第4話 勇者 エルグランド

ご厚意に甘えアルカさんの居城で泊めてもらったあと、僕は酒場に戻り依頼完了の報告をする前に寄りたい場所があった。

それは決戦の場所、魔王の封印地点。

僕にとっては、初恋の人と、尊敬する先輩と、頼もしい先達、そして偉大な勇者様の最期の地。


傘を差したアルカさんと共に、夜明けの道を進んでいく。

朝焼けに照らされ、穴をふさぐように張られた結界と、並ぶ四つの石像が見える。

生きていたころの勇者パーティの皆が、魔王を止めるために用いた魔法の結果。

せめてもの救いは封印が成功していることだったが、やはり悲しみはこらえきれない。


四つの石像の前に立ち、僕たちは手を合わせた。

「イアナ、貴女が守った今の平穏は私達が必ず、未来につないで見せます。どうか、見守っていて……」

アルカさんはイオナさんの石像を前に祈りをささげていた。

僕も4体の石像それぞれに祈る。

そして、最後の一つ、エルグランドの像を前に、思い出が込み上げてきた。


エルグランド様は、いつだって心根のまっすぐなお方だった。

私利私欲の嘘や打算と無縁の人だった。

例えば困っていそうな人がいるとき、考える前にもう「大丈夫ですか」と叫び駆け寄っているような人だった。

彼が勇者になる前、一介の冒険者であった頃からその背中を大きく感じた。

そして折に触れて、僕達勇者パーティの仲間たちに何かあるたび褒める。

「イアナの勇気と決断力には、いつも助けられてばっかりだね」

「ノース、君の見識のおかげで、この村の争いを根元から止めることが出来たよ」

「ドロテアの魔法が完成したらきっと、未来は明るいものになるね」

「ダン、君の必死さが、僕の心にも火をつけてくれるよ」

皆を信じてくれるから、皆もエルグランド様を信じていた。

「エルグランド様、あなたのおかげで僕は今、生きています。きっと、もう魔王に怯えない世界を作って見せます。」

恩人を前に決意を述べる僕の後ろから、アルカさんとも違う人の気配がする。

「我が弟エルグランドのために、君は泣いてくれるのか。」

振り返るとそこには、王国騎士の紋章を鎧の胸につけた女性が立っていた。

エルグランド様のお姉様。

「その杖と黒魔道士の装束、そうか、君がダンか。私はアスミア、エルグランドの姉だ。」

「ダンです。エルグランド様にはお世話になりました。」

自己紹介が終わると、アスミアと名乗る女性は、エルグランド様の像に優しく抱擁し、語りかけた。

「なあ、話が違うぞエル。私は君が冒険者になるといったとき、君の生還を願えばこそ剣と魔法を教えたんだぞ。こんな、自己犠牲をさせるためじゃない。……わかってるよ、君は真っすぐ他人のために動かずにいられない奴だから、こんなことをするのは。するなと言っても止まらないんだろう。でも、帰ってきてくれ!またその子供のころと変わらないあの笑顔で私を迎えてくれ!」

想いが込み上げるたび、言葉は勢いを増し、弟を抱き寄せる腕に力がこもる。

その言葉は、僕にとっても同じだった。

皆があの笑顔に支えられていたんだ。

「弟の計画は聞いている。エルは次代の勇者について神の選任を待たず、勇者の技を有志の者に広めて魔王に決戦を挑ませるつもりらしい。

此処であったのも何かの縁だ、私も計画に加えてもらいたい。できるだろうか。」

アスミアさんは王国騎士であり、エルグランド様の師でもあるという。

「願ってもない話です。一緒に魔王に立ち向かいましょう。」

「ええ、歓迎いたしますわ、勇者アスミア様。」

曇りなき空の下、握手を交わす僕達。

芽吹き始めた草をなびかせるふわりとした風が、僕達の頬をそっと撫でた。

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