第17話 会場での戦い

 メルルバルの大通りにたてられてた特設会場。円形劇場のように広いが、それを逆さまにした、山のような形。つまり観客が舞台を見上げるかっこうだ。


 女王一行はその最前列を確保するため、夜明けごろから訪れた。

 そこにあるのは縄でつくられた簡易な柵……壇上は少し遠い。女王の式典パレードでも、人々との距離はもう少し近いはずだ。


「これじゃあ壇上の作品がどんなもんか、ほとんどわからんやんけ」

「去年から始まった形式なんだそうですよー。つまり……」

「『工作』のため……なのでしょうか」


「大衆環境の中なのによくやりますよ。何度もやったら誰か気づきそうなもんですけどねー」

「二度目を防ぐために、私たちは今ここにいます」


 壇上へ次々と運ばれる木箱を、正面・最前列から見守る。

 あの箱ひとつひとつの中に、職人たちの作品が入っているのだ。ストガルドの工房から提出された、青いシミのついた木箱もあった。


「ずいぶん熱心な子たちがいるな……」

「よほど近くで見たい観光客だろう」


 関係者の視線をうけつつ、時を待つ。




 品評会は雲ひとつない空のもとで始まった。司会進行をつとめている男こそ、黒幕のシャルカンである。

 ドーコー伯爵が壇上にあがると、見物に来た人々からは拍手が巻きおこった。


 軽いあいさつの後、伯爵が並べられた作品をじっくりと見て回る。真剣な姿につられるのか、みんなが前のめりになっていく。

 しばしの静寂――ある作品の前で、左右から見直しては感心した様子でうなずきはじめた。


 それは間違いなく、シミ付きの箱から出されたものだった。


 


 伯爵はシャルカンに耳打ちをして一歩、二歩と下がった。

 声を高らかにあげる彼は満面の笑みである。


「えー、コホン。諸君! 厳正な選考の結果、今年の最優秀賞が決まった……シャルカン商店の者、前へ!」


「やあやあ、通してくれ。すまないね、通してくれたまえ!」


 これ見よがしと手をあげながら群衆をかきわけていくのは、昨日の客引き……シャルカンの息子だ。

 人々の中から『またあそこか』といった声も聞こえる。


 ここであの店が呼ばれなければ……とも思っていたが、やはりそうはいかなかった。




「ヒノカ、ルネ……昨夜の仕込みはご苦労様でした。あとは、私が」

「おう、かましたれ、お嬢!」

「いってらっしゃいませ」




 息を吸って、おそらく人生でもっとも大きな声をあげた。


「その判定、異議がございます!!」




 ざわめきが止まる。

 女王は縄をもちあげてくぐり、『一般客、立入禁止』の領域に足をふみいれた。

 衛兵よりも早く詰めよってきたのはシャルカンの息子である。


「おいおい、何を考えてる。今ここに出ていいのはボクだけだ……ん? ひょっとして昨日の田舎嬢じゃないか? まあいい。衛兵、こいつを追いはらってくれたまえ!」

「ハッ!」


 二人の衛兵が、槍を交差させて行く手をはばむ。だが、伯爵の言葉が次の動作を止めた。


「待て。直訴とは、並の事情ではあるまい。その異議とやら、申してみよ」

「な、何をおっしゃいますか伯爵様!」

「よいではないかシャルカン。聞くだけでも損はあるまい」


 ドーコー伯爵がひとり、階段を下りてくる。不正の黒幕がこのまま見ているわけがなかった。




「みなの者、何をぼーっとしている! 伯爵に万が一があってはならぬ、その娘を捕まえろ!」

「シャルカン!? なにを――」

「やあやあ伯爵様、危ないからボクといっしょに下がりましょうそうしましょう!」


「行け! 行くのだ!!」


 迷う様子を見せながらも武器を構え、縄を肩にかけて集まってくる衛兵たち。


「仕方ありません……来たれ、星剣!!」




 閃光と衝撃が、目の前の衛兵たちを吹き飛ばした。星剣が、天から道を切り開いたのだ。

 周囲から悲鳴も上がる中、シャルカンだけは威勢を保っていた。


「驚いている場合か! 小娘ひとりがなんだというのだ!!」




 星剣を肩の高さに立てて構える。


「しばしの間、おとなしくなさい!」




「だああああ!」


 いっせいに叫んで攻撃してくるも、槍の柄で押しこもうとするばかりで突いてこない。背後に無関係の観客がいるからだろう。

 一般人を巻き込めないのはこちらも同じだった。いつものように相手の武器をはじき飛ばすなど、危険すぎる。


 前に進みながらあらゆる攻撃を下に叩きおとし、地面に封じこめて一太刀を返す。

 目指すは、壇上のシャルカンだ。


「ぐあっ!!」

「くそ!」


 歩むほどに相手の攻めかたが強くなる。階段に足をかけたところで猛烈な突きがやってきた。


「おらああああ!」


 右足を軸に回転して、かわす。

 勢いあまって階段に突っ伏した相手に、強い打撃をくわえた。




「なんだよ、なんだよ、あいつは!? おいお前たち、深追いするな、ボクをちゃんと守れ!」

「おいふざけるな! 私を、シャルカンのほうを守れ!」

「聞くな衛兵! 守るなら若いほうだろ! 父上は放っておけ、階段を上がるんじゃない!」

「おまえ……っ!!」


 ののしりあいを始めた親子の姿に、とうとうドーコー伯爵もしびれを切らしたか。

 普段の温厚さからは想像もつかぬ怒声をあげた。




「貴様ら! いいかげんにしろ!!!!」




 彼からこれほど強い言葉が出てくるとは……女王はすこし驚いた。

 家来たちは肝を冷やしたどころではないだろう。


「私は『異議を聞く』と言ったのだ! 勝手なことをするなあっ!!!!」


 シャルカンの息子を押しのけて、壇上に向かって再び叫んだ。


「シャルカン! 下りてこい!」

「しかし伯爵様――」

「黙れ!!!!」

「は、ははーっ!」


 階段を転げ落ちるように下りてくるシャルカンは、もはや顔面蒼白だ。

 衛兵たちも槍を地面に置き、膝をついて服従の意志をしめした。




 家臣たちがひれ伏した後も、伯爵は肩で息をしつづけていた。

 高齢だけに、あまり頭に血がのぼるのはよくないと思い、声をかける。


「あの、伯爵様……まずは深呼吸を。どうか落ち着いてくださいませ」


 こちらを振り向いた伯爵の口から出たのは、これもまた思わぬ言葉だった。


「とんでもない。こちらこそ見苦しいところをお見せて面目次第もありませぬ、女王陛下……」


 沈黙。


「……ん? 女王……陛下……?」


 意識して言ったわけではないらしい。

 みるみるうちに目が丸く、呼吸はいっそう乱れていく。


「じょ……じょおう……へい……か……??」

「はい、そうです。さあ息を吸って、吐いて。心を落ち着けてください」






 どよめく人々の視線の先に、だれよりも頭を低くしてひれ伏す伯爵の姿があった。

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