「馬場管理官っ!鈴木敏夫が落ちましたっ!」

「本当かっ!?」

 馬場が席を勢いよく立ち上がり、走ってきた斎藤に視線を移した。

「ええ。係長が聴取したところ、自ら墓穴掘って落ちましたよ。これ、証拠のレコーダーです。あとカメラも確認してもらえれば」

 斎藤はノアの元へ歩き、視線を合わせようとしゃがみ込んだ。

「ノア君、ありがとうございます。ノア君のおかげで村野将司さんを殺害した真犯人が分かりました」

「僕は……役に立ったのですか……?」

「ええ。大助かりです。引き続き、捜査のご協力よろしくお願いします」

 斎藤はそう言うと、再び郷田の元へ戻っていった。

「ノア、良かったね」

「はい、ルーカス。ありがとうって言われました。嬉しいです」

 ノアの瞳は輝いていた。



「ルーカス、村野将司は鈴木敏夫が殺害した。分かりました。でも、山手トンネルで郷田さんたちが見た村野将司の車は関係ありますか?」

 村野将司の車……そうだ。山手トンネルで村上が見ていた。お面をかぶった人物が運転する車両を。そしてそれは、第五の被害者だと思われていた村野将司の車両だった……。なぜ……?PCはなぜ村野将司の車両を使って現場に……あの時、無線で聞こえた言葉……言葉……?

「ノア、ちょっといいかい?」

 ルーカスはノアを廊下へと連れ出し、小声で話し始めた。

「ノア、声のボリュームは二くらいだ、いいね?」

 ルーカスがそう言うと、ノアは小さい声で返事した。

「よし。ノア、郷田さんたちが山手トンネルにいたときに、現場の無線が部屋に聞こえていたよね?」

「はい、聞こえていました。車の音も聞こえていました」

「うん。その時の聞こえてきた現場の会話を覚えているかい?」

「はい、覚えています」

「なんて言っていたか、全部教えてほしい。メモするから、良いね?」

 ルーカスはポケットからメモを取り出すと、ノアから会話を聞きだした。

「”郷田さん、犯人は本当にここに来るんですかね。数字はやっぱり偶然だったんじゃ。どちらにせよ、犯行予告時間までまだ時間がある。周りをよく見ておくんだ“……」

 ノアは記憶を辿り、現場の無線から聞こえてきた会話を一言一句はっきりと口に出す。そのスピードについていくように、ルーカスはメモを取っていく。

「……終わりです」

 ノアは大きく息を吸い込み、長く息を吐きだした。

「ノア、ありがとう。これで分かったよ。手紙が届いたときのことも、現場での会話のことも、そして村野将司さんの車両を使ったことも、多分これで繋がった」

「ルーカス、僕知ってます」

 ノアは彼の耳元に届くよう、目いっぱい背伸びをした。その様子を見て、ルーカスは彼の身長に合わせてやる。

「……スパイがいるんです、ここに」

 ノアは自信満々にそういう。

「ノア、あいにくだが……私もその可能性に気づいてしまった。でも、まだ言ってはいけないよ。時機を見て私から郷田さんに話す。いいね?」

 ルーカスがそう言うと、彼は首を縦に、しっかり頷いた。



「鈴木敏夫は村野将司殺害容疑で起訴されます。情状酌量の余地があるのか、それとも殺意を持って手にかけたのか……すべては裁判所で明らかになるでしょう」

 その日の夜、郷田班メンバーとルーカスたちは夕食を共にした。

 おいしい和食レストランがあるんですよ。良かったらごちそうさせてください。郷田はそうルーカスに言った。

「和食とは日本料理のことで、食材本来の味を利用し旬の季節感を大切に調理する料理のこと。二〇一三年にユネスコ無形文化遺産に登録されたことから、世界でも日本料理がブームになり……」

「それ、和食の説明ですか?というか無形文化遺産に登録なんてされているんですね!日本人なのに知らなかったなぁ」

 村上はノアの話を途中で遮ってしまった。

 ノアは頬に空気をため込み、リスのように頬を膨らませている。

「あ、僕はこれにしよっかな!この季節御膳、てんぷらが入ってますよ!とり天あるかな……」

「ったくこいつは……」

 森田は隣に座る村上を軽くこついた。

「いたっ!何するんですか!森田さんは力が強いんですから、力加減に気を付けてくださいよ~。あ、ノア君は?何食べます?」

「……肉食べます……」

「え~?また肉ですか~?いつもお肉でしょ?たまには魚とか野菜とか食べたほうがいいですって!ほら、コレステロールとか気になりません?」

「……なりません」

 ノアは素っ気なく答える。

 それを見ていたパーカーが口を挟もうとしたが、ルーカスは視線で制止する。

「ほら、この御膳にしましょうよ!これなら肉も野菜も魚もついてますし!」

「肉だけでいいです。魚は嫌いです」

「もう!好き嫌いはだめですって!」

「嫌いは嫌いです。好きになりません」

 案外、村上はノアと対等に語り合える人物なのかもしれない。ルーカスは様子を伺っていた。

 やっと注文し、次々に料理が運ばれてくる。

「さすが日本ですね!料理なのに美しいとは……ですが……一品ずつ出てくるのですか?」

 ルーカスは目の前に運ばれてきた料理に釘付けだった。

「我々のは懐石御膳ですから、見た目にも美しく、順に料理が出されるんですよ。ほら、これなんかは先付さきづけと言って、最初に出される料理のことです」

 郷田はルーカスにそう説明した。

 そして各々に料理が運ばれ、手を付け始める。

「ルーカス……この白い糸は何ですか……結ばれてます……」

「これは……」

「それは糸こんにゃくです。ノア君が食べるのはすき焼きですから、糸こんにゃくが入ってるんですよ。味が独特なので、苦手な人はいるようですが……食べられそうですか?」

 斎藤が戸惑うルーカスに代わり、説明する。

「糸こんにゃくですか……日本は難しい料理が多いですね……国が異なるだけで、こんなにも料理が異なるなんて……」

 日本料理にそんな感動を……と、郷田達は逆に新鮮味を感じていた。

 そして、交流を深めるという目的の夕食会は無事に幕を閉じた。

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