シルヴァンの憂鬱
ゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンには年に一度だけ男女のイベントがある。二月の三日連続の祝日の初日、女性は白い花を意中の男性に渡す。それが告白なのだ。園芸店と王宮の庭師を家業にしているシルヴァンの家は毎年この日は猫の手を借りたいくらいに忙しい。
花は自家製で広大な畑を家族で手入れしている。今日は朝から小さい弟も手伝い、白い花を刈っている。店先は年長者のシルヴァンとリナが立ち、両親は花のラッピングを担当している。
「すいません。白い花を頂きたいんですが。」
「はーい。かすみ草、バラ、マーガレットと色々種類もありまして、其々花言葉もありますので、気持ちに合ったお花をお選びになるのも良いと思います。あとは、バラの花でしたら、本数によっても意味があったりしますので、それで決めるのも良いかもしれません。色々ありますからゆっくり選んで下さい。」
リナは慣れた様子で接客をする。そんなことをしているうちに、また若い女性のお客様が来た。リナは同じように説明する。
「私はすずらんを一本。」
「はい。では、ラッピングいたしますので、こちらへどうぞ。リボンはここから、包みの紙はここからお好きなお色を選んで下さい。」
リナはそこまで説明すると父に接客を交代して店先に戻る。店先には、異様な光景が広がっていた。
「兄さん?」
そこには、若い女性に囲まれたシルヴァンがいた。皆、手には白い花を持っている。しかし、店先の花は減っていない。と言うことは、あの花はシルヴァンに渡すために彼女たちが用意したものだ。
「あの。大変恐縮ですが、お客様のお邪魔になりますので…」
「あなた、シルヴァン様の妹さん?まぁそっくりね。シルヴァン様、私男兄弟ばかりでしたので、妹が欲しいと常々思っていたんです。」
あなたの妹になるつもりは私の方にはないけれど…とリナは内心思いながら、
「兄さんの学院のお友達でしょうか?」
“お友達だなんて…”と口々に言っている。一方のシルヴァンは表情筋が壊死してしまった様で、瞬きすらもしていない。
「申訳ありません。午前中はどうしても忙しくて。兄さん、母さんがラッピング代わって欲しいって言ってたよ。早く行ってあげて。なんか裏に重い荷物とかもあるみたい。さぁ早く行って。」
女性の輪を小さなリナがかき分けて、中心にいるシルヴァンを引っ張り出す。シルヴァンが走り去ると、悲鳴に近いような女性の声が上がる。
「すいません。皆さん。今日は本当に忙しくて。またのお越しを。」
リナは営業的な作り笑顔をする。女性たちは蜘蛛の子を散らす様にその場からいなくなった。
「兄さん、皆さんお帰りになったよ。」
シルヴァンは恐る恐る店先に戻る。今までも店番をしているシルヴァン目当ての様な客は来ていたが、今日の人数は新記録だった。
「兄さん、国からお金出させて学院に何しに行ってんの?」
「勉強に決まってるだろ。」
「ふぅーん。勉強ね。見るからに貴族の娘さんたちにシルヴァン様だなんて呼ばれて。」
からかう様にリナが笑うと、シルヴァンはリナの頭を軽く叩いた。
「痛い。」
「痛いわけあるかっ。ほら、白のストックがなくなってるから、温室に行ってシリル達に貰ってきてくれ。」
“ちょっと寄ってきた女の子も捌けないくせにぃ”と憎まれ口を叩くリナの背中にため息を吐く。
しかし、この日からシルヴァンが学院を卒業して国軍の寮に入るまでの三年間、毎年押し寄せる女性にオリヴィエ家は悩まされることになる。
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