第20話 時に王国へ

 翌日の土曜日、僕は正門に待機し魔王を待ち伏せした。


 前回は卑怯な手を使われ、危うく停学コースに乗ったけど。


 今度という今度は、お前のいいようにはさせないぞ!!


「おはよう御座います!」

「おはよー」

「おはよう御座います!」

「お、おう」

「おはよう御座います!」


 正門で待ち伏せしているだけでは暇だったので、学校の生徒に挨拶しまくった。


「おはよう御座います!」

「おはようデュラン」

「キリコか、遅かったじゃないか」


 キリコは文化祭開始ギリギリの時間にやって来て、それでも眠たそうにしていた。


「しょうがないでしょ、昨夜は貴方が中々寝かせてくれなかったんじゃない」

「その話はいいから、今日も仮装喫茶頑張れよ」

「はいはい、じゃあね、愛してる、チュ」


 さぁ魔王よ、僕は万事を尽くしたぞ。

 お前はのうのうと文化祭にやって来るのだろう。

 阿呆面引っ提げてねじの緩んだその頭にカレーの味を叩きこんでやる!


 すると、魔王は本当にやって来た。遠くからでもあいつだと判るぐらいの存在感は、今もなお健在か。今日は上下共に黒い召し物で、白いベルトと腕時計が特徴的なスマートな格好をしてやがる。


「お早うデュラン、私を納得させるカレーは用意出来てるか?」

「魔王、今日こそお前の息の根を止めてやる」

「ん? まぁいい、早く件のカレーを食べさせてくれ」

「魔王様ご一名様入りまーす! 皆さん、魔王が我が校の領土に足を踏み入れました、じゅーぶん注意してくださーい!」


 魔王は僕の案内によって、早速二年C組のカレー店へとやって来た。

 僕は魔王にチャールズ氏のカレーを差し出し、匂いを嗅ぐ魔王を注視した。


「……以前よりは悪くなさそうだな」

「よし! なら早速食ってくれ」

「頂きます……――」


 魔王はなんて静かにあの激辛カレーを冷静に味わっているのだ。

 まるでカレーに使われている材料や香辛料を把握するように、丹念に味わっている。

 そして魔王は無言を保ったまま、激辛カレーを完食し切った。


「……惜しいな」

「お、惜しいって?」

「私はこのカレーに足りないものがあると思う、それはアムリタだ」

「アムリタ? なんだそれは」


「アンドロタイトでも貴重な果物の果汁のことだよ、アムリタを飲むと寿命が飛躍的に延びるとされている」


 魔王の説明を受け、なんで宿敵の寿命を延ばす手助けしなきゃいけないんだよと思った。だが結果として、無限ループを脱する条件である魔王のためのカレーは用意出来なかった。


 そしたら僕の周囲を蜃気楼が包み込んで、目が覚めると家の自室に居た。


「日本の漫画は面白いですねぇ~」


 ベットで漫画を読んでいるジーニーに既視感を覚えたあと、日付を確認する。


「……月曜日か」


 文化祭を終点とした起こっていた無限ループは、どうやらループした回数によって日数が減っていく。もしもこのまま魔王を納得させることが出来なかったら、最後はどうなるんだろう?


 でも、その可能性は極めて低い。


 魔王はチャールズ氏のレシピに、もう一手間加えれば満足してくれそうだ。

 確かアンドロタイトにあるアムリタだったな? それを隠し味として入れればいいんだな。


 料理研究家であるチャールズ氏であれば、何か知っているかも知れない。

 今日の放課後、空いた時間を使ってキリコとアンドロタイトに向かうとしよう。


 § § §


 キリコを連れ、学校の屋上にあるマーカーに触り、チャールズ氏の食糧庫にやって来た。先ずキリコは一階に上がり、チャールズ氏に挨拶しに向かった。


「チャールズさん、いるかしら?」

「おお、お前達か。あの後どうなったんだ?」

「ありがとうって感じ、チャールズさんのおかげであと一歩の所まで行けたみたいよ?」

「あと一歩? 一体何が足りなかったというのだ?」


 そこで僕は魔王のことを伏せ、アムリタについて切り出した。


「アムリタですよ、あのカレーにアムリタが隠し味として加わえれば至高の逸品になると思います」


「うーむ、そう来たか。確かに儂も隠し味に何か入れてみるか試行錯誤したが、どれも微妙での。だが、アムリタであればもしかすると合うのかもしれんな。お前達あれから数日しか経ってないのに、よく研究してるの」


 そう言えば魔王はなんでそのことを知っていたのだろう。

 あいつもチャールズさんのように、料理研究家だったのだろうか?

 にしては極悪過ぎるだろ。


 でも、僕は仄かに魔王の手料理を食べてみたい気持ちになった。


 いつか機会があったら、あいつを騙して作らせてみるのも一興かもな。


「それでチャールズさん、アムリタってどこで手に入るんでしょうか?」

「アムリタは、ヒューグラント王国の宝物として時々貢がれてくるらしいが、それ以上の情報は出回ってない」


 く、よりにもよって前世の僕らを散々苦しめたヒューグラント王国か。

 元、王国の第三王女だったキリコを見ると、口をへの字に曲げている。


「あそこに戻るの? そうまでして手に入れなきゃ駄目なの?」

「……大丈夫だよ、僕らは今は日本人だし、偶然立ち寄った旅人ってことにしておけば」


 と、僕の打診に、チャールズ氏は疑問を覚えたようだ。


「本当に何事もなく済むかのう? これは噂程度にしか過ぎない情報なんだが、アンドロタイトを救った大英雄デュランが甦ったらしいとの情報が世界中で出回っているらしいぞ」


 マジで?

 するとキリコがあることが気掛かりだったようで、チャールズ氏に口を開いた。


「ねぇ、今のヒューグラント王国って、誰が一番偉いの?」

「王国の現トップはアイラート様じゃの」

「アイラート? なの?」


 アイラートの名前は僕も知っている。

 前世の時、彼は王位継承権も一番低い所にいたし、何より彼はキリコの前世の弟だ。


「ふーん、アイラートなのね……ねぇデュラン、ちょっとだけ王国に行ってみない?」

「いいけど、僕をデュランって呼ぶのは禁止だからな」

「あ、そうね、今度ばかりは徹底するわ。安心して」


 本当かな? まぁ例えデュランの名前で呼ばれようとも、すっ呆けるさ。


「王国に向かうにはどうすればいいんだっけ?」

「問題はそれよね、あたしもすっかり土地勘失くしちゃってて」


 とすると、やはり頼みはチャールズ氏か。


「儂が案内してやってもいいぞ、話を聞いてて王国に行ってみたくなった」

「ありがとう御座いますチャールズさん、じゃあ出立は明日の」

「今から行かないのか? お前達は急いでいるのだろう?」


 でも、一番早いルートはミサキを呼んでスカラヘッドの移動力を活用するのがベスト。ここはチャールズ氏に明日迎えに来ると言って、一度引き下がった方がいいだろう。


 何はともあれ、僕は一番毛嫌いしていた王国に行くことになった。

 まぁ、いずれこうなるだろうって予感はあったけどさ。

 それにしたって、早くね?



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