syringa vulgaris ⑥

 冷たい夜のしじまに、呑み込まれることもあるでしょう。悲しみに拉がれて、もしもあなたが心と言葉を失ったとしても――


 私はあなたを導きます。夜々煌々と照らします。あなたの道の、しるべとなるのは私です。あなたの見える、ただ一つの光となりましょう――



 歌が聞こえる。取り囲む群集の中の誰かが楽器を奏でていた。懐かしいリュートの調べ。少女の胸中に望郷の念が込み上げてくる。母の手を握りながら聴いた冒険譚、英雄譚などのミンストレルソング(吟遊詩人の唄)。心躍らせた記憶が蘇る。


 敗国の少女は歌っていた。声には出さないが、その曲に合わせて心の中で歌っていた。口には雑巾のような布切れが突っ込まれていた。その布は、まだら模様に赤黒く染まっていた。少女は舌を噛んだのだ。しかし死ねなかった。そのような状況の中、歌っていた。



 少女は衣服をまとっていなかった。全て剥ぎ取られてしまっている。両手と両足を、それぞれ四人の男に掴まれた状態で大地に磔にされていた。腕に火傷のある、上半身裸の男は少女の頭を抑えている。


 両足を掴んでいる男二人が、互いの顔を見合わせると同時に小さく頷いた。直後に二人は少女の足を力いっぱい引っ張った。群集に恥部がよく見えるようにだ。少女は裁判の際にも裸にされていた。そして、ただでさえ薄い陰毛を剃り落とされていた。こうなることが分かっていたからだ。


 猛烈な痛みが少女を襲う。股関節から骨の鳴る音がした。少女は海老のように体をびくんとしならせた。



 少女は目を閉じていた。瞑想するように歌っている。時の流れに身を任せたのだ。後少し、もうすぐ死ねる。現世の苦しみから解放される。その思いでいっぱいだった。



 老若男女、あらゆる人々がこの光景をみていた。年老いた者達は神に祈っていた。不埒な魔女に制裁をと言ったところだ。神はどのような気持ちで、この祈りを聞いているのだろうか。


 女達は醜い罵声を少女に浴びせていた。女性器を指差しながらだ。それは聞くに耐えないくらいに卑猥で下品な言葉の数々だった。どちらが魔女だかわからない下品さだ。


 中にはこの少女と同じくらいの娘をもつ母親だっている。しかし誰もが心から信じていた。相手は魔女。だから、なにをしてもいいと。

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