第22話 お絵描き
私は、絵が上手くなりたかった。
だって、絵が上手くなれば、みんなから凄いねって褒めて貰えるから。
絵が上手い人はとっても狡い。
私だって、絵を描くのは好きなのに、いつも注目されるのは決まっていつも上手い人。
一生懸命描いたとしてもオーディエンスの下す評価は、私の絵に対するものと上手い人の絵に対するものとで、天と地ほどの差が出てしまう。
だから私は、一生懸命絵の勉強をしていた。
オススメだと言われた本は片っ端から買って読んだし、ネットで分かりやすいと教えて貰った講座も手当たり次第受講して回った。
それだけではない。
練習を習慣化させるために、毎日クロッキーやデッサンも頑張ったし、何ヶ月で上手くなりますというチャレンジも無理にでも試してみたのだ。
それなのに。
どうしても私の絵にイイネはなかなか付いてくれない。
絵が上手い人の数十分の落書きを越える事が出来ないのが悔しくて仕方が無かった。
友人達は私の絵も上手いよと言ってはくれる。私もその言葉を心から信じているのだが、それだけでは物足りないとも感じている。
だから私はSNSに頼る事にした。
たった一つの小さなアカウント。
作った当初は当然、フォロワーも少なく絵を描いても無反応。色んなタグを吟味して、同じように頑張っている人や、好みの絵柄の人をフォローして。少しずつ繋がりを広げて大きくなっていくアカウント。
見てくれる人が増えてくると、絵に対してもらえる反応は増えてきた。好きですって言ってもらえたり、可愛いと褒めてもらえたり。
私の絵をこんな風に受け止めてもらえるのかということが嬉しくて、私は何枚も絵を描いた。
以前感じていた『お絵かき』に対しての息苦しさは、いつの頃からか感じられなくなってきて、代わりに描くのが楽しくて仕方無くなってきていた。
『頑張れば必ず結果は現れる』。
本当にその通りだと、私は信じていた。
それでも、不思議な事に、絵の上手い人の落書きに付けられたイイネを越える事は難しくて。お気に入りのマークの横に付いた数字を見比べる度、心の中で黒い靄が広がっていく感覚を覚えてしまう。
だから私はもっともっと頑張る事にした。
一枚の絵を何時間も掛けてじっくり仕上げて、SNSに上げるときにその成果を報告しておく。これだけ頑張って描いたのだから、それ相応の評価をもらえないとおかしいだろう、と。
すると、それに賛同してくれる人が少なからず居ることに気が付いた。
『大変な気持ちを分かってくれる』。
その感覚を共有出来る相手が居るということに覚える安心感。苦しい思いをしているのは私だけじゃない。だから大丈夫なんだと、私は胸を撫で下ろす。
理解者達は、私が頑張ればいつも褒めてくれる。私の絵を好きだと言い、私の絵が商品になったら購入したいとも言ってくれた。
始めは商品化なんて考えもしなかったが、これだけ欲しいと言ってくれる人が居るのだ。
それならばと、イラストを販売することを前向きに検討してみることにする。
頑張ったお絵かきが誰かに認められ、購入してもらえる。
それは、頑張っている私にとっては、とても大きなご褒美に違いなかった。
始めて売れたイラストは、フォロワーさんに頼まれた依頼絵だ。
私なりに一生懸命頑張って描いたイラストは、受け取ってもらったときにとても喜んでもらえた。
金額はワンコイン分。小さな金額ではあったけれど、それは私に取って大きな自信に繋がった。
『大丈夫。私は絵でお金を稼げるんだ』。
その小さな成功が、私の背中を大きく後押ししたのは言うまでもない。
きっとこの先、沢山の注文が入っちゃうんだ。そして、私は絵でご飯を食べられる、プロのイラストレーターになれちゃうんだ。絶対そうだ!
たった一枚のワンコインが私に大きな夢を見せてくれたし、その先に繋がる未来像を彩ってくれていた。
だから私は頑張った。今まで以上に、必死になって。
しかし、現実はそうではないらしい。
私が幾ら頑張ったところで、どう足掻いても上手い人の落書きを越える事は出来ないままだ。
私の数時間、数日間は、上手い人の数分、数十分に上書きされてしまう。
私がどんなに頑張ったことを伝えたところで、上手い人が言うたった一言の「描きました」を拭い去ることは出来ない。
私にはわからなかった。私の絵と上手い人の絵にどんな違いがあるのかが。
あの人達はお金を稼いで居るわけではないし、仕上げも最後まで行わない。落書きという割には確かにクオリティは高いけれど、それでも、所詮落書きは落書き。本気の絵には叶うはずもない。
それなのに、私の絵は上手い人の絵に追いつけない。どう頑張っても彼等の足元にも及ばないような気がしてきて気が滅入る。
ある日、友達にこんな質問をしてみた。
「どうして、落書きにイイネがいっぱいつくの?」
その友達はこう答えたのだ。
「描いてる人の楽しいって気持ちが、絵を見たら伝わるからじゃない?」
その友達も、上手い人の一人だ。友達の絵も、私の頑張った一枚よりはるかにイイネの数が多い。
狡い。って思った。
鉛筆書きで、ペン入れもしないし、色塗りもしていないのに、友人の絵はいっぱいハートマークを付けて貰える。お金を稼いでいる訳でもないくせに、いっつも楽しそうだし。ちょっとばかり絵が上手いからって、調子に乗っていい気になって。上手くなる努力だってしてるかどうかも分からない。それなのに、どうして私よりも評価がいいのだろう。
「二次創作描いてるからじゃない?」
その言葉は、精一杯の厭味のつもりだった。
「それはあるかもね」
その厭味はあっさり肯定され受け流されてしまう。
「私も、二次創作描いてみようかなぁ」
それは精一杯の負け惜しみ。
「良いんじゃない? やってみると良いと思うよ」
私が一次創作で頑張っているのを知っている癖に、友達は簡単に二次創作を描いてみるといいよと背中を押してくる。
私が描きたいのは、私の大切に温めてきたキャラクターなのに、何故人のキャラクターを描かないといけないのだろう。でも、私も誰かに褒められたい。上手いねって喜んで欲しい。
返す言葉が見つからなくて、無言でSNSの画面を見ていると、ある言葉が目に止まった。
『絵が上手くなる方法は、絵師の腕を食べる事だよ』
この言葉を見た時、私の中で何かが切れた。
ああ。そうか。
そうやれば良かったんだ。
丁度目の前には、絵が上手い友達が居る。この子の腕を食べれば、私もみんなに褒めてもらえるお絵かきが出来るに違いない。
筆箱の中にはカッターナイフが一本。
小さな音を立てて、銀色の刃がゆっくりと姿を現した。
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