第71話 アクションシーンのないファンタジー掌編を書いてみよう その7 『幽魚の暗い海』

 私が住むこのソーヤ塩原はかつて海の底にあったという。一面に広がる白い塩の吹き出た大地は、確かに海の名残りを残していた。

 大雨の降った次の日には、ふと風の中にかすかな海の香りを感じることがある。白い大地の表層の塩を軽く取り除いてやれば、とうの昔に絶滅した水棲哺乳類の骨や、石灰化したサンゴ、旧文明の船舶の残骸が出てくる。私はこの遺物を売って生活していた。

 夜になると、微光を放つ幽魚が空を泳ぎ始める。かつて、大海原を泳いでいた魚たちのいくらかは、いまだその魂の残滓を現世に漂わせているようだ。図鑑で見たことのある姿もあれば、想像を絶する姿かたちをした幽魚も居る。

 私は発掘した魚の骨と幽魚のかたちを照らし合わせて、この骨の持ち主はこういうかたちをしていたのではないかと考えるのが好きだ。幽魚は私の家の中にも姿を現すので、寝床に入ってから寝入るまでの良い暇つぶしになる。思い思いに夜の闇の中を泳ぐ幽魚をずっと見ていると、目で見ている光景と頭の中で想像する太古の海の光景が溶けるように混じり合って、私はいつも気づかぬうちに寝てしまう。そうして見るのは、生きている魚たちが海を泳いている夢。私も魚になって、陽光の差す遠浅の海を泳いでいると、胸いっぱいの幸せを感じる。

 朝目覚めると、私はまた元の姿に戻っている。私はいつも、言い表せない寂寥感を抱えて、ただ窓の外の白い大地を眺めるのだった。

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