第17話 時に分岐

 大都市の料理研究家のチャールズ氏から聞いた限りだと。


「カレーはスパイスが決め手だ、君らの言うレトルトカレーの成分を教えてくれないか?」


 えっと……僕は今までカレーの成分を気にしたことなかった。

 なんとなく、インド辺りの香辛料が混ぜこぜになっているイメージしかない。


 この前テレビで見た限りだと、日本のカレーは相当甘口らしい。


 チャールズ氏に僕の知りうる限りの情報を伝えると、彼の自家製カレーを差し出された。


「なら儂のカレーを食べてみなさい、遠慮はいらないぞ」

「ありがとう御座います、頂きます」


 チャールズ氏が用意したカレーには、ライスやナンが付いてなかった。

 皿に出された濃厚そうなカレーをスプーンですくい、口に運ぶ。


「うん、美味しい……? う、ぉ」


 あ……あばぁああああああああああああ!!


「水、水下さい!」

「おおすまんすまん、辛すぎたか。これを飲みなさい」


 隣に居たキリコも舌を口からさらけ出し、余りの辛さに涙目になっている。


「おじさん、なんてものを食わせるの!」


「はっはっは! その複雑な辛さがいいんじゃないか、水資源が豊富なこの街と、儂のカレーはマッチしてると思わないか?」


 つまり、魔王も相当な辛口で、C組のカレーは甘すぎて歯が浮くような感じだったのだろうか? 魔王の味覚など知りたくもないが、これは挑戦してみる価値あるな。


「チャールズさん、貴方のカレーの材料を教えて頂けませんか?」

「別に構わんが、これは門外不出のレシピだからな? 娘の恩人であるお前達だからこそ教えてやるんだぞ?」


 と、いう感じで、僕達はチャールズ氏のマル秘レシピを授かり。

 後はレシピに載っている材料を入手して地球に帰ろう。


「お前達の地方にない材料もあるだろう、儂のを分けてあげようじゃないか」

「何から何までありがとう御座います!」

「いいのだよ、こと、お前さんがデュランであればこれぐらい当然だ」

「デュランの名前に何か思い入れでもあるんですか?」

「……さ、こっちだ、この家の地下に食糧庫がある、ついて来なさい」


 チャールズ氏の背中について行き、邸宅の地下をまるごと食糧庫に改造された部屋に着いて行った時、事件が起こった。第一目撃者はキリコ、湯煙はあいにく存在しない。


「ねぇデュラン、見て」


 キリコに示唆された場所を見ると、チャールズ氏の地下室に地球への転移マーカーがあった。臙脂色の焔が冷えた室内に保管された食料を淡く照らしているではないか。


「これは、行き先はわからないけど試してみる価値ありそうだな」

「スカラヘッドはどうする?」

「スカラヘッドに帰るよう言ってから、もう一度ここにお邪魔しよう」

「そうしましょう、じゃああたしがスカラヘッドに伝えて来るから、デュランは材料お願いね」


 分担作業って奴だな、了解。

 キリコはチャールズ氏に一旦港に行くと伝え、僕は彼からカレーの材料を渡してもらった。


「あの子は、お前さんの恋人の一人か?」

「え、えぇまぁ」

「さすがはデュランだな、その名前は伊達じゃあないのか」

「……チャールズさん、唐突になんですけど」

「なんだ?」

「時々、貴方の地下室をお借りしてもいいですか?」

「無論だよデュラン、儂も連れに先立たれ、独り身が長いしな」


 おっし、チャールズ氏の了承も得たし、後は地下室のマーカーの転移場所がどこなのか調べて、駅ビル広場よりも便利なら今後はこちらを利用しよう。


「デュラン、スカラヘッドには帰って貰ったわよ、こっちは終わった?」


 キリコが帰って来る頃には材料探しは終わっていた。


 後は文化祭で魔王の舌を唸らせられれば、僕達は無限ループから脱することが出来る……のか? 今にして思えばこれは魔王が口にした天啓だし、確証はないし、何より相手は魔王、嘘を吐いている可能性も大いにある。


 く、この時点で肩を落としそうだ。


「じゃ、じゃあ、僕達はこの辺で失礼します」

「またねチャールズさん」


 チャールズ氏にお別れを告げると、彼は笑みを浮かべていた。


「またおいで、それで、またこの世界を救ってくれデュラン」


 して、チャールズ氏の地下室のマーカーは地球のどこに繋がっていたのかというと。


「……ここってもしかして、学校の屋上?」


 僕の台詞に、キリコは「嘘!」と驚いていた。


「灯台下暗しって感じね、でもはっきり言って使い辛い場所にあるわねぇ」

「そうか?」

「この学校に通っているのはあたしと貴方だけじゃない」


 ああ、まぁ、そう言われればそうか。

 眼下から緑色のフェンス越しに運動部の掛け声が聞こえる。


「……とりあえず、帰ろうかキリコ」

「そうしますか」


 後は来週の土曜日、魔王の口にチャールズ氏のマル秘レシピカレーをブッ込んでやる!


 そう意気込んだのはいいのだが。


 満を持して到来した文化祭、僕は中嶋教諭に憤慨することから始まった。


「先生、どうしてカレーがないんですか!?」

「はあ!? 文化祭は佐伯がどうにかするんだろ!? 知るかバーカ」

「お、な、貴方はそれでも教師か!!」


 金曜日、本来なら今日は中嶋教諭とC組がカレーを用意してくれていたはず。なのに、登校するなり僕はC組のみんなから痛い視線を感じ、カレーは? とクラスの一人に聞いたら何それ状態だった。


 どういう訳か知らないがこの文化祭に起きた無限ループは、何かを切っ掛けに内容が大きく変わることを、僕は知った。

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