第二章 アンナ女王杯

第6話 女王の金策

「ウチの手持ちは銀貨20枚」


 女王とヒノカは宿で夕食をとっていた。話題は今後の行き先と、お金についてだ。


「で、お嬢の手持ちは銀貨3枚か。ちょっと心もとないな。長旅ならあと10枚は欲しいところや」

「すみません。お金を持つ機会がなかったもので、手持ちがほとんどなく……」

「そんな理由でカネがないヤツ、そうそうおらへんで……まっ、同行する以上、行き倒れなんてさせへんけどな」


 お金が足りないのは想定している。女王には一つ策があった。


「代わりにといってはなんですが、部屋にあった私物をいくつか持ちだしてきました。これを売れば多少の金額になると思って……」

「おおっ、ホンマか。見せてもらえるか?」


 袋の中のものをテーブルに並べる。小さな金の燭台と銀の皿、そして髪飾りなどが入った小箱だ。

 ぱっと目を輝かせたヒノカがひとつずつ観察を始める。それなりに価値があると思っているが、彼女の目にはどう見えるだろう。


「……うん。これならしばらくは心配せずにすみそうや。お嬢、やるやん」


 物を手早く袋にしまいこみ、小声で言った。


「ヒノカの見立てではどのくらいになりそうですか?」

「ここでは言わん。宿の食堂ってのは誰が聞き耳たててるかわからんもんやからな」


 袋をかかえて立ち上がるヒノカ。


「部屋に戻るで。明日になったら、近くの店で売りに行こか」

「……でしたら、その後は一日、私に任せてくれますか? 実はお金を増やす方法にあてがあるのです」

「おお、なんか自信ありげや。お嬢の金策か……見せてもらおか」


 この時期、この周辺にきたならば、絶対に足を運びたい場所があった。そこならばお金の都合もつくはずだ。




 

「2番の子は少し……では他の子たち……あっ、見てください。5番の子がとてもいいです。凛々しい顔つきをしていますよ。あの子にしましょう」


「……お嬢、ここがどこだか言うてみい」

「競馬場です」

「カネを増やすっちゅうのは、つまりそういうことか?」

「はいっ」

「おーーーーい!!」

「しーっ! 静かに。馬が驚いてしまいます」


 観客の視線がヒノカに集まる。さすがにばつが悪そうだ。頭を下げて周囲に謝罪すると、今度は肩をつかみ耳元で話しかけてきた。眉間がピクピクと震えている。


「こういうとこで稼ごうとして散っていったヤツはたくさんいるんやで。みんな今日はいける、今回は勝算があるとか言ってな」

「大丈夫です。自信があります」

「ハァ……これも勉強になるやろか? 好きにせえ」


 この日は大盛況。どこに行っても人だらけだった。


「しっかし客が多いな。こんだけ集まるなら道中で芸の一つでもやっとくんやったな。競馬はよう知らんかったけど、新発見やわ」

「うふふ。毎年この時期は大きなレースがいくつも行われるんですよ。最高の競走馬たちが集まってきます。ああっとても楽しみ!」


 城の外でヒノカが知らないことを知っていると、少しだけ得意げになってしまう。


 この競馬場は1着でゴールすると思う馬にお金を賭け、当たれば倍率に応じて払い戻しが行われる仕組みだ。

 女王の手には小箱を売った銀貨50枚がある。さっそく目を付けた5番の馬に全額投入し、見立て通り的中した! これで銀貨200枚。さらに――




「ヒノカー、やりましたっ!」


 二連勝で金貨20枚(銀貨2000枚分)になった! 喜びに任せてヒノカに抱きつき、ぐるぐると回った。10倍にちなんで、10回転!


「嘘やろ……なんで? なんで当たってるん?」

「幼いころから毎日馬を見ていましたのでっ」

「だからってこんな簡単に……え、なに? カネってこんな簡単に増えるものなん? 外の厳しさって、いったいなんや……?」


「次が今日最後のレースですよ、しっかり当てて明日に備えましょう!」


 なぜか呆然として動かないヒノカを抱えてパドックへ向かう。




 言葉が出なかった。その馬があまりに素晴らしかったからだ。

 蹄がしっかりと地面をつかんでいて、前腕の線がまっすぐ伸びている。ハリのある肩、うっすらとあばら骨が浮き出る体つきがとても美しい。理想的な筋肉のつきかたをしている。トモははち切れそうなほど。首の角度も申し分ない。


 まるでドレスのような光沢ある栗毛、騎手と息の合った歩様。調子は最高のようだ。


「――嬢、お嬢! ちょいキツいわ、放してーや!」

「あっ。失礼しました」


 馬の頼もしさにつられて腕に力が入っていたらしい。暴れ始めたヒノカを降ろした。


「ふー。なんか気づいたらお嬢に抱えられとったわ――ん?」


 着地して腰をぐいぐいとひねる動きが止まる。


「あの1番の馬……きれいやなあ。他とはモノが違って見える。おとぎ話や絵画から飛び出してきたみたいや」

「ヒノカにもわかりますか?」

「馬はまったくわからんけど、あれが別格なのはわかる」


「おねえちゃんたち、トキをおうえんしてくれるの?」


 下から女の子の声がした。見ると子供がこちらを見あげている。胸の高さほどの、まだ小さな子だ。


「まあ、かわいらしい。こんにちは」

「こんにちわ!」

「あの子はすごい馬だから応援しようって、二人で話してたの」

「ほんと? うれしいな。トキはすごいんだよ! それでね――」


「アニー! どこにいるのー?」


 女性の声が聞こえる。


「あっ! おかあさんがよんでる。おねえちゃんたち、またねー!」

「はい、またねー! お気をつけて」


 子供は観客のすきまをスルスルと走って去っていった。


「元気なお子さんでしたね」

「あの馬のことをよく知ってる感じやったな。牧場の子かなんかかな?」




 パドックでは競走馬たちが歩き続けている。これが終われば締め切りだ。1番のトキに賭けるべく投票所へ向かった。


「さて、ではトキの勝利に――」


「1番だ!」

「こっちも1番」

「1番でお願いしますわ」


 他の観客たちもトキに注目しているようだ。


「お嬢、これじゃ的中してもほとんど元のままになるんちゃう?」


 払い戻し倍率は出走馬の人気、つまり賭けられた金額によって決められる。あまりにも一頭の馬に偏ると、ヒノカが言ったように極端に配当が低くなる可能性がある。


「それでも賭けるのです。当たっても利益が少ないからと、自分だけ安全な場所に退避しては誠意を欠くというもの。私はトキを応援すると決めました……よって!」


 全ての金貨をジャラリと置く。


「1番に賭けます!」




「うおお! 見ろよ、あの金貨!」

「いいぞ、お嬢ちゃん!」

「1番、1番追加!」


 女王の巨額投入にあてられて観客の熱がさらに上がり、たちまち近年稀に見る大本命馬となっていった。締め切りの後、1番トキの倍率は1.2倍と発表された。

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