第37話 イチゴ
誕生日や特別なお祝いに、よく母が買ってきてくれた真っ白なショートケーキ。たっぷりのクリームの上でちょこんとお行儀良く座っているイチゴが、とても大好きだった。
大好きな物は最初に食べる派か最後に食べる派か問われれば、悩むことなくこう言うだろう。
「最後まで大事に取っておいて食べる派だよ!」って。
それくらい大好きなイチゴはもちろん、ケーキの上に乗っている状態じゃなくても大好きだ。
そのまま食べても美味しいと思うし、練乳をたっぷりかけても美味しいと思うし。
できることなら箱一杯にイチゴを敷き詰めて、それをひたすら食べていたいほど、イチゴが大好きなんだ。
なぜこんなにイチゴが好きになったのかを聞かれたら少し困る。
多分、きっかけは誰かの誕生日。
僕の誕生日だったのか、兄弟の誕生日だったのかは忘れちゃったけど、その時始めて食べたイチゴがもの凄く美味しかったことだけは何となく覚えている。
とっても綺麗な赤い色の果物。誰よりも大きな粒を貰えた事が嬉しくて、ゆっくり時間を掛けて味わったんだっけ。
少し酸っぱくてほんのり甘くて。噛む度に美味しいが一杯口の中に広がっていくのが堪らないんだ。
あれ以来、僕はずっと果物ではイチゴが大好き。
スーパーに行ったらしっかりチェックするし、イチゴ狩りだって行ってみたいっていつも思ってる。
でもさ……なかなかイチゴを買ってもらえないんだよね。
僕は毎日でも食べたいんだけど、毎日はダメだってお母さんが言ってた。買って欲しいって訴えても、特別なときに食べるから美味しいんだよって言うんだ。
本当は全然納得いかないんだけど、どんなに訴えても買ってもらえないときはどうしようもないから、そう言うときはぐっとガマンする。
その代わり、イチゴを買って貰った時は、誰よりも大きな粒を頂戴ってちゃんと交渉はしておいた。じゃないと全然公平じゃないもんね。お母さんの言うとおりガマンするんだから、これくらいしても良いよね?
……でもさ、最近は殆どイチゴを買って貰った記憶が無い。
お母さんと一緒に買い物に行く事もなくなったせいなのかな?
お手伝いを率先してやらずに、勉強もそっちの気でゲームしたりマンガ読んだりしてるから、お母さん怒ってるのかな?
でも、ちゃんと塾は行ってるよ? 成績も悪くならないように頑張ってるし、部活だって一生懸命やってるのに、家の中の態度だけで、僕が駄目な子だって思っちゃってるのかなぁ?
一応、休みの日とかは、兄弟の面倒をみたり、家事を手伝ったりしてるのに、その頑張りは認めてもらえてないみたい。
まぁ、お母さんも仕事が忙しくて疲れてるっぽいから、気付いてもらえないのは仕方が無いのかもしれないけど、少し悲しいなぁ。
あっ!
そう言えば、そろそろ一番下の弟の誕生日が近いんだった!
お母さん、その日は早く仕事を終わらせて帰って来てくれるかなぁ?
その時、みんなが大好きなケーキを買ってきて欲しい。もちろん、大きなイチゴが沢山乗ったショートケーキを。
そしたら僕も大好きなイチゴが食べられるし、弟達も喜ぶし。
お母さんも、甘いケーキを食べたら笑ってくれるかも知れない。
そうだ! そうしよう!
そうと決まったら、お母さんに相談しておこう!
他の料理は僕が用意するから、お母さんはケーキをヨロシクってしっかり伝えておかなくちゃ!
弟の誕生日は……いつだっけ? カレンダーをちゃんとチェックしておかなくちゃ……。
……弟の誕生日……。
弟の誕生…………あれ? 僕、弟なんて……居たっけ?
弟の誕生日なんて、僕、知らないし、お母さんが働いているのかどうかも分からない。
そもそも、この家に、僕以外の人間を見た事なんて無い気がする。
僕がイチゴが大好きだって、何でそんなこと思ったんだっけ?
……ああ、そうか。
そうだったんだっけ。
僕……イチゴ、食べたこと無かったから、本で見たイチゴを見て、一生懸命絵を描いたんだった。
美味しいって聞いたから、こんな味なんだろうなって自分で考えたんだ。
まだ、食べたことのないイチゴの味。
……それ、一体、どんな味がするんだろう……なぁ……。
わかんないや。
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