リナ・オリヴィエ 十一歳

 我が家は代々園芸店を営んでいたが、祖父がガーデニングの腕を買われ、王宮の庭師になったのは現王の父上の時代だった。


「兄さん、今日こそ絶対勝つから。勝負して。」


 それからその息子である父も王宮付きの庭師になったのだが、一番上の兄シルヴァンは、緑の手入れより何故か剣と魔術に才があった。

 そして、そのシルヴァンにいつも真っ向から挑戦していたのは、二人いるシルヴァンの弟ではなく妹だった。


「リナ、そんなことしてないで、家の手伝いをしろよ。」


 庭に落ちている厳選した太くて長い木の枝を二本手に持ち、家の門を潜ったばかりのシルヴァンを迎える。


「だめ。兄さん今日こそ逃がさないんだからね。学院卒業したら、国軍に入って寮生活でしょ。あと数ヵ月しかないんだから。いざっ、勝負。」

「いざっ勝負ってしねぇよ。何言ってんだ。俺は課題があるんだ。シリルにでも相手してもらえ。」

「今休んでる。」

「んだっアイツ。仕事サボりやがって。」


 シルヴァンは少し家の方を見た。


「違うの兄さん。シリルは、私と勝負して負けて顔と手を冷やしてるの。」

「ったく。お前は力加減を覚えろってあれ程言っただろうがっ。」

「だってシリルが、リナはそんな調子じゃ嫁の行き手がないって言うからっ、女に負けるような腕っぷしじゃ誰にも相手にされないって言い返したら怒るから。」

「はー。ったくお前らはいつになったら小猿から成長すんだ。いい加減にしろよ、まったく。」


 シルヴァンはそう言うと、とっとと家の中へ入っていってしまった。


「姉さん。また兄さんに怒られたの?」

「うん。シリルとケンカして怪我させちゃったの。」

「シリル兄さんは大丈夫そうだったよ。さっき見に行ったら笑ってた。リナは超強ぇって。」

「笑ってたの?」

「うん。楽しそうだった。」


 リナは少し安心した顔をする。


「私はね、シリルやアンタみたいにお花や土をいじるより、体を動かす方が得意なのよ。兄さんがたまにやってる剣の練習だって見ただけで筋が覚えられるし、そっちの方の才能がきっとあるのよ。お花も大好きだけど、剣も好き。今は、庭に落ちてる枝でしか兄さんとは勝負出来ないけど、いつかやってみたいな。兄さんと。」


 末っ子のジャンは満面の笑みを作る。


「姉さんなら叶えられるよ。」


 リナはその笑顔をじっと見た。


「…兄さんみたいな強い魔力とかあれば、奨学金で学院に通って、侍女の仕事見つけられるかも。そうしたら、例えばどこかの公爵家とかそんなところのご令嬢の侍女兼護衛なんて道もあるかもしれない。だけど、平民で兄さんみたいな強い魔力を持って生まれるのなんて、ごく稀だからね。望み薄だよね。……ジャン話聞いてくれてありがとう。」

「ううん。少し元気になったみたいでよかった。」

「じゃ、明日こそ勝負してもらえるように練習してくるね。」

「いやっ、姉さん違う。母さんが夕飯の仕度手伝えって……」


 走り去るリナの後ろ姿に声をかけるが届かなかった。


「あーぁ。また母さんに怒られるな……また慰めなくちゃな。」


 そんな兄さんや姉さんが自分たちの好きなことを出来る様、今日も僕は父の元で庭師の修行をする。


 

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