第6話 時に激おこぷんぷん丸

 魔王の襲撃を退けた後、キリコが指定したポイントに偵察を出すことで街の人と合意し、僕達はそのまま現代に帰って来た。足早に家に帰ろうとすると、キリコが僕の後を追うようについて来る。


「デュラン!」

「その名で呼ぶなってば!」

「……イッサ、何怒ってるのよ?」

「何をって、本気でわからない?」

「分かってたまるか」

「何で偉そうなの!?」


 キリコとしょうもないやり取りをしていると、ミサキとタイオウの二人は改札口へと向かい始めた。


「じゃあねイッサ、また」

「兄さん、それからキリコ、TPOは心掛けないと駄目だよ」


 先ほどの襲撃の際も女戦士とひたすら盛っていたタイオウにそれを言われると、前世の時にあいつが街の女性から屑男呼ばわりされ、生ごみを投げつけられていた光景を思い出した。


「……キリコは帰らないのか?」

「今日はイッサの家に泊る、なんでそう怒ってるのか理解し合わないと」

「わかった、そう言うのなら教えておくけど、僕は――」

「ちょっと待って」


 そう言うキリコの目はいつになく真剣なものだった。

 緊張感が走り、僕も身構えたら。


「あそこにいるの、中嶋先生じゃない?」


 え? あ、本当だ。


「やばい、逃げるぞキリコ」

「りょ」


 幸いなことに、中嶋教諭は僕らをまだ見つけられてない様子だ。

 物陰や人混みに紛れつつ、スニ―キングの要領で駅ビルを脱出。


 駅ビルから抜け出て、街灯の下に差し掛かると、キリコは両手を払っていた。


「ふぅ、魔王軍の襲撃よりもスリルあったわね」

「なんか、中嶋先生に密告したの、僕の母さんみたいなんだ」

「小母さんが? それは詰んだわね、今後は好きにアンドロタイトに行けないんじゃない?」

「キリコもそう思う?」


 キリコは二回頷き、私の家の場合だったら、軽く軟禁生活に突入してるわね。と、彼女の家が厳格なことを改めて伝えて来た。キリコの両親は厳しくて、特に外出する理由がない限り、門限は18時になっている。


 今回は塾の先生に呼び出されたとの方便を使って来ていたようだ。


「大丈夫か? そんな方便使って、そのまま僕の家に泊りに来て」

「イッサは父さんたちも認めてるから問題ないのよ」


 キリコは嘘を吐いていると、彼女と付き合いの長い僕はすぐにわかった。


 キリコの両親とは何回か会ったことあるけど、父親の方が過激だ。


 例えばキリコの家に初めて行った時のこと――

 あの時はミサキと一緒に向かったんだけど。


「キリコ、男がいるなぁ」

「ああ、その人はあたしの運命の人だから」

「ふむ、その運命は具体的にどんな運命か、俺が教えてやればいいのか?」

「そうすれば?」


 キリコの父親は僕を威嚇していた。

 あの時、ミサキがいなかったら友達という体裁は瞬時に見抜かれていたと思う。


 そしてキリコの父親は僕に何をしたかと言うと。


「やめてください!」

「馬鹿やろう、男の力量は逸物に比例する、お前の力量を確かめさせろ!」


 大人の膂力を使って、僕のズボンを脱がし、下着も強引に脱がそうとしたんだ。


「パパ、要はイッサのこと気に入ったのね?」


 キリコはポジティブな曲解をし、ミサキは抵抗する僕を蕩けた感じで見ていた。


「ああ!? ああ! そうだよ! だからお前も大人しく、しろ!」

「絶対違う! 絶対だ!」


 という家庭なんだ、キリコの家は。


「ん? どうしたのイッサ、急に頭下げて」

「今日は帰ってくださいお願いしますこの通りです」

「……どうしようかな、イッサがあたしのこと、イジメてくれるのならいいわよ?」

「キリコのドM癖はまだ治ってないのか」

「人の性癖に口出せるような玉だった? 聞いたわよ、ミサキに甘え倒したこととか」


 などと、駅ビル近くでキリコと駄弁っていると。


「こぅら!! 佐伯、お前のお母さんから連絡があって探しに来てみたら本当に居たな!」


 中嶋教諭に見つかり、僕とキリコは三々五々に散って逃げた。


「デュラン、また明日!」


 だからその名前で僕を呼ぶな! くそう、今は逃げるしかない。


「逃げるな佐伯! 止まれ!」


 中嶋教諭は僕にターゲットを絞ったようで、全力で追いかけて来る。

 普段から机にかじりついて勉強に明け暮れた僕と。

 学校の若手ホープ教諭とはいえ、聞いた限り毎日晩酌している先生。

 両者の体力、走力、根性はまったくのイーブンだったようだ。


「ただいま母さん!」


 家に帰宅し、玄関のカギを素早く掛けると。

 ――ピンポン、ピピピピピンポンピンポンピピピピピピンポン。


「佐伯! 話がある! 私を家にあげろ!」

「立ち去れモンスターめ!」

「誰がモンスターだ誰が!」


 近所迷惑もこの上ない。

 とにかく施錠している以上、中嶋教諭は家に入って来れない。

 ここは地球でも数少ない、僕のサンクチュリアだ。


 二階に行き、渇いた喉を潤そう。冷蔵庫を開けると父さんが愛飲している海外のビール瓶と、冷やされた麦茶があった。僕は迷うことなく麦茶をコップに注ぎ、一気に飲み干した。


「私にも一杯くれないかな、佐伯くん」

「……誰だ!? このモンスターを招いたのは!」


 中嶋教諭は家に侵入していた、玄関の施錠をどうやって突破したというんだ。


「私に決まってるでしょ」


 それは母さんだったようで。


「余計なことするなメス猿ババア!」


 家まで激走して来たことでランナーズハイとなった僕はついこう言ってしまった。


 そこから先のことは正直思い出したくない。

 我が家の居間で中嶋教諭と、母さんを交えた強制三者面談が始まって。


 二人は終始、激おこぷんぷん丸状態だったんだ。

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