第92話 憂鬱

 私は天気がいい日が嫌いだ。


 ただでさえ、一週間のスタートである月曜日は憂鬱だというのに、こんな日に限って快晴だったりすると本当に最悪。

 澄み渡る青空も、流れゆく白い雲も。照りつける太陽ですら憎たらしくて仕方が無い。

 元々は、私だって晴れた日は大好きだった。それが何故こんなにも晴れた日が嫌いになったのかというと、私の生まれ持った不幸体質に原因がある。


 そう。私は自他共に認める『雨人間』なのだ。


 イベント毎がある日は、私が参加すると必ず雨になる。

 しかも、そのイベントを楽しみにすればするほど、天候の状況が悪くなってしまうのだ。

 その上、イベントが行われる場所によっても天候の悪さは比例するようで、海水浴ならば大時化に、山登りなら洪水の一歩手前、屋根のある施設だとしても外は豪雨と抜かりない。

 そのためだろう。段々と、行事ごとに誘われる事が無くなってしまったのは。


 私が居たら必ず天気が悪くなるのだと言う事に気が付いた友人が、私抜きで遊びに行ってしまった。最初はそんな小さなものだった。

 その内、グループで行動する時に必ず、私だけがメンバーから外されるようになった。

 それは、クラス単位での外出でも同様に、私だけ連絡が届かずスケジュールを後から知らされるようになった。

 流石に保護者にまで通知の行ってしまう行事に関しては回避することが難しかったようだが、そう言うときに限って必ず、クラスメイトや教師から厭味を言われるのが当たり前。

 いい加減それが続くと、段々と私を抜きに楽しむみんなのことが憎らしく感じてしまうようになってくる。

 誰も居ない教室で、一人だけ残された私の寂しさなんて知る人はないのだと思うと、悲しくて涙が出てくるのだ。

 どうせなら、みんなイベントに出られなければいいのに。

 楽しめないくらい天気が悪くなって、中止になってしまえばいいのに。

 そう思うようになるのは仕方が無い話だろう。

 根が暗いと思われたって良い。嫌なやつだと言われても構わない。

 それくらい、私に取って晴れの日というのは憎らしくて仕方のないものになってしまったのだ。


 息を殺して、存在感を消して、誰とも関わらないように生きる事で、辛うじて私という存在がこの世界での居場所を確立できる。

 人と関わらなければ天気なんて関係無い。期待しなければ、楽しいイベントなんて自分には縁の無いもの。そうやって諦める事でなんとか毎日を乗り越えていたのに、今回ばかりはそうもいかなかった。


 不運にも、今回渡されたのは一冊の資料。そこには大きく社員旅行のお知らせと書かれている。

 今時わざわざ印刷物にする理由なんて分からない。それでも、その文字がそこに在ることで私は絶望の淵に立たされた。

「どうしたんですか?」

 仲の良い後輩が、心配そうに私の顔を覗き込む。

「な……なんでもないわ」

 必死に取り繕う笑顔は多分ぎこちない。それでも、心配しないでと手で制し、逃げるようにしてトイレの個室へと駆け込んだ。

「何で……」

 今まではこんな話一切出たことはないのに。

 何故、今年になって急にこんなイベントを開催しようと思ったのだろう。

 個室の中で資料を捲ると、楽しそうなプランがぎっしりと印刷されている。どれもこれも、イベント毎から程遠い私には、キラキラと輝いて見え楽しそうに写る。

「……いいなぁ……」

 こういうのは、きっと天気がいい日だと最高なのだろう。

「……でも……」

 そう。私は自他共に認める雨人間。きっと、私が参加することで、この旅行は最悪なものへと変わるだろう。

「……この日、休み……申請しなきゃ……」

 諦めるように溜息を吐き、込み上げる涙をそっと拭い鼻をすする。参加したいのはやまやまだが、場の空気を悪くしてまで手に入れた居場所を無くすのは非常にリスクが高い。

「神様は、不公平だ」

 何故、私だけがこんな風に周りに気を使わなければならないのだろう。何も無い日は私にも快晴という天気が拝めるのに、どうして楽しい事がある時に限って、私だけが不運に見舞われるのだろう。


「いっそのこと、イベント自体が無くなってしまえばいいのに」


 それは、つい出てしまった心の本音。

 日程まではまだ時間がある。休みを申請しようと口にしながらも、心のどこかでは未だに、みんなと行事を楽しめる事を夢見ている自分に、そっと目を背け部署に戻ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る