遅刻常習犯

犬屋小烏本部

前述「常習犯による遅刻予告」

まだ大丈夫。

まだ余裕。

セーフだ。


カレンダーを見ないで夏休みの宿題はまだ余裕と言う俺。言ったその日が夏休み最後の日。完全アウトの遅刻決定。

明日から部活の朝練開始。目覚まし時計をきっちりセットしてお休みなさい。セットした時間が開始時間。友の電話で10分前に起こされる。ありがとう。遅刻の時間が少し短くなった。

学校生活の中にある昼の楽しい休憩時間。すやぁ。ちょっとだけお昼寝タイム。予鈴が鳴った。さあ、移動しよう。それは本鈴でしたとさ。先生も呆れてまたかと言うだけ。遅刻しない方が珍しい。

毎日毎日辛い朝。決めた時間に鳴る時計は働き物。でも、ごめん。もうちょっと、あと3分だけ…







我が輩は遅刻常習犯なり。犯罪経験は星の数。叱られたことも星の数。だけど直らぬ、それが人の性故に。


なんちて。

俺のあだ名は遅刻常習犯。その名の通り、物心ついた頃から遅刻癖が直らない常習犯。と言っても、本当に大事な時にはちゃんと時間を守るんだぜ? 信頼してる人との約束は遅れるけど。だって、なんだかんだ言っても最後はみんな許してくれるからな。


長い付き合いになるとさ。みんな俺の遅刻癖をわかってんだよな。「こいつ、いつも遅刻する」って。わかってるから時間を早めに設定してくるんだ。だから俺が到着するのは、いつだって設定した奴の本当の希望時間ってわけ。はぁ、俺の扱い方わかってるよなぁ…ほんと。

つまり。俺に対して「遅い!」って怒る奴はまだ付き合いが浅いってこと。更に言うと、俺に待ち合わせ時間を設定させる時点で親しい以前の間柄ってことさ。「何時がいい?」「え、行けた時」そういう会話になるぜ? 俺。

小学生の頃からの同級生なんて絶対俺に時間を指定なんてさせない。絶対な。

宿題や課題だって、期日に間に合ったことの方が奇跡だ。今までで間に合ったのは…5回くらい? はははっ!


昔からずっとこうなんだよ、俺。いくら言われてもほんと直んない。直せないんだ。俺の意思で直せるもんじゃなかったんだ。

だから、俺の友人たちは工夫して協力して努力して尽力してくれる。


いつだったか、こう思ったことがあったな。

俺だけ、時間に対してゆるいな。

時間に対しての考え方がゆるい。時間の捉え方がゆるい。時間の感じ方がゆるい。俺だけ、どこか他の奴らと時間がずれてる気がしたんだ。

大事な事ほど時間がずれちまう。

大事だと意識すればするほど俺は遅れちまうんだ。


繋がりが浅い奴との約束は、ぶっちゃけそんな大事じゃないんだ。だから遅刻すると言っても数分。

初めての彼女の誕生日、俺にとってすごくすごく大事で、でも恥ずかしくて誰にも相談できなかった。どうなったと思う? プレゼントを渡したのは1か月後。彼女は許してくれたけど、俺は泣きながら別れたよ。

大事な大事な恩師の葬式。当然間に合わなかったよ。俺だけさ。死に顔にも会えなくて、遅れて行った時にはその人は骨になって土の中。


おかしいだろ? 笑えよ。怒ってくれよ。どうしようもないんだ。直らないんだよ。

俺だけ、時間とずれてるんだ。




変な話するぜ。

俺は「遅刻」常習犯だ。決めた時間には大抵遅れる。でも、それ以外に遅刻することがあるんだ。

それは「痛み」。

1度大きな怪我で何針も縫ったことがあったんだけど、全然痛くねぇの。でもさ、怪我が治って縫った糸をほどく頃にやっと激痛を感じたんだよ。それまで麻酔をかけていたみたいにほとんど痛くなかったのに急にだぜ? それだけじゃなくて、火傷とかもなんとなく反応が遅い。遅れて痛みがくるんだ。


な? おかしいだろ?

おかしいんだよなぁ。


でも、どんなにおかしくても自分じゃどうにもならない癖だから、そのまま生きてきたんだ。




だからさ。

きっと、このまま死んでいくんだ。




ある日、俺の所に1通の郵便が届いた。それは、小学生の頃の同級生からの便りだった。


そして、それから数日後。「約束したあの場所、あの時間でお待ちしております」。それだけ書かれた同窓会の案内が、郵便受けに入っていた。







「同級生」からの便りにはこう書いてあった。


「同窓会の案内、来たか?」

おう、来たぜ。

「何人か、もう先にいってる奴らもいるらしいぜ」

そうかー。じゃあ、そいつらにはしばらく会えないな。

「どうせお前は遅刻するんだろ」

遅刻するんだろうなー。

「同窓会の前に、さいごに1回会えないか?」

お!いいねー!いつだ?


俺は、さいごにそいつと会う約束をした。

大事な約束だったんだ。

もう何年も友人として付き合いがあるそいつ。きっと、今回も俺の遅刻癖をふまえて時間を早めに設定したはず。

そいつはさいごと言った。最後の最期になるんだろう。

よし。今回こそ絶対に遅れないぜ。

遅刻しないで驚かせよう。これが、さいごになるかもしれないんだ。

そう思って、俺は時計をセットした。スマホのアラームをセットした。

設定した時間は


そいつが指定した時間のずいぶん前。


遅れるはずはない時間だった。


どんなに遅れたとしても、俺は約束の時間の5分前にはそこに着くはずなんだ。最悪、その時間ぴったしでも、指定したそいつは俺が遅れると思っている。約束の時間の5分後が本当の約束の時間だったりするんだ。

俺たちはいつもそうだったんだよ。


当日、俺は珍しくちゃんと目が覚めた。仕度もして、家を出た。なんだ、余裕じゃねぇか。腕時計を見ると、まだ30分前。楽勝、楽勝。こんなこともあるんだなー。

やっと、あの変な癖がなおったのか?

そんな風に考えられるくらい、余裕があった。もう、待ち合わせ場所のすぐ近くまで来ていた。

やっと「遅刻常習犯」の名前を返上か?

1歩1歩がすごく軽く踏み出せた。道路越しに手紙をくれたそいつが見える。あと5分以上もある。よし!

道路を走る車の音で周りの音は聞こえない。でも、なんとなく気づいてくれると思った。


あと5分。


そいつと目があった。


俺は笑って手をあげた。


あとちょっと。


そいつは一瞬驚いたけど、笑って手をあげた。

車が俺たちの間をクラクションと一緒に通過した。


笑って手をあげてくれたそいつの姿は、もうそこにはなかった。




腕時計の針は、待ち合わせ時刻を差していた。




は?

どういうことだ?

俺はそこへ走った。友人が立っていたその場所へ。

着いた所には誰もいなかった。ただ、道路脇の柵の所に手紙が挟んであった。ビニールやら、紐やら、重石やらで、頑丈に頑丈に補強されてその手紙はそこにあった。ずっと前からあっただろうそれは、誰かを待っていた。

俺はそれを手にとった。

嫌な予感がした。


手紙の裏には友人の名前が書かれていた。

宛名は俺だった。友人から俺への手紙だった。

どういうことだよ。どういうことなんだよ。

焦りながら俺はそれを開いた。開いて一番始めに書かれていた文は

「どうせお前は遅刻したんだろ」

遅刻してねぇよ。ちゃんと、間に合ったよ。


でも。

読んで読んで、一番下に書かれた日付に俺は膝をついた。


日付は


1年前だった。




俺は「遅刻常習犯」。

今回も遅れちまったようだ。

大事な友人との最期の待ち合わせだったのに。


あと5分。あと5分。

あと5分早くそこに行けたら、何か変わっていたのか?

あと5分遅くいつも通り遅刻していたら、いつも通り会えたのか?


そんなことなかったんだ。

そんなこと、はじめからできるはずなかったんだ。













俺は「遅刻常習犯」。

全てに遅刻する常習犯。

全てが遅れてやって来る、変な癖を持っている。それは死んでもなおらないみたいだ。


もうすぐ、俺の一番大事なことが遅れてやって来る。




今度は、俺の番だ。







生きてる間にあともう1回だけ会えなかった友人が、手紙にこう残していた。


「同窓会で待ってるぜ」






本当の俺のとっておきの話は、出席番号7番の話は、これからが本番だった。

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