いつか出逢ったあなた 54th
ヒカリ
第1話 「よく来てくれた。」
〇園部真子
「よく来てくれた。」
あたしと弟の
その人を前に固まっていた。
その人。
ビートランドの元会長で、Deep Redのフロントマン…
高原夏希。
「あ…あの、大丈夫なんですか…?」
父さんが遠慮がちに問いかける。
一昨日・昨日と開催された、ビートランドフェス、夏の陣。
出演予定だったLady.Bが食中毒でドタキャン。
そこに、枠をキッチリ埋めるべく登場したのがー…Deep Redだった。
…圧巻だったわ。
ジジイ集団なのに。
だけど、そのステージを終えた後。
この人は救急車で運ばれた。
だから、まさか呼び出されるなんて思わないじゃない…?
あたし達より先に到着してた高校生ドラマーなんて、もうカチコチよ。
「心配かけたな。ステージが久しぶり過ぎて疲れただけだ。」
ニッコリ。
うーん…
渋い。
刻まれた皺も、少ししゃがれた声も。
色素の薄い髪の毛も…!!
「ほんっと、あたしの心臓が止まる思いだったんだから!!」
そう言って、ベッドに座ってる高原さんに体当たりしたのはー…
奥様であり、現在のビートランド会長、高原さくらさん。
この人、謎だわ。
見た目すごく若いのに、実は還暦過ぎてるとか。
それに、『シェリー』としてのライヴ。
さ…
最高だった…!!
そんな偉大な二人を前に。
あたし達は緊張したまま言葉を発せずにいた。
するとー…
「実は、頼みがある。」
高原さんが、さくら会長の頭を撫でながら、あたし達に言った。
「た…頼み…ですか。」
父さんが弱々しい声で答える。
ああっ、もう。
もっと背筋伸ばしてシャキシャキ答えてよっ!!
「本当は冬の陣でと思ってたが、それよりも早く…出来れば早急に披露したいと思って。」
高原さんはそう言いながら、サイドテーブルに置いてあったタブレットを手にした。
えっ。
冬の陣とか、それより早く披露とかって。
あたし達、もしかして本当に契約にこぎつけちゃうの!?
少しソワソワしながら高原さんの手元を見る。
「この曲をアレンジして、バンドとして完成させて欲しい。」
高原さんは、タブレットを操作して曲を流し始めた。
「……」
父さんが難しそうな顔であたしを見る。
ふむ…フォーク…的な曲。
まあ、あたしはジャンルなんて問わないけど。
無言のままワンコーラスを聞き終えたところで。
「…これ、ロックにしてもいいんですか?」
高校生が意見した。
おお…勇者…
「いけるか?」
「俺は…いけます。」
そう言ったかと思うと、高校生は椅子に座って自分の膝を叩き始めた。
おー…すごいすごい…へー…
「なるほど。イメージしやすい。これなら俺も派手に遊べる。」
弓弦がそう言って腕組みをして頷く。
「遊んでいいならー…あたしもどうにでも出来ます。」
高校生のドラムイメージが結構ぶっ飛んでて。
流れてるのはポップなフォークなのに、もう頭の中ではロックになってしまってる。
それにしてもー…
誰の歌だろ。
いい声だなあ。
透明感があって。
抑揚のない歌い方も、物足りないようでいて…バンドサウンドになれば完璧になる気がする。
「…まあ、みんな出来そうなので…俺も頑張ります…」
相変わらず父さんが弱々しい声で言って。
あたしは、そんな父さんの背中を軽く叩いて。
「やります。The Darknessとしての仕事ですよね?」
高原さんの目を見て言った。
「そうだ。できれば…本当に出来る事なら、このボーカリストとバンドとして活動して欲しい。」
て事は…
Leeちゃんはリタイアなのね。
彼女の独特な世界観、嫌いじゃなかったけど。
まあ、縁があればまたいつでも一緒に出来るか。
弓弦と目を見合わせて、小さく頷く。
「俺と姉貴はやる気満々だな。親父と千尋はどーだよ。」
千尋?
ああ、高校生か。
「俺もやる気満々です。」
千尋が立ち上がって背筋を伸ばした。
ま、そうだよね。
て言うか、あんたのドラム好きだから一緒にやって欲しい。
口に出しては言わないけど、千尋の頭をくしゃっと撫でた。
で、父さんはと言うと…
「…これ、誰なんですか?」
ええええ…
誰だっていいじゃない!!
て言うか、こんな音程もピッチも外さないボーカリスト、貴重よ!?
「これはー…」
高原さんは少しだけ首を傾げて笑いながら。
「里中だ。」
えっ?
す……っごく驚いて、声が出なかった。
それはみんなも同じようで…
ここ数日、会場中を走り回ったり的確な音を作ってくれた里中さんの姿と、この声が一致しない…って顔。
「ただし、若い頃の、な。」
高原さんがタブレットをあたし達に向けて、音源だけじゃなくて映像も出してくれた。
「……」
病室の中。
なぜかさくら会長までもが固まって。
一瞬の静寂の後…
「えええええええ――!?」
あたし達は、大声を張り上げて驚いた。
若いけど…
若いけど、里中さんだ――!!
ええ…っ?
一緒にバンド…!?
やるやるやるやる!!
やるに決まってる――!!
目指せ!!
社長夫人!!
〇高原さくら
「意外…」
The Darknessのみんなが帰った後。
あたしは、なっちゃんからタブレットを借りて『若い里中君』を観た。
スタジオかな。
アコギを弾きながら歌う里中君。
なんて言うか…
「SAYSと全然違う…」
小さくつぶやくと、なっちゃんは首を傾げて。
「SAYSを聴いた事が?」
あたしの頬に触れた。
「千里さんが聴いてたのを横聴きしたの。」
「横聴き(笑)」
「結構ハードな曲が多かったし、歌い方も全然違うね。何なら声も…」
そこで、ハッと気付いた。
里中君…もしかして…
「…あの頃、俺は何も気付いてやれなかった。」
「……」
「SAYSの解散は、里中の息切れ。それまでも楽曲の迷走が続いてたからな…誰もがそう感じてた。」
里中君の息切れ…
もしかして、それは…
「あいつ、たぶんノドを痛めてたんだろうな。それでSAYSとしての曲作りに思い悩んだ。あくまでもハード路線で攻めたい京介と小野寺。だけど里中は…」
「…もう、シャウトできない所まで来てたのかもしれない…って事?」
「ああ。」
「……」
映像の里中君は、シャウトどころか…
高くて細い、美しい歌声。
「…それにしても、里中君はSAYSもこれも、喋る声から想像出来なすぎ。」
首をすくめなが言うと、なっちゃんがあたしの頭をグリグリしながら。
「里中の歌はこの辺でいいか?」
あたしの顔を覗き込んだ。
「え?」
「シェリーの映像を観たい。」
「ん?いつの?」
「昨日の。」
そう言って、なっちゃんはタブレットをあたしの手から奪った。
「ハウスに上がってるはずだからな。」
ビートランドのアーティストには、オンラインストレージでデータを共有する『ハウス』ってのが振り分けられてる。
もちろんあたしにもあるんだけど…使った事ない。
なっちゃん、使いこなしてるんだ~……って!!
「きっ昨日の映像を!?」
「映像班が頑張ってくれた。」
「じゃあ!!Deep Redのもあるの!?」
「それはどうかな。俺はシェリーのだけ前もって頼んでたからな。」
「ええ~!!ずるいよーっ!!」
「静かに。病院だぞ?」
「うっ…」
なっちゃんはニヤニヤしながらタブレットでハウスを開く。
…あたしだって…Deep Red観たいのにぃ…
映像班、誰にお願いしたら頑張ってくれちゃうのかな?
いや、でもまずは休ませてあげないとだよね…
二日間、社員のみんな、本当頑張ってくれた…
『こんにちは!!シェリーです!!一緒に楽しもう~!!』
「大声~!!」
タブレットを奪って音量を下げる。
なっちゃんはそんなあたしを見て、手を叩いて笑ってる。
…笑ってる。
良かった。
昨日、本当にどうなるかと…
「ちゃんと観たいから返してくれ。」
「…少し横になった方が良くない?」
「分かった。じゃあ、そこに立て掛けてくれ。」
あたしの申し出に、おとなしく従ってくれるなっちゃん。
珍しく素直…
なっちゃんに言われた通り、テーブルにタブレットを立て掛ける。
「見える?」
「ああ…本当にさくら…いや、シェリーは元気だな。」
ベッドの横に立ってるあたしの腰を、なっちゃんが抱き寄せる。
「その元気、少し分けてくれ。」
「…いいよ。好きなだけ取って。」
ベッドに座って、そのままなっちゃんの体に寄り添う。
こんなにイチャイチャしてたら、看護師さんが入って来た時驚いちゃうかな。
なんて思いながらも…
「この曲、最高のコーラス隊だな。」
「ね。凄かった。瞳ちゃんのキー、どこまで出るんだろ。」
「まさか京介が叩くとはな。」
「あたしも驚いた。ほんと、サプライズだらけだった。」
「楽しかったな。夏の陣。」
「…冬の陣も楽しみ♡」
「全くだ…その前に、レコーディングだな。」
「わああああ…よしっ。明日から準備するよっ?」
「意外と鬼会長だな(笑)」
…楽しくて。
切なくなった。
「この曲入れたい。」
「お、俺も思ってた。」
「本当?なっちゃんとハモったら素敵だろうなって思ってたの。嬉しい♡」
切ないけど…
「…楽しみだ。」
なっちゃんの髪の毛が額に触れて。
くすぐったくて、目を細める。
そしてそのまま…
あたしとなっちゃんは、優しい眠りについた。
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