさんは、北東を目指して砂漠を横断している。
「あっ、ナナマキさん。今日は通り道に宿が無ぇから野宿にするぜ」
「カカカァ……ギュキキッ!」
「いやぁ~、あの村に行ったら……フレンダちゃんはどうしたって、おっさんに殴られるだろぉ?」
俺達が走る道程は、数日前に通った道程と同じである。
ナナマキさんが疑問に思った通り、来る時に通った村が通り道にはあるが……俺はちょっとした意地で彼女と別れてしまい、顔を出しづらかった。
「シュクコココ……」
「そう呆れないでくれよぉ。男の子の意地って奴さ」
「クコココァ……」
「次ね。次可愛い娘ちゃん居たら、落として見せるから」
「ギチチァ」
疑われちまったな。
テヘペロっと舌を出すと、ナナマキさんが呆れた様に頭を下げる。
俺はこれ以上は藪蛇になると思い、口を閉じて周囲を見渡した。
相変わらずチンケな大陸だ。
燦々と照らす太陽で熱された、吹き抜ける風が俺のマントを揺らす度にイラだつ。
見えるのは波の様に流線を描く砂丘。泥が固まった岩石。
遠目に怪獣が見える時もあるが……まだ首都に近い所為か、巨大怪獣は見えない。
この過酷な砂漠という環境では、巨大怪獣なんて滅多に居ないか。
まだまだ目的地は遠い。地平線の遙か彼方。そこから更に遙か彼方にある。
俺一人では辿り着けない過酷な旅だ。
必然的にナナマキさんには、負担をかけてしまう。
「ナナマキさん、本当に重く無い? 大丈夫?」
「カカカァァア、カカカギャッ!」
「そう、それなら良かった……俺は大丈夫だぜ。ナナマキさんが心配なだけさ」
街で補給を行う前提とは言え、ナナマキさんに積載した荷物は多い。
食料から装備品。
これから向かう森林地帯の大陸。森界の風土病への薬。
こっちの大陸では使わない装備品も、向こうでは必需品になる事は間違い無い。
お兄ちゃんが積んでくれた装備品は、双方の大陸で併用出来る装備品ばかりだったが……それでも中型の怪獣では、脚を痛める重量になっている。
「さぁって、もう少しでこの大陸も抜けれるぜ。それまで頑張ってくれよ」
「クコココ……ギャァ」
ナナマキさんから、頑張るのはお前だろって言われちまった。
「まぁな……人間に乾燥はやっぱつれぇよ」
「カカアァ……」
「まぁ後半戦はナナマキさんの方が辛ぇんだ。ここでへこたれはしねぇさ」
二週間もあれば、砂漠地帯から隣の大陸との中間地点。草原地帯に入る。
それまでは怪獣への警戒は良い……問題は自然現象だ。
怪獣が少ないというのは、それ相応の理由がある。
怪獣という生命体でさえ、生きるのには辛い環境である証拠だった。
そしてその辛さが、俺達にも襲い掛かってくる。
「ギャギチチィッ!」
ガタァン! 一瞬の浮遊感。
次いで来る、全身にかかる衝撃!
「何だァっ!?」
ナナマキさんが突然落下する。
匍匐移動中だぞ!?
「ぐ、ォオ、オ!オ!」
地鳴りが響く。
河のせせらぎを更に細やかに、規模を大きくした様な揺れが続く。
ナナマキさんの安否確認に、俺は手綱と足踏みで応えた。
彼女が俺の合図に従って、全身を駆動する。
俺の第六感から神経に。神経から手綱に。手綱から彼女の全身に。
百二十本の全ての節足が、俺と混ざり合う感覚。
恐らくは二秒にも満たない時間だろうが、十分過ぎる。
高層建築物が崩壊する音が、砂漠に響き渡ると共に着地……成功。
「シュギャカカカカッ!」
「あったぼうよ!」
完璧な着地だと褒められるも、着地によって砂塵が宙を舞っている。
周囲が見えない……何が起きたんだ?
チッチッチッチと舌打ちを何度もしながら、俺はナナマキさんの頭部を撫でる。
落ち着こう。自然環境は冷静さと思い切りが大事だ。
俺の予想通り、砂塵が落ち着くのには時間はかからなかった。
「……成程ねぇ」
「ギチチアァ」
流砂だ。
水分などを含んだ砂が、土中で空洞を作っていたのだろう。
その上を走った俺達は、まんまと超特大の落とし穴にハマった訳だ。
俺は改めてグルリと見渡す……参ったなこりゃ。
「あらら……ほぼ入り切っちゃってるね」
「シュカカカァ……」
すり鉢の様に地面が陥落しており、その直径は二十メートルに届かない。
ナナマキさんは三十メートルだが……運悪く尻尾寸前まで巻き込まれていた。
頭部だけなら、かま首をもたげて脱出出来るんだが……困ったな。
「シュクコココッ!!」
「あっ、あっ、あっ! マズイ、マズイってナナマキさん」
ナナマキさんが、無理矢理抜け出そうとする。
尻尾を地面に叩きつけたり、後半身をふんばる……が余計に流砂にハマるだけだ。
「アリジゴク型の怪獣じゃなくて良かったぜ、本当によ」
騎乗席から立ち上がると、もう一度ゆっくり周囲を確認する。
スリ鉢状の流砂に、体の九割が巻き込まれており抜け出す事は出来ない。
同行者がいれば、ロープで引っ張って貰う事も考えたが……今は無理だ。
又は大地や地盤があるなら、楔付きのロープでも投げて脱出するんだけどな。
生憎とも周囲は、砂漠だけで突き刺さる筈が無い。
こりゃ正攻法じゃ無理だな。
「……あれっきゃ無いなぁ」
「クコココァ……」
「心配してくれてありがとう。でもしょうが無いって」
俺は装備品を確認する。
頭部のライダーグラスを付けて、マントは外す。
体の各所にある鉈やら金やらを、流砂の範囲外へと投げ飛ばしたら準備完了だ。
「さって……頼むぜ、相棒!」
「ギャクココァ」
「謝るなって。何度もやってる事だろ?」
ナナマキさんは心配性である。
俺の事を未だに、手のかかる二十歳児だと思っていそうだ。
俺が手綱に口づけをして頷くと、ナナマキさんも頷いた。
同時に彼女の体から、ミチミチと鈍く肉が絞まる音がする。
筋肉が凝縮し、タメを作る音だ。
「ギャァアアアアアッ!!」
先程とは真逆。上へ。空へと俺は投げ飛ばされた!
浮上感さえ越えて、上空に飛ばされた俺の内臓に潰れる様な圧迫感がかかる!
「う、ぐぇっ!」
宙空に投げ飛ばされた俺が、まずするのは視界下の確認。
時間は無い。既に落下は始まっている。
空中では体勢を整えられない以上、後は受け身のタイミングを間違えないだけだ。
首を抱えて、胴体全体で着地する……頭や末端から着地したら死ぬっ!
「HIII!! HHAAAAッッ!!」
だからたまらないっ!
意識が加速して脳汁が溢れ出し、全身が燃えたぎる死の予感。
着陸、衝撃、受け身を取っても体が十数回は回転した。
「……はぁあああっ、グルービーッ!」
起き上がると、着地地点には幾つか穴が抉れている。
人間が寝転んだらすっぽり入る位の穴だ。
凄まじい衝撃だったのだろう……だが俺は生きている。
「おぉ~い、ナナマキさぁん。回収するぜぇ~」
「ギャカカカッ!」
「イェーイ! HOOッ! だから言っただろ、大丈夫だって」
俺が指を掲げると、ナナマキさんの肉体が末端から旋風へと変わっていく。
旋風は俺の左手の薬指へと凝縮されていき……クォ―ツの宝石へと変わった!
誰かに心を開いた怪獣だけが行う事の出来る、『魔石化(マナチェンジ)』である。
家さえ吹き飛びそうな風圧だというのに、俺の指が砕けないから不思議だ。
何にせよナナマキさんの背中にある大量の荷物毎、魔石化したのでもう大丈夫。
俺が彼女を魔石から解き放てば、また旅に出れるのだが……。
「……あん?」
悲鳴が聞こえる。更に同じ方向から、ナニカがもがく音。
流砂の中からだ。
人の言語を話してやがる上に、声には聞き覚えがあった。
「きゃぁあああっ!! ちょっとっ、何これぇ!?」
「……オスガキ?」
俺が流砂の中に顔を出すと、そこには……。
首都で俺をボコボコに殴りやがったオスガキが、流砂に飲まれて足掻いてやがった。
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