第15話 先代もやはり強かった

 メルル焼きを生みだす窯……その周辺は、熱そのものが『膜』を作っているのではと錯覚するほど空気が違った。

 火を止めて丸一日以上たっているそうだが、燃えさかる暖炉のそばより熱いのではないだろうか。少なくとも城ではこれほどの熱さを感じたことがない。


 ストガルドとザットが窯の中へと入り、取りだし作業をはじめる。汗をにじませながらテキパキと運ぶ姿は強く、頼もしい。

 ほんの一端にすぎないと理解しながらも、彼らの偉大さを知ることができたように思う。


「よいさっ!」

「はいっ!」


 二人のかけ声、作品が台に置かれる音……それら一つ一つがメルル焼きたちの産声。

 灰と土ぼこりのにおいさえ、神秘の一部のように思えた。




 邪魔にならないよう、離れたところから見守りつづける。

 こめかみから汗が流れる……体にもじっとりとした感触。となりのヒノカも同じのようだ。


 彼女の袖には扇が入っているが、不思議と使う気にはならなかった。あおぐことで空間の何かを変えてしまいそうに思えたからだ。




「よっしゃあ、これで全部だ! お嬢さんたち、もっとこっちに来ていいんだぜ。遠慮しないで見てくれよ!」

「では、失礼して……」


 台のまわりをぐるりと歩き、目に焼きつけるように眺めていく。お皿、カップ、ソーサー……どれも良いものだが、際立ったものが一つ、目についた。

 直径が女王の肩幅ほどもある大きな皿。


「ストガルド殿、このお皿が特にすばらしいと思います。もしかして品評会へは、これを?」



 

 それにはメルルバルの巨大水車の絵が描かれていた。

 水と苔――青と緑のなめらかな色調は、熱さを忘れるほどに涼しげ。さらに大皿そのものが二百年の年月を過ごしたかのような、水車本体の色合いが絶妙だ。

 

 そして夜空にうかぶ月のような円、月光のごとく穏やかに輝く光沢……平穏、希望、情熱、期待……職人の感情が込められた名作だ。

 伯爵の目にとまるのは確実と思えるほどに。しかし――




「いや、それはザットが作ったやつだ。俺が品評会に出すのはこっちだぜ」


 そう言ってストガルドが指差したのは、鈍い金色のティーポットだった。

 白を下地に、金のツタがすみずみまで巻きつき絡みあっている意匠。口から取っ手までの曲線美から、並はずれた技術がうかがえる。

 端的に言えば『美しい』一品。


 作者の心境が垣間見えた、そんな気がした。




「……そう、俺はこいつを出品するんだ……ああ、そうだ。そのつもりだった」


 ポットに手をそえて独り言のようにつぶやくと、やがて意を決した表情で息子のほうを向いた。


「ザット。お前のその大皿、今日中に仕上げを終わらせろ。他のは後でいい」

「えっ……どうして?」

「どうしてもだ。ほら、さっさと自分の持ち場まで持っていけ!」


 ザットはとまどいながらも慎重に皿を持ち、工房の一室の中へ入っていく。

 作業の様子を見たい気持ちはあるが、大事な作業。控えるべきだろう。




「さて、お嬢さん」


 ストガルドは真剣なまなざしでこちらと向き合う。決意の眼光はますます強くなるばかりだ。


「あんた、最初に息子のメルル焼きに目をつけたな。理由を聞かせてくれねえか……いや、見当はついてる。それでも、あんたの口から聞いておきたい」


「……もっとも惹かれたからです。技術的にすばらしいだけでなく、魂が込められているような、生き生きとした何かを感じます。先代女王のお人形と、よく似ていました」


「じゃあ俺のはどう見えた? 正直に言ってくれ」


「わかりました。では……」


 目を閉じて深呼吸をする。これからつむぐ言葉が、彼の今後を左右するかもしれない直感があった。




「最初に受けた印象は、苦しさでした。窮屈さに包まれた羨望……これが私の見解です」


「たいしたお嬢さんだぜ……その通りだ。ちょっとした愚痴になるが、聞いてくれるか?」

「はい、よろこんで」




 ストガルドは目を伏せ、朗々と語る。


「品評会に参加できなかったころの話だ。審査すら出させてもらえねえ、無名の時代……技術じゃ誰にも負けねえ自信があった。『名前が売れてさえいれば俺だって』と悔しがったもんさ」


「かなり昔のことですね」


「ああ……んで、ある日のことだ。注文のメルル焼きを店まで運んだとき、一人の若い女が俺に言ってきたんだ。『とてもいい作品ですね。心を込めてお作りになれば、もっとよくなると思いますよ』ってな」


 『若い女』とは、おそらく――


「当時の俺は『いつも完璧なものを作ってる。俺のメルル焼きは一番だ』とうぬぼれてたんだ。だからついカッとなっちまってな。あまりに頭に血がのぼったんで、なんて言ったかさっぱり覚えてねえんだが……」


 頭をぽりぽりとかきながら話をつづける。


「勢いあまってつかみかかろうとしたら、風みてえにスルリと避けられたんだ。まるで最初からいなかったみてえにだ。派手に転んで、気がつけばそいつはいなくなってた」


「スルリと……ねえ。ウチも似たような光景を見たことあるわ」


 そう言ったのはヒノカだ。おそらく初めてお忍びに出た、あの夜のことだろう。




「事件が起きたのはその日の夕方だ。どこから来たのか知らねえが、巨大水車をぶっ壊そうとした奴らがいたんだよ」

「あの大きさを……いったい、どうやって?」


「水車の上……つまり滝の上だな。ここからでも見えたほどのドデカい大砲が現れたんだ。もう町中が大騒ぎだぜ。みんな下に集まって『やめてくれ!』って叫びまくったよ」

「大砲……」


 そんなものを持ち出せる人間は限られる。貴族、あるいは裕福な商人といったところか。




「なんでそいつらはわざわざ上から撃とうとしたんや? 下から行けばバレずにやれたんとちゃうか」


「さてな……たくさんの人間に、その瞬間を見てほしかったとか?」

「あるいは、町の中では途中で衛兵に見つかってしまうから、でしょうか」


「ま、なんにせよ止められるやつはいなかった。たった一人を除いてな」




「先ほどの話に出てきた女性……ですね?」


「ああ。例の女がよ、剣を掲げてよ、ぶっそうな奴らを叩きのめしたんだ。それだけじゃねえ、なんと大砲を一撃で壊しちまったんだよ!」

「ええ……一撃って。ハンパないやっちゃな……」


「だろ? 真っ黒な砲身がぐしゃっとなったときは痛快だった! みんな拍手喝采よ。で、英雄の正体を知ったのは翌日のことさ。背筋が凍るってのはああいうのを言うんだろうな……なにせ女王様にケンカを売っちまったんだから」


 ストガルドは苦笑いを浮かべていた……どこか懐かしそうに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る